オルゴナイトが仲間入りしました

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    みなさん「オルゴナイト」をご存知ですか?

     

    先日、知人の方からオルゴナイトの本をお借りしまして、いま読み進めているところです。

     

    オルゴナイトとは、金属チップや水晶などのパワーストーンを組み合わせ、レジン(樹脂)を入れて固めたものを言います。

     

    オルゴナイトの構造体は、

    .┘優襯ーを吸収する有機物(樹脂)と、

    ▲┘優襯ーを反射する無機物(鉄など)、そしてそこに

    パワーを集積・増幅する水晶を加えて多層構造化されたものであり、手作りで製作が可能です。

     

    樹脂を入れて固めることにより、内部に閉じ込めた水晶に永続的に圧力が加わることになります。これによって圧電効果が生まれ、電圧が生じてエネルギーが一定の方向に働き始め、これがポジティブエネルギーとして反射し続けると言われています。

     

    その作用としては、電磁波などの有害なエネルギーを中和したり、睡眠の質を高めて熟睡しやすくなったり、オーラやチャクラを浄化・活性化するなどが挙げられます。

     

    ネガティブエネルギーを吸収してポジティブエネルギーに変換し、放出する作用もあるため、さながらエネルギーバランスの「変換調整器」とも言えるでしょう。

     

    このような凄いパワーを秘めたオルゴナイトですが、そのお借りした本の中には、人気のあるオルゴナイトの写真がいくつか掲載されていました。

     

    それを見ていたら、見た瞬間に気に入ってしまったと言いますか、一目ぼれしてしまったものがあったので即注文しました。

    そのオルゴナイトがこれです↓

    DSC00367.JPG

    マカバオルゴナイト・ゴールドです。ゴールドの輝きが一段と目を惹きます!

     

    マカバという名前は、古代エジプトに由来するもので、

    「マ」・・・光

    「カ」・・・スピリット

    「バ」・・・肉体

    をそれぞれ意味し、正三角形を組み合わせて六芒星(ヘキサグラム)を立体化したものであり、別名「マスターピラミッド」とも呼ばれています。

     

     

    DSC00372.JPG

    私が今まで持っていた水晶のネックレスやブレスレットたちも、新たな仲間が増えてそのパワーに共鳴しているかのようにも思えます。

     

    オルゴナイトの使用効果などについても、これからもこのブログで紹介していこうと思います。

     


    記事をお読みいただきありがとうございます

    【不思議体験記2】体外離脱をする part

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      《part,呂海舛蕁

       

      飯田史彦先生との共通点から気づいた魂の存在

      この時の出来事は今でもよく覚えており、ときおり思い出しては不思議な体験だったなと振り返ることがある。

       

      なぜこのような不可解な出来事が起こったのか、理由もわからず解明もできず、ましてやだれにも相談できぬまま、長らく自分の心の中に留めてきた。

       

      しかし、この疑問がやっと解決できる時がきたのである。

       

      それは、元福島大学教授の飯田史彦先生が書いた『ツインソウル』の本がきっかけだった。

       

      飯田先生は脳内出血で倒れ、そして魂が肉体から抜け出て、そのまま光の次元に到達してまぶしく輝く光たちに出会い、その光たちから宇宙の真理を教わった方である。

       

      私は光の次元まで行くことは無かったが、先生の臨死体験の一部分が、私が体外離脱をした時の様子と全く同じであることにとても驚いてしまった。

       

      下記に、先生が体験した一部分を抜粋する。

       

      「(肉体から魂が抜け出た直後)その時の私は、まだ、物質世界ならではの

      「時間」と「空間」の感覚で、自分という存在をとらえていました。

      そこで私は、まず、いちばん近くにいるであろう、妻子のところに

      「行って」みようと思ったのです。

       

      すると、その瞬間に、私は、自宅の一階リビングに存在していました。

      それは、「行く」とか「移動する」といった、「時間」と「空間」

      (あるいは「距離」)の感覚を伴ったものではなく、いわゆる「瞬間移動」

      いった感覚とも違っていました。

       

      いわゆる「瞬間移動」というのは、「前の瞬間にはA地点におり、

      その次の瞬間にはB地点にいる」という現象を意味しており、

      やはり「時間」と「空間」(距離)の感覚を残した表現になります。

       

      しかし、私が経験した現象には、「瞬間」や「移動」という感覚さえも、

      まったく無かったのです」

       

