【不思議体験記20】今は亡き愛情深い親方さんpart

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    情が深く、所員思いの男性

    それから数日が過ぎた頃だった。いつものように作業をしていると、この前と同じく、人影のようなものが現れた。同様に、室内にチャイムは鳴っていない。
     

    先日に見た人影と同じかどうかまでは判別できなかったが、視界のほとんど端の方に少しだけ見えるため、具体的にどのような人物なのかをハッキリととらえることはできなかった。しかし、人影とおぼしき人物像を成している姿形には変わりなかった。そちらに視線を向けると、やはり同じようにその人影は消えている。そこには誰もいない状態なのだ。
     

    それからさらに数日がたった時だった。

     

    同じように作業中、また執務室の入口の前に人影が現れたように見えた。この時も、相変わらずチャイムは休憩中のままであり、静かな執務室内であったことは言うまでもない。
     

    このようなことがここまで続くと、これはもしかしたら私自身の単なる思い込みからくるもので、その思い込みから生じた目の錯覚ではないだろうか?とも思えてきた。それに、あまりにもこういったことを意識的に「想像」してしまうと、ある意味で、脳内では本当に「創造」してしまう脳内現象が発生するおそれも考えられたため、あまり自己意識が過敏にならないよう、冷静につとめた。

     

    ところが、その日はいつもと違っていたのだった。

     

    その人影の気配が、いつもより長くそこにいるように感じられたのだ。その場所から特に動く様子はなく、何をするでもなく、じっとそこにとどまっている、というようにも思えた。
     

    ならばと思い、今回も視界からなるべくはずさぬよう、視線だけをすばやくそちらへ向けたところ、驚くべき光景が目に飛び込んできた。

     

    なんとそこには、見知らぬ男性が立っていたのである!

     

    その男性の具体的な容姿は、紺色系の上下の作業着を着用し、髪は短く白髪があり、身長は160僂舛腓辰箸如見た目はいかにも職人さんとも思える男性が、こちらを見ていたのである。やはりこの時も、ごくわずかな一瞬の出来事であり、この人物像を認識した直後には視界から消え去った。

     

    私(……今のは⁉)

     

    と、心の中で驚いたが、しかし一切の恐怖を感じることはなかった。それどころか、とても情が深く、思いやりがあってまるで親方のように面倒見がいい存在にも思えたのだった。

     

    そして、すぐにわかったことがある。「ああ、今の感じは、ここの所員のみなさんを指導的な役割で見守ってくれている存在なんだな」と。
     

    その数日後も、この親方風の霊的存在の男性がコピー機の前におり、所員の仕事ぶりを見ている様子が、やはりこれも一瞬ではあるがとらえることができた。コピー機の前にいて、所員の「心」という見えない部分に、気づきやアドバイスをメッセージとして送っているようにも感じられた。
     

    この時点ですでに2回、実在する人間ではない、ましてやその顔にも全く身に覚えがない、霊的存在とも言える特徴ある男性像を、どちらも一瞬ではあるが目撃したことを考えると、この現象は私の思い込みからくる錯覚ではなく、ここで本当に起こっている現実の出来事で間違いないと、私は心の中で受けとめた。
     

    この親方風の男性霊が、どのようなご縁があってこの事務所に来られているのかは全く知る由もないが、「愛情ある指導者的役割」というお役目を果たされているその姿に、大変素晴らしさを感じることができた。
     

    次回partへ続く

     


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    【不思議体験記20】今は亡き愛情深い親方さんpart

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      3・11の震災から数年後、私はかねてよりの知人が代表を務める事務所で仕事をすることになったが、今回の話はそこで起こった出来事である。

       

      この事務所の倉庫には、過去数年〜数十年は経過しているであろう、これまでの業務で使用した文書ファイルがダンボール箱に所狭しと大量に保管されていた。

       

      本来なら、これだけの年数が経過しているものであれば廃棄処分として扱っても構わないと思われるが、例えば外部からの問い合わせが来た場合の対応や、その当時の仕事の内容をいつでも確認するためなど、業務の足跡を残しておくためにも廃棄せずに長年に渡って保管をしてきたのだろう。何とも律儀なやり方である。

       

      とはいえ、紙文書として長期保管を年々継続していくということは、当然ながら倉庫のスペースにも限りが出てくることになり、実際に私が目にした時点でも、もはやこれ以上どこに収納できるのか?というぐらいに、倉庫がお腹いっぱいの状態だった(笑)。

       

