【短編ストーリー】こえぬし様のおみちびき1

雅紀「…あ、あの…、あなたは、どなたですか?」

穏やかな陽気に包まれた午後-

デジカメを携えてお気に入りの公園に行き、花や景色を撮影することが最近の趣味と化した雅紀は、その日も同じように公園に出向き、撮影に没頭していたのであった。

撮り終えた画像をデジカメの液晶で逐次確認しては、もうちょっとこう撮れば良かっただの、この構図ではせっかくの花の笑顔が生かされていないだのと、素人風情が自らの撮影技量についてまるでプロ気取りとなって自らを批評するという、いつになったら満たされるのかがわからない、「満足以下の不満足以上症候群」に陥っていたのであった。

そんなことを延々とループしながら、なかなかやめられない厄介な症候群に神経をすり減らしていたが、そろそろこの辺で一息でもつこうかとベンチに腰を下ろし、両手をバンザイしながら抜けるような青空を仰いでみた。

雅紀「あぁ、やっぱり空はいいなぁ」

目を閉じると、これまでの苦しいことや悩みごと、そして人生の中でも大きく心を痛めた出来事などが、脳裏からあふれんばかりに湧いて出てきたが、清々しい青空のオーラがそれらをことごとく中和し、さわやかな風がサッときれいに吹き飛ばしてくれたおかげで、心には嫌なものが何も残らずに済んだ。

そんな自然の愛情に身をゆだねていると、気持ちのいい陽気にも誘われつつ、目をつぶったまま雅紀はいつの間にかウトウトと眠りへと落ちていった。

すると・・・。

  「それでよい。その通りのことが起こったのだ。それでいいのだ」

はて・・・。今しがた眠りに落ちてしまった雅紀に、一体だれが声をかけてきたのかわからずに少し困惑したが、しかしその声にどことなく懐かしさを感じたため、まどろんだ意識の中ではあったが、冒頭にあるようにあなたは誰なのか?と尋ねてみたところ、何ともあっさりとした答えを返された。

  「名前は無い」

雅紀「え、いや、でも名前が無いって。あ、そうか、これは夢か」

これは単なる夢であろうと思ったが、しかし声はすれども姿が見えない「謎の声の主」に、どうしても他人とは思えない親近感があることに妙に心が引かれたため、さらにこのように語りかけてみた。

雅紀「でも、その声・・・以前にもどこかで聞いたことがあるような・・・」

  「その通りだ。私は、遠い昔からお前を知っている」

雅紀「えぇ⁉ 本当ですか?でも、すみません。全然思い出せません・・・」

さらに困惑を深める雅紀に対して、やさしい口調ではありつつも、思い出せないこともすでに承知しているかのように少しいたずらっぽく話しかけてくる謎の声の主は、その奥ではやさしく笑みを浮かべながら雅紀を見つめているような感覚が伝わってきた。

それから謎の声の主は、少し間を置いてからこのように話し出した。

  「時に、過去を振り返ることも用意された時間なのだ。今は傷ついた心身を
   ゆっくりと癒しなさい。そして、次に向かうための準備をしなさい」

雅紀「は、はい。これからはあまり無理をしないようにします。でも、ぼくが過
   去に心を痛めたことをなぜ知ってるんですか?あまり他人には話をしたこ
   とはないんですが・・・」

  「過去を振り返る時間を持つことによって気がついたと思うが、お前がその
   身に受けてきたこれまでの大きな試練の数々は、歳をとってからでは、達
   成することが困難であったと、今となってはそう思えるだろう?」

雅紀「‼」

なぜそんなことまで知っているのかと、まどろむ意識ではありながらも驚きをあらわにした雅紀は、その衝撃でしばし硬直状態となってしまった。

何よりも、個人的にしか知らないはずの過去までをも見抜いている謎の声の主に、もはや内情を隠すことは無意味だと感じ取り、その言葉を素直に受け入れてこう答えた。

雅紀「・・・たしかに、そう、思います」

  「そのことも、すでにあの時に私と共に話し合ったではないか。そして最後
   に、お前自身がそのように決めたのだ」

雅紀「ぼ、ぼくがですか?いや~、そんな記憶は全くありませんけど・・・」

  「それでいいのだ。記憶が無いこともまた、お前にとっては必要だからそう
   なっているのだ」

雅紀「は、はぁ」

  「これまでの過去の足跡も、これからの先兆たるや未来も、見えず聞こえず
   の人生でよいのだ。多くを求める必要はない」

何やら人生を諭すような内容の話になってきたが、しかしこういった内容のやりとりも、ずっとずっと昔にも同じようにだれかと綿密に話をしたことがあるような・・・と、記憶の奥底に眠るかすかな感触を、おぼろげながらにではあるが感じ取っていたのだった。

※次回2に続く

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