      (引用 飯田史彦著『ツインソウル 死にゆく私が体験した奇跡』 PHP出版)

       

      この文章から気づいたことがある。

       

      私が体外離脱をしたあの時に、このままこうしていたら何か大変なことになってしまうと思い始め、「早く元の状態に戻った方がいい」と考えた瞬間に肉体に戻っていたわけだが、厳密にいえば「瞬間」という言葉には、物質的な時間の概念が含まれており、現在から未来へ移行する際に、極めて短い時間間隔の中で起きる連続的事象のことを指す表現である。

       

      しかしながら、これはあくまでも物質世界特有の「直進的に進む時間軸」でのみ発生する事象であり、肉体から抜け出た魂の状態においては、この物質世界特有の時間的及び空間的事象からは完全に解き放たれる存在になるわけである。

       

      私が体外離脱をした時の様子を説明するのに、どうしても「瞬間」という表現を使わざるをえないのだが、改めてこの時の様子をよくよく思い返してみると、空中に浮いていたあの状態から、距離にしてわずか下方2m弱程度の近距離で寝ていた自分の体に牋榮悪したという感覚が全く無かったばかりか、自分の体に戻って行くという、犢圓の行為や感覚、感触さえも、何一つ感じることは無かったのである。

       

      この部分が、飯田先生が経験されたこととピタリと一致したのである。

       

      そしてこの時の私は、三次元物質世界特有の現象である「時間」や「空間」といった概念から、完全に解き放たれていた状態であったと言えるだろう。

       

      さらに、家庭用照明の常夜灯しか点いていない薄暗い部屋なのに、最初に目を開けると(魂の状態では目はないので、目を開けて見るという感覚)、そこには木目調がはっきりと見え、それが天井の木目だと瞬時にわかり、視線を下におろすと(これも人間の感覚で表すと、自分の位置から下方に目を向けるという感覚)、自分が布団に寝ているということがはっきりと「判断」できたのである。

       

      部屋が薄暗くてよく認識できなかったというような、あいまいな部分は何一つなかったと言っても過言ではないくらい、全てのことが直感的に、かつ瞬時にわかったのである。

       

      まさにこれが「自分がそう意識する」だけでそれが現実になるという、そして「あらゆる存在とつながっている」という魂の存在証明であるという考えに至ることができたのである。

       

      それともう一つ。これはふと感じたことだが、私が体外離脱をした直後に、「自分の周りが静寂に包まれているのに気づき・・・」と書いたが、この静寂さというのは、単純に「周囲に雑音が無く静かな環境」という、聴覚で聞こえるか・聞こえないかを判断するようなものではなく、音源という物質的要素を必要としない、「どこまでも限りなく続く無空間」にでも放り出されたような感覚があったことを覚えている。

       

      これが、いわば「宇宙意識」ともいえる、物質世界の領域を超越した、まさに宇宙そのものの存在と同化したためにこのような意識感覚に到達したのではないだろうか、とさえ思えてならないのである。

       

      自分が宇宙意識になるということは、まさに「宇宙と同化する」の意であり、宇宙空間にぽっかりと浮かぶ地球そのものを、まるで自分が丸々包み込めるような存在にでもなったのではないだろうか。

       

      そのため、あらゆるものが自分の「内」に存在することになり、もはやそこまで移動することも、そこに時間を費やすことも必要性が無くなり、「そこに意識を向ける」だけで、「あらゆる存在とつながる」ことができたのではないか、という考えに至っている。

       


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      初詣へ

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        1月6日、福島の白河市にある白河総鎮守「鹿嶋神社」へ初詣に行ってきました。

         

        ええ、そうなんです。私は毎年、混み具合をちょっとさけるために、このぐらいの日に参拝に行くんです(笑)。

         

        しかしそれでも、この日は午前中から多くの方が参拝に訪れており、駐車場もいっぱいいっぱいでした・・・。

         

        まずは拝殿でごあいさつをし、今年も無事に過ごせますようにということと、今年から新たなものにチャレンジしていく計画があるため、それについてもご加護をいただけますようにと御祈願いたしました。

         

        そして境内では、お焚きあげの残り火がくすぶっていました。

        この煙を浴びると、今年はカゼをひかないとも言われていますよね。

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        もちろん全身に浴びましたよ!10分ぐらいかけてね。

         

         

        さて次に、今年の運試しをするべく、おみくじのコーナーに行ってみると、

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        おわかりいただけるでしょうか。

        このおみくじ、お金を入れたら「さお」「鯛」を釣るんです!

