〜 短編ストーリー 〜 古老の小ばなし3

老人「三度目の出会いが初詣とは、これまた縁起がいいのぉ」

前日から降っていた雪が、やわらかい冬の陽射しによってゆっくりと溶け出し、屋根からは雪解けのしずくがポタポタと落ちていた。

実は雅紀は、元日にもこの神社の入り口前まで訪れたのだが、参道を埋め尽くすほど並んでいたあまりにも大勢の参拝者の列に圧倒され、その日は参拝をあきらめてそのまま帰宅の途についたのだった。そして二日後の今日、改めて出直してきたのである。

雅紀「あ、おじいさん、明けましておめでとうございます。またお会いし
   ましたね」

老人「ほほ、おぬしも元気そうじゃの。いやのぉ、新年はいろいろとご祈
   祷の依頼が立て込んでおっての、世話人のわしも忙しくてのぉ」

雅紀「あ、そうですよね。あまり無理をなさらずに」

老人「こう見えて体は丈夫なんじゃよ。いつも山歩きや旅行にも行ってお
   るでの。ちょっと前は、出雲大社に行ってきたんじゃよ」

雅紀「出雲大社ですか?へぇ〜、いいですね。ぼくはまだ行ったことがな
   いんですよね」

古老の言うとおり、年齢の割には丈夫な体つきをしており、声もハッキリしている。それに、愛犬の散歩で足腰もきっと強いのだろう。

老人「なんじゃ、おぬしまだ出雲に足を運んだことがないのか。まあ、い
   ずれ行く機会があるかもしれんな。もし行くときには、できれば神
   在祭の期間がおすすめじゃ」

雅紀「ああ、八百万の神様が集まるっていうあれですね」

老人「そうじゃ。そういうときに出向いて、集いし神々にご挨拶をするの
   もまたいいことじゃ。おぬしの顔を知ってもらうためにものぉ」

雅紀「顔を?へぇ〜、おもしろいことを言いますね。そういう発想はした
   ことがなかったですね」

老人「まあしかし、常日頃からの信仰心が自らを高め、そして神をも高め
   るのじゃ。一人一人の気高く澄んだ思いが、神を格とし成せるのじ
   ゃからの」

雅紀「・・・また難しい話ですね。おじいさんは歩く知恵袋ですね」

いつもながらの古老の「小ばなし」を理解するため、言葉を追いかけながら頭で整理しようとしてみるのだが、気づいたときにはすでに遅し、古老の話はいつも二歩、三歩先を進んでいるような状態なので、話の半分も理解できていないほど、とても鈍足な雅紀だった。

老人「ところで、もうおみくじは引いたかの?」

雅紀「いえ、これからなんです。どうやらぼくの今年の運勢は、十数年ぶ
   りにとてもいい運気みたいなので、きっと大吉がでますよ!」

「ほほ〜、なかなか威勢がいいの。まあ、人にはそれぞれ浮き沈みが
   あるからの。人生はそうなっておるもんじゃよ」

雅紀「ええ、そうですね。去年はいろいろと大変なことがありましたから
   ね。今年はいい年になればいいな、と」

老人「まあ、ある意味でおぬしは「苦労の先取り」をしたかもしれんの」

雅紀「苦労の先取りですか。またおもしろいことを言いますね。でも、な
   んとなくぼくもそんな気がします(笑)」

老人「ほほ。まあ、運勢がいいのはともかく、慌てずに事を進められよ」

ニッコリと笑った古老はそう言い残すと、いつものように神社の裏手に続く細道をゆっくりと歩いて行った。

その後、おみくじを引いた雅紀は、「末吉」の文字にがっくりと肩を落とし、書かれているご教示をよく読んでみると、「あまりに一足とびにとんで事をしようとするとあやまります」とあった。

これまでのことを全て見抜かれていることにようやく気がついた雅紀は、古老の後を追いかけたが、その姿はもうどこにも見当たらなかった。

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