      そのため、これらの紙文書をパソコンにデジタルデータとして記録・保存していくことになったのだが、なにぶんにも手間のかかる作業ゆえに、それを専属的に担う人がなかなか見つからなかったのだという。

       

      そこで、幸いにしてパソコンの操作には学生の頃から慣れ親しんでいたためにそれなりの知識があるこの私が、これらのデータ化作業を依頼され、一手に引き受けることとなったのである。

       

      こうして、部数にして何百冊というほどの山積みされた文書ファイルを、数十年ぶりのホコリと一緒に取り出し、1冊ずつぞうきんできれいに拭き取りながらの保存業務が開始されたのだった。

       

      ●事務所に来客?ところが……
      不思議な出来事が起こったのは、私が作業を開始してからおよそ2ヶ月ほどが経過した頃だった。

       

      私の席は、2階にある玄関から廊下をわたって所員たちがいる執務室の1番入口近くにあり、事務所内がよく見渡せ、来客があってもすぐにわかる位置に座っている。

       

      その日も、1階にある倉庫から、まるで牙城のごとく積み上げられたダンボール箱を1箱運び出し、1冊ずつ資料のデータ化作業に追われていた。

       

      その時…。

       

      だれも来客はいないはずなのに、だれかが執務室の入口の前に立っているように、視界の端に見えた。視線をそちらに向けて直視したところ、その人影と思わしきものはすでに消えていた。この時、来客を知らせるチャイムは鳴っていなかった。

      (この事務所は2階が執務室になっており、1階の階段を誰かが昇る際にセンサーが反応して部屋内にチャイムが鳴る仕組みになっている)

       

      私(……あれ、今だれかがいるように見えたけど、気のせいかな)

       

      1階の階段部に取り付けられているセンサーは、たまに反応が悪いのか、誰かが通っても全くチャイムが鳴らないという、センサーとしては致命的な不具合がこれまでにも何度かあったが、そういう時は「まあ、人間同様、センサーもたまには休憩が必要だからな」と、音が鳴らないセンサーを私はいつも心の中でねぎらっている(笑)。

       

      この時は、実際には来客はなかったわけであり、反応しないのも当然のことなので特に気にもせず作業を続けたのだが、しかしこの現象はこれだけにとどまらず、これ以後もこのような現象がたびたび続いたのであった。

       

      次回part△愨海

       


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      明けましておめでとうございます

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        2019年、新しい年がやってまいりました。

         

        昨年は、当ブログが開設1周年を迎えたことをはじめ、私がこれまでに遭遇してきた不思議な出来事をつづった体験記やインスピレーション、そして湧水心語や龍のように見える雲など、いろいろご紹介してまいりました。

         

        今年も引き続き、不思議体験記を中心にしてその他カテゴリーについても随時更新していきたいと思いますので、いつでもお好きな時に、また気の向くままに、当ブログへお越しいただければ幸いでございます。

         

        どうぞよろしくお願いいたします<(_ _)>

         


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        見事な巨木が教えてくれたもの

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          先日、仕事で同僚と取引先に伺った際に、駐車場の入り口前に立派な木があるのが目に入りましてね、この木の樹齢は一体どのぐらいなのかとか、これは何という木でいつの時代に植えられたのかなど、一緒にあれこれと話をしておりました。

           

          その後にこの現場での仕事が終わり、玄関から出ようとしたら、壁に1枚の絵が飾られてあったんです。その絵は、今から30年以上前のもので、私たちが駐車場の入り口で見たあの立派な木が描かれていたのです。

           

          私「あ、これ、あの立派な木だよね。へぇ〜、この頃はこんな感じだったんだね」

           

          感心しながらまじまじとその絵を見ていたのですが、その直後のことでした。心の中にこのような言葉が突然浮かんできたのです。

           

          − 明 治 −(心の声)

           

          私(…え?、明治?もしかして、この木は明治時代に植えられたのか?)

           

          何の確証もありませんでしたが、とりあえずはこのインスピレーションを心の中に留め置いて、後日にネットでいろいろと検索をしてみたところ、何とこの木についてブログを書いている方が複数名いるではありませんか!