         

        さおの先端に付いているフックを、鯛が入っている袋のリングに引っ掛けて釣り上げます。こんなおみくじは初めてですね。何コレ、ちょっと新感覚(笑)。

         

        でもこのリングがですね、釣り上げやすいような角度に向いておらず、さらに包装されている袋の上でフックがツルツルと滑ってしまい、なかなかリングに引っかからないんですよ。

         

        これ釣り上げるの難しいなぁ〜と思いながら、結構苦戦してやっていたんですが、ふと気がつくと↓

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        手で…リングを動かし…そういうことなの⁉なるほどー。ナイスアドバイス!

        (最初から書いてあるのを見落としていただけですけどね)

         

         

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        釣れました楽しい

         

         

        早速おみくじを見てみると・・・

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        第一番の大吉でした!まさにおめでたいですね。

         

         

        そして授与所でご朱印(手書きではなく半紙でしたが)をいただきました。

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        よく見ると、ここの鹿嶋神社は「日本三鹿島の一社」だったんですね。

        へぇ〜と感心しながらの初詣となりました。

         


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        何かをにらんでいるのかな

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          【不思議体験記2】体外離脱をする part

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            小学校低学年の時に、俗にいう「体外離脱現象」を経験したことがある。

             

            その時は風邪をひいて寝込んでおり、熱が39度ほどはあったと思われる。部屋の明かりは、家庭用照明の常夜灯(小さな電球)だけが点いており、薄暗い状態だった。

             

            かなりの高熱のせいか、目をつぶると頭の中で、不規則な配列を組んだ数字(一桁のものもあれば二桁、三桁など)がめまぐるしく回っており、数えようにも数えきれないほどの多くの数字で頭の中が埋め尽くされていた。

             

            この数字を1から順番に整理しようとイメージしたが、どうにも手が付けられず、ひどく苦痛を感じ始めたので、私は心の中で「もういやだ!」と、大きく叫んだ。

             

            すると次の瞬間、あれほど頭の中にたくさんあった数字が全て消えてしまい、さっきまでの苦痛も、そして体の熱っぽさも、全く感じなくなっていたのである。

             

            そして、自分の周りが静寂に包まれているのに気づき、ゆっくりと目を開けてみると、初めに見えたのは木目調の木の板だった。

             

            私「あれ、こんなところに木目調のものがあったかな?」

             

            と思ったとたん、今見ているものは部屋の天井であり、その天井に使用されていた木の木目であることがわかった。私の頭のすぐそばには天井があったため、もう少しで頭がぶつかりそうだ、とこの時に感じていたことを今でも覚えている。

             

            そして、そのまま目線を下に向けた時、さらなる驚きが待ち受けていた。

             

            私「・・・自分が寝ている!!」

             

            自分は今、なぜこうして空中に浮いているのだろうか。なぜ自分の真下にも、もう一人の自分がいるのだろうか・・・。

             

            そして、空中に浮いている自分の体から、下に寝ているもう一人の自分に向かって、なにやら白っぽい、半透明のヒモ?のようなものがうっすらと伸びて繋がっているようにも見えた。

            (このヒモのようなものが一体何かは、この時にはあまり気にしなかったのだが、おそらくこれは霊子線(シルバーコード)と言われるものだろうと思われる)

             

            この状態のまま少し様子を見ていたが(この出来事に対して唖然として、何をしていいかわからなかったという感じ)、小学校低学年の私にとってはこのような奇妙な感覚は到底理解できず、「このままこうしていたら、何か大変なことになってしまう」と思い始め、「早く元の状態に戻った方がいい」という考えになった。

             

            そしてそう思った次の瞬間、空中に浮いていたという感覚から一転して、急に体に重苦しさや暑苦しさを感じるようになった。

             

            ひどく苦痛を感じていたさっきまでのあの感覚が、再びよみがえってきたのである。

             

            《Part△紡海》

             


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            新たな年を迎えて

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              新年明けましておめでとうございます。

               

              先月から書き始めたばかりのこのブログですが、

               

              当初から意外にもアクセスが毎日あることに少々驚いています(笑)

               

              今後も私の不思議な体験談をはじめ、

               

              心の中から湧き起った言葉を紹介する湧水心語や

               

              Photo Galleryでの写真掲載など、

               

              私流のWonderな世界観をお届けするだけでなく、

               

              その他にも日常の様々な出来事も綴っていきたいと思います。

               

              今年もどうぞよろしくお願いいたします!

