【不思議体験記4】人魂を見る

小学6年生の時、夏祭りで子供の盆太鼓を披露することになり、その練習が夕方から行われる予定だったため、友達数人と地区の集会所に集合していた。
 
しかしその日は、太鼓を教えてくれるはずの地区の消防団の大人たちがなかなか姿を見せず、ずっと待っていた私たちはだんだんと飽きてしまい、じゃあすぐ近くにある神社に行ってかくれんぼでもやろう、ということになった。
 
私は境内にあった石燈籠の後ろに隠れ、鬼が私のいる場所とは反対方向に行ったのを見てホッとしたのもつかの間、何気なくすぐ横を見ると、距離にして2〜3m離れた斜め上方に、なんと黄緑色に光っている丸い物体が浮かんでいるではないか。
 
よく見るとそれは「人魂」だった!
 
その人魂は、まず直径10cmメートルほどの丸くて少し黒っぽい球体の「核」とも言える部分があり、その核の周りは黄緑色(どちらかというと緑色に近い色)の光のようなものが、まるで炎に包まれて燃えているかのような感じで「核」全体を覆っていた。
 
意外にもそれは、時代劇の幽霊屋敷などに出てくる人魂に非常によく似ており、ゆらゆらと揺れながら私の斜め上方を通過して頭上に上がっていき、境内にあった木の上までくるとフッと消え去ったのだ。
 
この時に、周囲に友達はだれもおらず、私一人で石灯籠の後ろに隠れていたことに間違いない。
 
ゆらゆら揺れながら上昇する人魂を私はずっと見つめていたのだが、その際になんとなくではあるが、人魂が私に向かって何かを語りかけていたような、そんな感覚が伝わってきた。
 
人魂が現れてから消えるまでの時間は約1分程度だったが、不思議なことにその間は一切の恐怖を感じることは無かった。
 
この出来事を、一緒にかくれんぼをしていた友達に言っても信じてもらえないと思ったので何も言わず、結局その日は盆太鼓の練習も中止となったため、みんな帰宅の途についた。
 
その帰路の途中、私は「さっきのは一体何だったんだ⁉」という疑問と驚きで頭がいっぱいであり、暗い夜道をどうやって家まで帰ってきたのか、その記憶がないこともまた不思議なことであった。

【補足】

神社の境内で人魂を見た時のお話です。
 
人魂というものは、これまでテレビの時代劇などでときおり登場するものであり、ただでさえ怖いイメージのある「幽霊」というものを、さらにそれを倍加させるほどの相関的な心象をもたらす存在だという認識を持っていました。
 
しかし、私が体験したこの「人魂との遭遇」では、一切の恐怖を感じることなく、それどころか「私」「人魂」という、二者間での心の対話とも言えるようなものがなされていた感覚さえあるのです。
 
もちろんこれは、一体どのような対話がなされたのかを頭で理解できるものではなく、私自身の心がそのように理解したものであるため、実際に取り交わした内容については知る由もありません。
 
さらに、これは後に判明したことなのですが、私が歴史文化関係の仕事をしていた頃、私自身が興味があって各地区の神社にある狛犬についても調査をしたことがあるのですが、その時に文献上で、今は亡き一人の有名な石工職人の名前が出てきました。
 
この石工職人がつくった狛犬を一度見てみようと、数か所の現地に赴きました。
 
そして不思議な巡り合わせと言えるのか、そのうちの現地の一つに、かつてあの時にかくれんぼをした神社も含まれていたのです。
 
私「ああ、そういえば小学生の時に、ここの神社で人魂を見たんだったな・・・」
 
と思い出し、私が隠れた石灯籠の後ろに刻まれている彫刻名を見た時のことです。
 
ここで驚愕の事実が待っていました。
なんと、私が隠れたこの石灯籠をつくった人物こそが、今回の調査で調べている有名な石工職人その人だったのです!
(正確には石灯籠というよりは「御神燈」なのですが、とても立派なものです)
 
なんだこの偶然はー!と心の中で絶叫しました(笑)。
 
あの時に見た人魂は、まさかこの石工職人の魂だったのでは・・・そんな思いも心によぎるのです。
 
これは余談ですが、あの時に人魂と心の対話をしたという内容ですが、もしかしたら私はこのように語りかけられていたのかもしれません。
 
人魂「盆太鼓の練習をサボらずにしっかり頑張るんだぞ。
   そして今年もまた、祭りのにぎわいで楽しませておくれ」

 
※現在では違う場所で盆踊りが開催されていますが、かつてはこの神社の境内で行われていました
 
石工の名工として名を残した彼だからこそ、盆太鼓の練習をサボってかくれんぼをしていた私に、しっかりやれよと声をかけてくれたのかもしません。
 
今でも、この立派な御神燈にはきっと彼の心が宿っていて、参拝に訪れる方たちを見守ってくれていることに違いないでしょう。
 

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