※前回のあらすじ
かの有名な弘法大師空海さんと一緒に山岳修行をするという、夢の中だからこそ実現できるありがたい修行に同行させてもらうことになりました。
その姿を一目見ようと背を伸ばしたところ、なんとお大師様はスーツを着たOL姿で登場したのです。
果たして、お大師様改め「女大師」と、これからどんな修行がはじまるのか…
山の麓は緑に囲まれ、自然豊かで澄んだ空気が包んでいました。
大勢の者たちの注目を集める中、女大師はくるっと向きを変えて、木立が連なった山の奥へと歩を進めました。いよいよ出発の時が訪れたようです。
すると、それを見た群衆たちもまた、我も続けと後を追い始めたのですが、わずか数歩しか歩いていない女大師は、なんとすでに群衆から数十メートルも離れています。
その様子を後方から見ていた私はよくわかったのですが、女大師の1歩分の歩幅の長さが、普通の人の5~6歩分以上にも相当するぐらいなのです。
さらに、スピードも速いのです。そのため、女大師が1歩、2歩と踏み出すたびに、後に続く大勢の者たちはみな少しずつ引き離され、早歩きを始める者もいれば、だんだんと駆け足をしだす者もいます。
私「速い…もう見えない」
群衆の後方にいる私が歩き始めるころには、女大師は一体どこまでいってしまうのやらと、出発もしていないのに絶望感が漂うほど、もはや追いつくことをあきらめてしまう状況が垣間見えました。
先頭が出発して5分以上が経ったころでしょうか、ようやく私も歩き出すこととなりました。
いざ、森の奥へと続く道中を歩こうとしたときに、道沿いにお地蔵様が目に入りました。そのお地蔵様は10体ぐらい並んで立っており、その中には私の背丈の2倍以上はあろうかというほどの、今まで見たこともないものすごく大きなお地蔵様もあったのです。
私「うわ~すごいな、手を合わせたいな。もっと間近で見たいな」
と思ったのですが、しかし少しでも早く進みたかった私は、ちょっと残念な思いを胸に、仕方なく歩き始めたのでした。
実はこの後、私に迫りくるピンチの時に、なんとこのお地蔵様が救いの手を差し伸べてくださるということなど、当然ながらこの時には知る由もなく、足早に過ぎ去っていったのでした。
林道を進んで行くと、急にぱあーっと開けた場所に出てきました。
そこには高さ7~8mはあろうかという崖があり、先に出発していた大勢の者たちは、さながらロッククライミングを思わせるように、その崖を必死で登っていたのでした。
しかし、素手で何の道具も持っていない者たちが、手をかけるだけでも土がボロボロ崩れ落ちる山肌むき出しで垂直な壁のような高い崖を、登れるわけがありません。
なんとか真ん中あたりまで登る者もいたのですが、そこからがさらに大変なようで、わずかな動きで足を滑らせてしまい、横で登っていた者までも巻き込んで泥だらけになりながら下に落ちていく有様です。
むしろ、もがけばもがくほど、上に到達するのが難しくなるかのような現状がそこで展開されていました。全員が土まみれ泥まみれの状態であり、誰一人として上まで登り切った者は見当たりません。
私「こんなの絶対に登れないな」
今しがた、崖のところに到着した私がそれを見て即座にそう思うほど、それは惨憺たるや現状でした。
しかし、ここで修行をやめておめおめと帰るような弱者とはなりたくないので、私もみんなと同じように崖を上り始めましたが、案の定、土がボロボロと崩れ落ちて登れません。数回に1回ぐらいは何とか真ん中ぐらいまで行きますが、そこからがどんなに頑張ってもズルズルと滑り落ちてしまうのです。
その後にも数回チャレンジし、やはり真ん中あたりまではなんとか行くのですが、そこからがどうしても無理なのです。
私「やはり無理か…またこのまま落ちてしまうのか」
またもや諦めムード全開となる中、ふと上を見上げたその時、驚く光景が目に入ったのです。
崖の真ん中あたりにいた私の場所から、およそ右斜め上2m弱ほどの崖の中(土の中)から、なんとうつ伏せで体の下半分が土に埋まり、上半身だけが出ているお地蔵様が突如として目の前に現れたのです!
私「えぇー、お地蔵様が土の中から…ああ!もしかしてあの時の‼」
そのお姿を見た瞬間にわかりました。そうなのです。私が山の麓からいざ出発する時、道中で出会った10体のお地蔵様の内の1体が、優しく微笑みながら「この体に手をかけよ」と言わんばかりに、その身を挺して土に埋まってくださっていたのです。
そんな、お地蔵様が私のためにそこまでなさるとは…。
どうやら、周囲で登っている者たちにはこのお地蔵様が見えないらしく、相変わらず無我夢中で登っています。
そのお地蔵様の頭に手や足をかけさえすれば、てっぺんまではすぐそこなのでもうひと踏ん張りすれば登りきることができそうなのですが、とはいえ、そんなばち当たりな行為ができるはずがない、と私は躊躇しました。
すると、そのお地蔵様から「遠慮はいらぬ」という、私に心遣いをしてくださるやさしい感情が伝わってきたのでした。
なんという慈悲深さでしょうか。
その言葉を聞いた私は、なんとかお地蔵様のそばまで行き、その頭に手をかけ足をかけ、グイっと力を入れてお地蔵様の上半身の上に立ち上がりました。そこからは、手と足にさらに力を込めて一気に駆け登り、とうとうてっぺんに到達することができたのでした。
息を切らせながらへたっと座り込み、周りを見渡してみると、あれだけの大勢の者たちはほとんどおらず、私の他に2人の男性しか残っていませんでした。
その2人は、てっぺんまで到達した私に歩み寄ってきました。彼たちは今まで一度も会ったことはない人物でしたが、その顔を見た時に「共に歩む同志よ」という、お互いを支え合う深い絆を感じることができたのを今でも覚えています。
ふと前方を見ると、かなり離れた位置ではありましたが、女大師の姿を見つけることができました。
どうやら、私たちのここまでの様子を、遠くから全て見ていたようです。
その様子を確認し終えたかのように、くるっと向きを変えて再び山道の奥へと進んで行く女大師の姿を見て、私たち3人も互いに手を取り合い、そして支え合いながら、再びその後を追い始めたのでした。
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