〜 短編ストーリー 〜 古老の小ばなし1

老人「そこのお若いの、おぬしよくお詣りに来ておるのぉ」
 
これといってとりえがあるわけではない、特に自慢できるものも無い、どこにでもいそうなごく普通の社会人である雅紀が、顔も知らない一人の古老と偶然出会ったのが、風薫る陽気がとても心地よい、ある春の日のことだった。
 
これまでずっとサラリーマンを続けてきた雅紀は、嫌とは言えないその性格から過酷な労働にも弱音を吐くことなく、会社のために、そして社会のために体を酷使して仕事に打ち込んできたのだが、やはり無理がたたって心も体も病んでしまい、ついには仕事を続けられなくなってしまった。
 
会社を辞めた雅紀は、建国社会がつくりあげた、労働という企業組織の隷属的支配制度、かつ大義ある使命および責任感をまとった生産型利益追求の枠組みから解放されたことにより、これまでに経験したことがなかった自由への扉を見つけることができた。もう彼を、束縛するものはなくなったのだ。
 
喧騒な社会組織の中で傷ついた心と体を癒すため、自由な時間を使ってまずはゆっくりとできる静かな場所を求めてみたが、これまで「休日」というのは名ばかりの「無給出勤」をもしいられ、会社の駒として使われてきた雅紀にとって、かえってその自由な時間をどのように使ったらいいのか、休み方を知らない世間知らずな大人であることを自覚した。
 
まずは近くの公園を散歩し、広い芝生の上を歩き、空を見上げてみた。
 
こんなに青い空を見るのは何年振りだろうか。どこまでも果てしなく続く澄み切った青い空間を見ていると、まるで自分の体がその中に吸いこまれてしまいそうな錯覚に陥った。
 
空はこんなにも、閉塞的だった自分の心を解き放ってくれるのかと感動した。雅紀を苦しめていた心の重い鎖が徐々にほどけ、対人関係に思い悩んで固まっていた心も、少しずつほぐされていくような気分だった。
 
次に行ってみた所は神社だった。もともと神様仏様といったものには子供の頃から人並みではあるが信仰心を持っており、初詣やお盆、彼岸参りなどの世間の一般的な慣習行事には家族と共に参拝をしてきた。
 
その日も、家からほど近いお気に入りの神社へと足を運んだ際に、冒頭の一人の古老が声をかけてきたのだ。
 
雅紀「あ、こんにちは。おじいさんもお詣りですか?」


こちらを見てニッコリと笑っていたその古老の風貌は、白髪でヒゲをたくわえ、顔にある深いシワが人生経験の豊富さを物語っていると言ってもいい、ついさっき山奥から下界の様子を見に来た仙人のような姿だった。
 
そして真横には、古老が連れて歩くには不釣り合いなほどの、いかつくて目が鋭く、ゴワゴワした体毛に覆われた大型の犬がどっしりとした構えで立っていた。
 
老人「わしはこの神社の世話人じゃよ。もう長年そのお役目を務めさせてもらって
   おる。お前さんがよくここにお詣りに来とるのは前から知っておるぞ」
 
雅紀「え?ぼくのこと知ってるんですか?」
 
老人「ほほ。わしら世話人の中には、特別に神社の祈祷や祭祀にまで携わる者もお
   ってな、わしはよくお手伝いをお願いされるんじゃよ」
 
そう言って指を指した拝殿の内部をよく見ると、その中は祈祷所にもなっており、一般参拝者からの祈祷願いを受け付け、ここで執り行っていた。
 
老人「わしはいつでもその中から、誰が来たかよ〜く見えるからのぉ(笑)」
 
古老は笑いながらそう言うと、神社の裏手に続く細道を犬と共にゆっくりと歩いて行った。なんとも変わったおじいさんだなと雅紀は思ったが、その親しみやすい人柄が気に入り、いずれまたお会いしたいなという気持ちもあった。
 
そんな雅紀の思いが通じたのか、この古老との再会はそれほど遠くない日に訪れるのであった。
 

《2に続く》
 
 
 

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