「それと、今は忘れているだろうが、おまえの内に宿る魂は、すでに帰る道
を知っているのだ」
雅紀「帰る道・・・ですか」
「そうだ。それを思い出すために、そして自らの使命を果たし、過去の未達
を成済するためにも悟行を歩んでいる1人なのだ」
雅紀「え、ご、悟行ですか?こ、こえぬし様、そんな大それた人生を、ぼくが歩
んでいるっていうんですか⁉」
悟行などと難しい言葉を言われると、高僧が苦しい修行を何十年も重ねてやっと悟りにたどり着くようなイメージを持ってしまうが、なんとその道を自分も歩んでいるのだ、などというあまりにも畏れ多いことを言われた雅紀は、恐縮のあまり言葉を失ってしまった。
「悟行という道は、何も袈裟をまとった者だけが歩む特別な道ではないのだ」
雅紀「・・・」
「多くの同志たちも、おまえのために今生でその役目を担っているのだ。人
生とはそうなっていることもまた、すでにおまえは知っているだろう?」
雅紀「そういえば実は・・・」
その言葉を聞いた瞬間、かなり前の話になるが、その内容に非常に意味深い教えが含まれているであろう夢を見たことを、鮮烈すぎるほど思い出した。
雅紀「以前に不思議な夢を見たことがありまして、人間はお互いにそれぞれ立場
を変えながら生まれ変わり、そこで人生を学ぶという、とても壮大な輪廻
転生の仕組みを夢で教わったのです・・・が・・・」
少し歯切れの悪い言葉を残しつつも、その夢の記憶をたどりながら、雅紀は話を続けた。
雅紀「でもあれは、あくまでも夢の中の話ですので、真実かどうかの確証はあり
ません。ただ、何十年も前に見た夢なんですが、なぜか今でもものすごく
印象に残っていて、単なる夢とは到底思えないものだったんです!」
これまでに、いくつかの前世の記憶や退行催眠などについて書かれた著作物を読破した影響もあり、そこから多少の前世観や死生観を身につけた雅紀ではあるが、夢の中で輪廻転生を思わせる仕組みについて教わるなどと、考えもしなかった内容に驚きと戸惑いを持っていたのだった。
「よくぞ覚えていたな。お前は、夢の中でも学んでいるのだ。あの出来事は、
事前に私と共にそのように話し合い、そして〝必要な時期〟が来た時に夢
の中で彼たちと出会うことを、お互いに計画したものなのだ」
雅紀「えぇ!?そうだったんですか⁉」
夢の中で出会うことをお互いに計画していたなどという、全く記憶にない計画を聞かされてますます戸惑ってしまった雅紀ではあるが、「必要な時期が来た時に夢の中で出会う」という言葉には、その奥には知る由もないほどの強い意図があるようにも感じた。
なぜなら、こえぬし様が言われたように、夢の出来事をしっかりと理解できる習熟度にまで自分の魂の「魂格」が達していなければ、そこに重要な意味が含まれた内容であったとしても、それに気づかずに単なる夢物語で終わっていただろう、と思えたからである。
逆を言えば、少なくともこれまでの人生で経験してきた試練や困難から、それらの中に含まれた「真の意味」を知らず知らずのうちに魂が感じ取り、そしてそこから多くを学んできたことにより、ある一定の規準点にまで魂格をあげることができたからこそ、〝必要な時期〟が来たためにこの夢を見ることができた、とも言い換えられるだろう。
「意味がわかれば、それでよい」
また奥で、ふふっとやさしく笑っているかのような気持ちが伝わってきたことに、戸惑いを見せていた雅紀の顔にも笑みがこぼれた。
「ならば、互いに助け合う多くの同志たちに感謝し、あらゆる出来事に知恵
を尽くし、与えられし魂命を全うできるよう、これからも努力を惜しまず
に人生を歩みなさい」
雅紀「はい!」
まっすぐで力強い返事で応えた雅紀は、今後の人生の目的を見つけてより意気も高くなった。
「そして、いよいよをもってその命刻を全うせし時、御仏により仏掌を差し
伸べられたら、その慈悲深き救世の導きに対して、合掌の尊拝でもって魂
の恩涙を表しなさい」
雅紀「・・・はい」
「その加護をありがたく受け、人生で出会った全ての同魂たちに感謝し、自
分の人生を全うしたことを誇りに思い、そして最期はおのれが帰ってくる
道を違わずに、しっかりと帰ってきなさい」
雅紀「・・・はい(涙)」
まるで両手をいっぱいに広げて、大きなふところで抱きしめてくれるかのような寛大なやさしさがそこにあり、それでいて全てをゆだねられるような、威厳に満ちた声が心に響いてきた。こえぬし様からおみちびきをいただき、今この瞬間を生きていて本当に良かったと、心の底から思えたのだった。
さて、雅紀がウトウトと眠りに落ちてから、一体どれぐらいの時間が経ったのだろうか。いつの間にか辺りは夕暮れ時を迎えていた。
そして雅紀は、ここでゆっくりと目を覚ましたのだった。
雅紀「ふう・・・。いつの間にか眠ってしまったら、すごくリアルな内容の夢を
見たなぁ。またいろいろと教わったな」
そうつぶやいて、きれいな夕暮れの空を遠く見つめてみた。
結局のところ、姿が見えず本当の名も知れず、声だけしか聞くことができなかったこえぬし様について詳しいことまではわからなかったが、実はいつでも自分の側にいて、心の支えとなってくれる絶対無二の存在であり、同時に全ての英知と真理を兼ね備えた存在だったということは理解ができた。
そして、お互いの魂が学び合うために、こんなにも多くの同志たちが共に助け合っているという事実にも気づかされ、普通では到底知り得ない、運命の歯車が噛み合わされて我々は生かされているのだという人生の仕組みを知った今、魂が震えるほどの感動を覚えたのであった。
そのどこまでも深い愛を十分に確信した雅紀の目からは、茜色に照らされたひとしずくの涙が、感謝の恩涙となって頬を伝っていたのであった。
完
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