「感謝の気持ちを持つ」という
心からの清らかな行為が
単にうれしいや 有り難い という表現の域ではない
「魂源」からの賜りものとして
真に実践されるならば
もはやそこには
あらゆる事象に対して
良いも悪いも
選別する必要性はどこにもないだろう

「感謝の気持ちを持つ」という
心からの清らかな行為が
単にうれしいや 有り難い という表現の域ではない
「魂源」からの賜りものとして
真に実践されるならば
もはやそこには
あらゆる事象に対して
良いも悪いも
選別する必要性はどこにもないだろう

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