真の裁きは『人』ではない

法の打ち木によりて
人が人を裁く世の中なれど
真の裁きを下すのは人ではない
 
すでに起こってしまった事の由は
もしかしたら
その人にとって過去の清算なのかもしれないし
もしくは新たな業なのかもしれない
 
魂罪の裁量をはかる天秤を持つ者は
我々ではないのだ
 
しかし
どのような意味が含まれていようとも
畏れることはない
 
なぜなら
すでに我々は
そうあるべきことを知っており
そうなるべきこともまた
唯一なる存在による愛の浄罪であることを
誰違わずとして心が理解しているからだ

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