あの日私が、間違いなくそこにいるであろう、その存在を強く感じ取ったのは、特にこれと言っていつもと何ら変わりなく参拝に出かけた、とある神社での出来事だった。
縁結びにご利益があるこの神社には、年に1回から2回程度、その年によっては一度も行かない場合もあるが、普段の私の生活行動圏内にある場所ということもあり、お詣りに行ってみるかと思い立った時によく出かける神社の一つである。
周囲を景色のよい自然に囲まれ、静かな環境にある立地で、訪れる者に安心感を与えてくれる場所でもある。
そして祀られているご祭神は、「神が神として祀られた神」ではなく、もともとは人間であった者が、生前の素晴らしい功績が人々によって認められ、そして死後に崇められた「人間から神」になったご祭神である。
鳥居からは長い参道が続き、途中にある授与所を通り過ぎた奥に拝殿がある。
まずは拝殿でご挨拶をし、特にお願い事はしなかったが、今日もここに来させていただいた感謝を心の中で告げた。境内から臨む周囲の木立からは鳥のさえずりが聞こえ、心身の解放感と共に自然美あふれる魅力をも感じることができた。
本社殿の脇には稲荷社があるが、参拝した当時、ここの鳥居は東日本大震災で無残にも崩れてしまっていたため、鳥居の形が模された簡易的な造作物でこしらえた、応急措置の仮鳥居が建てられていた(現在では真新しくて立派な鳥居が完成している)。
こんなところまで被害が及んでいるとはつゆ知らず、早く新しい鳥居が完成しますようにと祈りながら仮鳥居をくぐったのだが、その瞬間、私の身に思いもよらないことが起こったのである。
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