           

          その中の1つに、この木は樹齢140年以上前のものであるということが書かれており、写真も掲載されておりました。おそらくは、実際にここの関係者の方からこの木について聞き取りをされて、その記念に写真を撮影したものと思われます。

           

          私「おぉ、140年以上も前のものなんだ、ということは……1800年代後半ぐらい

            か、ええとつまり…やっぱり明治時代じゃん!」

           

          明治で合ってました(笑)。

           

          ここを訪れた方たちはみな、この木を見るとすごいな〜ときっと驚かれることでしょう。そのため、記念として撮影してブログやSNSなどにアップするものと思われます。それだけに、見る人の心を引き込むものであり、そして歴史を重ねてきた木でもあるのですね。

           

          あの時に見た1枚の絵…。あの絵には、巨木に対する作者の想いが込められていたのかもしれません。それを私がまじまじと見たことにより、無意識のうちにそこから何かを読み取ったため、「明治」というキーワードが引き出されたのかもしれません。

           

          それに、もしかしたらあの木には精霊のようなものが宿っているのではないかな〜とも思えました。

           

          この巨木はこれからも、ここを訪れた多くの人たちに、癒しを与えてくれることでしょう うふ

           


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          【印象的な夢5】金色のオオクワガタを発見する

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            今から4年前の8月、とても景色がよく、気持ちのいい夢を見た。

             

            あたり一面が田んぼという、のどかな田舎道を歩いていると、青々とした稲の一カ所に、何やら光り輝くものを見つけた。近寄ってよく見ると、それは体長15cm(私の手のひらより少し小さいサイズ)はあろうかというほどで、金色に光り輝く巨大なオオクワガタだった。

             

            そのオオクワガタを手のひらで包みこむという感じで持ってみた。オオクワガタはとても元気で、足はかなり大きく、手のひらで包まれるのを嫌がるようにその足で私の手を蹴飛ばしてきた。ハサミにも何回か指をはさまれたりしたが、その痛みまでは感じなかった。痛みは感じないが、手で触れている感触は確かに伝わってくるという、何とも表現が難しい感覚があった。

             

            この珍しいオオクワガタを一体どうしたらいいか少し困ったが、この貴重な出会いを体験させてもらったことがとてもうれしかったのを覚えている。そこで目が覚めて夢は終わった。
             

             

            【補足】

            私「…何だあれ、何かが光っているな…」

             

            その夢は、のどかな田園地帯が広がる道を歩いている場面から始まりました。

             

            田んぼには青々とした稲が一面にあり、さわやかな風が吹いていましたが、田んぼの一角にふと目をやると、何かが光り輝いているのを見つけました。

             

            何だろうと思って近寄ってみると、なんとそれは神々しいほど黄金に輝く、見事なオオクワガタだったのです。

             

            私「すごいなこれ、こんな大きなのは初めてだな。しかも黄金…」

             

            何かものすごい貴重な物を見つけたかのような気持ちになり、これを私が手にしても良いものなのかどうなのかと一瞬迷いが生じましたが、思い切ってそのオオクワガタをつかんでみました。

             

            すると、とても元気よく足を動かし、はさまれたら痛いだろうな〜と思えるほどの大きなハサミもありました。手のひらに乗せてみると、体長がおよそ15cm、横幅がおよそ5cmほどはあったかと思います。

            ※この時に見た夢をもう一度よく思い出し、私が手のひらに乗せたオオクワガタを想像して、

             その想像上のオオクワガタを実際に定規で計測した時の寸法を記入してみました。

             

            オオクワガタは動きが活発でとても元気がよく、その大きなハサミで何回か指をはさまれました(笑)。もちろん、そんな大きなハサミで指をはさまれたら、考えるだけで相当な痛さが伝わってきそうですが、そこは夢の中でよかったなぁと言えるのか、痛みは全くありませんでした。

             

            ところがですね、当然夢の中ならば、痛みのみならずその感触すらも感じることは無いはずなのですが、なぜか「指にハサミが接触している」という触覚だけは伝わってきたのです。

             

            これは、例えば自分の指をギュっと何回か圧迫してみるとわかるように、心地よいマッサージのようにも感じますが、これと同様にハサミに指をはさまれるたびに、指に軽い圧迫感が伝わってきたのです。この点がとても不思議でしたね^^。

             

            夢の中で黄金のオオクワガタを手にした私。これがもしも、現実的に本当の出来事として起こったら…なんて、まさに夢のようなことをたまに考える今日この頃です Docomo_kao1

             


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            鳳凰雲のお出ましです

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              その日は仕事が休みで天気もよかったので、いつものお気に入りの公園へと出かけました。

               

              公園に到着すると、まずは広い芝生の上を歩くのですが、この日はそこから反対側にある遊歩道へ。軽くストレッチをまじえ、リラックスしながらゆっくりと散歩です。

               

              そして、芝生側の方を振り向き、青空を見上げた時のことです。

               

              私「…うわ、なんだあれ!これはすごいな!」

               

