【短編ストーリー】こえぬし様のおみちびき2

雅紀「あ、あの~、1つよろしいでしょうか…

これまでのやり取りで、謎の声の主に心の奥底まで見抜かれているようにも思えてならない雅紀だが、しかしそんな正体不明の相手に、ここで1つ質問を投げかけてみた。

雅紀「声だけが聞こえるあなたのことを、「こえぬし様」とお呼びしてもいいで
   しょうか?」

またしても、姿が見えないその奥で、ふふっとやさしく微笑を浮かべているような、謎の声の主の様子が脳裏に伝わってきた。その不思議な感覚のおかげで、なんとなく自分の考えを受け入れてもらえたのだな、という安心感がでてきたが、ここはあえて慎重に間をとり、返答を待ってみた。

  「かまわない」

雅紀「あ、ありがとうございます!」

今のタイミングで礼を述べることが果たして適切であったのかどうかは別として、姿が見えぬ相手に対して、まずは名前だけでも呼称できることに、一応の安堵感を持つことができた。

雅紀「では、こえぬし様にお聞きしたいことがあるのですが、私はまだ若いのに
   どうしてこんなにも苦労が多い人生なんでしょうか?」

  「先ほども言ったように、それだけの大きな試練を幾度となく耐えるには体
   力や気力が必要だったのだ。そのため、お前の場合は人生の前半部分の、
   まだ若さがある時期に経験できるよう、重点的に計画をしてきたのだ」

言われてみれば、若者であろうと中高年であろうとも、どんな人間でも病気や苦労をすることにかわりはないだろう。その中で、どうやら雅紀の場合は体力のある比較的若い時期に、多くの困難に見舞われることを、生まれてくる前からあらかじめ計画を立ててきた、というのである。

雅紀「そうだったんですか・・・」

  「それらの出来事が、「苦労」という認識をするかどうかは本人のとらえ方
   次第だが、少なくともお前は、今生においてそれを経験する必要があった
   からそうなったのであり、また、その定めを受け入れてきたのだ」

雅紀「人間はだれでも病気になったり、苦労をしたりするのはわかりますが、で
   きればそういうものは無いことに越したことはありません」

病気や苦労があるのは当り前だとしても、本音を言えばそういうものは無いほうがいいに決まっていると言い切った雅紀に、こえぬし様は少し間をおいてからこのように語りかけてきた。

  「ならば、その反対の健康や幸福といったことも、無いほうがよいのか?」

雅紀「あ、いえいえ、そういうことではなくて、もちろん幸せとかは絶対にあっ
   たほうがいいんですが、できれば悪い方は少ない方がいいですので」

不幸なことを望む人間はいないであろうということを前提として、人間が生きていく上では、誰もがみな幸せになることを願っていることは言うまでもないので、ここも正論をかざしてみた。

  「二極の定めがあるこの世の中で、片方のみを選び取ること自体が理にかな
   わないことなのだ。もとより、幸も不幸も天秤にかけるほど、軽くもなく、
   かたや重くもないものだ」

雅紀「・・・と申しますと?」

  「それは、選び取った手段による結果の認識がそうであって、各々の意によ
   り幸か不幸かに分かれるものだ。それに、もともと事象には、感情もない
   のだ」

雅紀「・・・あの、すみません、ぼくにはちょっと難しいのですが・・・」

幸も不幸も、軽くもなくまた重くもなく、そして事象には感情もないなどと矢継ぎ早に言われてしまうと、それを理解するのにいささか難儀な内容に思えた。

  「お前の場合は、これまでの試練において苦労と認識する結果から学ぶのも
   1つの手段だった、と言い換えられるだろう。だが、これからはそのとら
   え方で終わるのではなく、その出来事が魂としての使命を全うし、魂格を
   上げる学びへとつながるものであったのかどうか、ということに目を向け
   なさい」

雅紀「こ、魂格ですか。そんなことは今まで一度も考えたことがなかったです。
   つまり、いろいろな出来事を経験しただけではなく、その先にも意味が
   ある、ということでしょうか」

人生は学びの連続であるということは、これまでの経験から自分なりにそう解釈はしてきたが、さらにその先にある魂格の向上までをも見据えなさいという言葉には、さすがにそこまでは考える余地がなかった点を気づかされた。

  「どのような人間であれ、内に宿した魂の定めを背負っているのだ。目の前
   に現れる〝その通り〟の現実を、受け入れればいいのだ」

雅紀「も、もしもですよ、それを受け入れずに拒んでしまったら、どなるので
   すか?」

  「その人生では、それも選択肢の1つだろう。だが、おまえにとって本当に
   必要あるならば、いずれかの魂の命刻においては、それをやるべきその
   時が、必ずや訪れることだろう」

雅紀「・・・いずれかの魂の命刻ということは、結局そこから逃げたとしても、
   自分に必要なことならば、来世とかに生まれ変わった時にそれをやること
   になる、ってことですか。うわ~、それはちょっときついです」

その話を聞いて、気力がガクンと抜け落ちた気分になってしまったが、そういう感情の起伏は当然のように見越しているぞと言わんばかりに、こえぬし様はこう続けた。

  「それを魂命というのだ。運命や宿命といった言葉があるように、我々の存
   在自体には法理があるのだ」

雅紀「そうなんですか。つまり、ぼくの今までの病気や苦労などは、ぼくにとっ
   ては魂命として人生に必要なものだったんですね。実は、どうせそれをや
   るべき定めならば、いっそのこと早いうちにやった方がいいって、なぜか
   いつも不思議とそう思えていたんですよね」 

雅紀はまだ若いながらも、建国社会がつくり上げた、まるで隷属的ともとれる企業の従事制度に心を病み、仕事が続けられなくなって会社を辞めた経緯がある。その影響もあり、人づき合いそのものにも不信感を抱き、長い間〝独心〟という表現がそのまま当てはまるような、とても狭くて孤独な心を持ち続けてしまっていたのだった。だが、今ではその鎖縛から自らを解放し、〝癒心〟とも言える時間を送っているのだった。

  「人は、世の中での当たり前であることに身を置くことを求め、そしてそれ
   に安堵するが、その普通ではない命運に挑戦している今の自分自身を、心
   から誇りに思いなさい」

雅紀「・・・はい、ありがとうございます」

こえぬし様からかけられた言葉に、雅紀は何の迷いもなく、素直に感謝を述べた。

今まで、自分の内情をあまり他人に話をしてこなかったため、苦しい胸の内を周りに理解されることがほとんどなかった経緯があるが、ここまで自分の心の中を見抜いてそれを認めてくれるばかりか、さらにはその命運を心から誇りに思えとまで言葉をかけてくれたこえぬし様に対して、たとえ姿は見えずとも、もはや心は揺らぐことはないほどに絶対の信頼を寄せるまでになった雅紀であった。

※次回3へ続く

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