【不思議体験記2】体外離脱をする part2

飯田史彦先生との共通点から気づいた魂の存在

この時の出来事は今でもよく覚えており、ときおり思い出しては不思議な体験だったなと振り返ることがある。
 
なぜこのような不可解な出来事が起こったのか、理由もわからず解明もできず、ましてやだれにも相談できぬまま、長らく自分の心の中に留めてきた。
 
しかし、この疑問がやっと解決できる時がきたのである。
 
それは、元福島大学教授の飯田史彦先生が書いた『ツインソウル』の本がきっかけだった。
 
飯田先生は脳内出血で倒れ、そして魂が肉体から抜け出て、そのまま光の次元に到達してまぶしく輝く光たちに出会い、その光たちから宇宙の真理を教わった方である。
 
私は光の次元まで行くことは無かったが、先生の臨死体験の一部分が、私が体外離脱をした時の様子と全く同じであることにとても驚いてしまった。
 
下記に、先生が体験した一部分を抜粋する。
 
「(肉体から魂が抜け出た直後)その時の私は、まだ、物質世界ならではの
「時間」と「空間」の感覚で、自分という存在をとらえていました。
そこで私は、まず、いちばん近くにいるであろう、妻子のところに
「行って」みようと思ったのです。

 
すると、その瞬間に、私は、自宅の一階リビングに存在していました。
それは、「行く」とか「移動する」といった、「時間」と「空間」
(あるいは「距離」)の感覚を伴ったものではなく、いわゆる「瞬間移動」
といった感覚とも違っていました。
 
いわゆる「瞬間移動」というのは、「前の瞬間にはA地点におり、
その次の瞬間にはB地点にいる」という現象を意味しており、
やはり「時間」と「空間」(距離)の感覚を残した表現になります。
 
しかし、私が経験した現象には、「瞬間」や「移動」という感覚さえも、
まったく無かったのです」

 
(引用 飯田史彦著『ツインソウル 死にゆく私が体験した奇跡』 PHP出版)
 
この文章から気づいたことがある。
 
私が体外離脱をしたあの時に、このままこうしていたら何か大変なことになってしまうと思い始め、「早く元の状態に戻った方がいい」と考えた瞬間に肉体に戻っていたわけだが、厳密にいえば「瞬間」という言葉には、物質的な時間の概念が含まれており、現在から未来へ移行する際に、極めて短い時間間隔の中で起きる連続的事象のことを指す表現である。
 
しかしながら、これはあくまでも物質世界特有の「直進的に進む時間軸」でのみ発生する事象であり、肉体から抜け出た魂の状態においては、この物質世界特有の?時間的及び空間的事象?からは完全に解き放たれる存在になるわけである。
 
私が体外離脱をした時の様子を説明するのに、どうしても「瞬間」という表現を使わざるをえないのだが、改めてこの時の様子をよくよく思い返してみると、空中に浮いていたあの状態から、距離にしてわずか下方2m弱程度の近距離で寝ていた自分の体に?移動?したという感覚が全く無かったばかりか、自分の体に戻って行くという、「行く」の行為や感覚、感触さえも、何一つ感じることは無かったのである。
 
この部分が、飯田先生が経験されたこととピタリと一致したのである。
 
そしてこの時の私は、三次元物質世界特有の現象である「時間」や「空間」といった概念から、完全に解き放たれていた状態であったと言えるだろう。
 
さらに、家庭用照明の常夜灯しか点いていない薄暗い部屋なのに、最初に目を開けると(魂の状態では目はないので、目を開けて見るという感覚)、そこには木目調がはっきりと見え、それが天井の木目だと瞬時にわかり、視線を下におろすと(これも人間の感覚で表すと、自分の位置から下方に目を向けるという感覚)、自分が布団に寝ているということがはっきりと「判断」できたのである。
 
部屋が薄暗くてよく認識できなかったというような、あいまいな部分は何一つなかったと言っても過言ではないくらい、全てのことが直感的に、かつ瞬時にわかったのである。
 
まさにこれが「自分がそう意識する」だけでそれが現実になるという、そして「あらゆる存在とつながっている」という魂の存在証明であるという考えに至ることができたのである。
 
それともう一つ。これはふと感じたことだが、私が体外離脱をした直後に、「自分の周りが静寂に包まれているのに気づき・・・」と書いたが、この静寂さというのは、単純に「周囲に雑音が無く静かな環境」という、聴覚で聞こえるか・聞こえないかを判断するようなものではなく、音源という物質的要素を必要としない、「どこまでも限りなく続く無空間」にでも放り出されたような感覚があったことを覚えている。
 
これが、いわば「宇宙意識」ともいえる、物質世界の領域を超越した、まさに宇宙そのものの存在と同化したためにこのような意識感覚に到達したのではないだろうか、とさえ思えてならないのである。
 
自分が宇宙意識になるということは、まさに「宇宙と同化する」の意であり、宇宙空間にぽっかりと浮かぶ地球そのものを、まるで自分が丸々包み込めるような存在にでもなったのではないだろうか。
 
そのため、あらゆるものが自分の「内」に存在することになり、もはやそこまで移動することも、そこに時間を費やすことも必要性が無くなり、「そこに意識を向ける」だけで、「あらゆる存在とつながる」ことができたのではないか、という考えに至っている。
 

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