               


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              吼える雲龍

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                そうなっているからこそ、意味がある

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                  自分という

                   

                  唯一の存在だからこそ

                   

                  その境遇が

                   

                  いま目の前にあるのだ

                   

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                  【インスピレーション1】 「覚悟はあるか?」

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                    その日も、いつものように車で職場へ向かっている時だった。

                     

                    時間は朝の8:30分ちょうどだった。

                     

                    すると突然、頭の中に次のようなインスピレーションが入ってきた。


                    ???「今はまだわからぬものだが、

                        そのわからぬものを

                        受け入れる覚悟はあるか?」

                     

                    というものだった。

                     

                    突然でどう返答していいか、何をどのように受けとめていいのかわからなかったが、しばらくして私はこのように心の中で返事をした。

                     

                    私「・・・わかった。まあ、やるよ。それが自分の人生ならばやるよ」と。


                    実は、これとは別にしばらく前にももう一つインスピレーション的なことを受け取っていたことがあり、その内容はどうやら私はこれからおよそ3年以内ぐらいにかけて、人生の中でも大きな転機がありそうだというものだった。

                     

                     

                    【補足】

                    私がインスピレーションと定義しているものは、例えば過去に経験した出来事などを踏まえて、そこから関連のある具体的な答えを脳が導びこうとした時に得られた、一種の「思いついた選択肢」ではなく、心に何ら思惑もない状況で、一瞬のうちに物事の内容を明示するかのようなメッセージを含んでいる、いわゆる「ひらめき」と言われるものを指しています。

                     

                    このインスピレーションを受け取った翌年に、あの大震災が起こりました。

                     

                    福島で仕事をしていた私は、これまで経験したことが無い状況にとても混乱しながらも、その翌日も職場に出勤して社員の安否確認をしていました。そして周りの方々も、大変衝撃的で不安な現実を受け入れることに毎日が精一杯でした。

                     

                    私が受け取ったインスピレーションにあったように、

                     嶌はまだわからぬものだが、そのわからぬものを受け入れる覚悟はあるか?」

                    ◆屬海譴らおよそ3年以内ぐらいにかけて、人生の中で大きな転機がある」

                    という、2つの明示されたメッセージを順に見てみると…

                     

                    まず,離瓮奪察璽犬蓮△燭箸┐修慮充造魑颪鵑世箸靴討癲⇔慍転生を繰り返すいずれかの人生においては、それをやることになるのだ、という「人生の法則」的なものまでが同時に頭に浮かんだため、それをやることになっているのなら今やったほうがいいと感じたため、「わかった。まあ、やるよ」という考えになりました。

                     

                    △砲弔い討蓮∩圧したようにこのインスピレーションを受け取ってから翌年に大震災が起こり、やはりこれが大きな転機となり、これまでの自分の人生では無かった人生観を持つようになりました。

                     

                    受け入れる覚悟をもって人生を生きる・・・

                     

                    時にそれは、大きな障害となって行く手を阻み、自分の歩むべき道をおびやかすかもしれません。

                     

                    しかしそれであっても、希望を捨てずに前を向き、歩みを止めず、自分を信じながら颯爽と生きることに、きっと大きな学びがあるのでしょう。

                     

                    そう信じて、人生最大の思い出になるかもしれない「今日」という現実を受け入れながら、これからも歩み続けていこうと思います。

                     


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                    ああ 誇り高きかな 人生の表現者たちよ

                    0

                      この地に生まれて

                      ここで生き

                      ひとつの イノチ を歩みける

                       

                      おのれの路をまっすぐに

                      きょうも あしたも あさっても

                      尊き イノチ を歩みける

                       

                      みなみなが

                      生きる証を残さんと

                      人生舞台の旅に出る

                       

                      楽あり 苦ありの毎日で

                      浮世のはかなさ 涙が出れど

                      流した涙のその先に きっと笑顔の日々がある

                       

                      ああ 誇り高きかな 人生の表現者たちよ

                       

                      DSC06296.JPG

                       


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