              遊歩道で1人で大きな声を出してしまいましたが、今までに見たことが無いぐらいに非常に美麗な形の雲があったのです。その写真がこちらです↓

              DSC00007-11.jpg

               

               

              DSC00007-12.jpg

              こちらは、上記の写真を部分的に切り抜いたものです。

              まずは何と言っても、こちらを射抜くかのような眼光鋭い眼差し、そしてよく見るとクチバシと鼻の穴まで見え、たった今ここに飛んできたかのように、翼や胴体が流星のごとく流れています。

               

              まるで私に何かを訴えかけてくるような視線すら感じます。さっきまでこのような形の雲は無かったと思ったのですが、いつの間に…⁉

               

              もうここまでわかりやすく、はっきりとした具象を成しているものなので、これを「鳳凰雲」と名付けさせていただきました。

               

               

              DSC00007-13.jpg

              さらにまだあります。

              上記の赤丸をご覧ください。これは後から気がついたのですが、鳳凰雲の顔の上の部分に、よく見るとこれまた目とクチバシのようなものが確認できたのです。もしかしたらこれ、2体の鳳凰が出ているのかもしれません。

               

              これまで当ブログで掲載してきた龍のような雲といい、今回の鳳凰雲といい、私の身近にこのような超自然的な存在が現れてくれることに大感謝ですね ちゅん

               


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              ブログ開設1周年がたちました!

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              早いもので、ブログ開設から1周年が経過いたしました〜!

               

              私がこれまでに体験してきた不思議な出来事を紹介する【不思議体験記】をはじめ、普段の日常生活の一コマを書いた【流日なる日常】、龍のように見える雲やちょっと変わった写真を掲載した【PhotoGallery】、何十年と時が経ってもいまだに記憶に残る【印象的な夢】、そして心の中から湧き水のごとく出てきた言葉をつづった【湧水心語】などその他、カテゴリー別にいろいろとご紹介をして参りました。

               

              実はですね、だいたい1年ぐらいを目途にして紹介できればいいな〜と思っておりまして、それ以降は特にブログを継続しようとは思ってはいなかったのです。また、月におよそ10記事前後のペース配分で書いていこうと計画を立てましたが、まあ、結果的に10記事にも満たない月が半分以上もありました(笑)。

               

              それにですね、やっぱりこういったスピ系や不思議系といった分野は、それを多衆的に証明して見せることが困難かつ不可能であるために、事実として実際に遭遇・体験した出来事であったとしても、それをブログに書いたところで本当に信じてもらえるのかどうか…という不安と心配がいつも心に引っかかっていたのです。

               

              ところがですね、こんなスローペースで不定期更新のブログが、意外にもアクセス数が徐々に増えていきまして、何よりもブログランキングのバナーをポチっとしてくださる方もいることに嬉しい思いがこみ上げてきました。

               

              「そうか、やっぱりこういう分野にも興味を持っている方が(自分の予想を超えて)

               結構たくさんいるんだなぁ……。じゃあ、もうちょっと続けてみるか」

               

              これが今の私の率直な感想です。

               

              証明できない不思議な現象を、公にブログとしてその事実を公開する…って、当然ながらこれは本当に自分に正直でなければできないことだと悟りまして、自信と勇気がいることなんだなと、改めて気が付いたことでもあります。

               

              それに、皆さんに聞いてほしい見てほしい不思議なお話の続きがまだまだいっぱいありますので、今後もそれらを紹介し、新たに遭遇した体験談も公開していき、そして体験記として綴っていこうと思います。

               

              そんな、私のwonderな世界観あふれるこのブログを、これからもどうぞよろしくお願いいたします <(_ _)>

               


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              その心の種は後に花開くことだろう

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                もしもその言葉が あなたの心に寄り添うならば

                 

                いまのあなたにとって きっと必要な心の響きなのだろう

                 

                しかし

                 

                その言葉が 少し離れたところにあるからといって

                 

                いまの自分には不必要だというものではなく

                 

                ましてや 

                 

                無知なものでもない

                 

                その言葉の一粒の種が 心の中で大きく成長し

                 

                やがて可憐な花を咲かせたときに

                 

                あなたはきっと 大切な何かに気がつくことだろう

                 

                DSC05869-1.jpg

                 


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                【不思議体験記19】夢に現れた黒猫が、まさかの…

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                  これは今から5年前の11月、もうすぐ師走が迫ってくる時期の出来事である。

                   

                  本屋で立ち読みをすることが私の趣味の1つであるが(笑)、この日にふと目に入ったのが、自称霊感漫画家のIさんが描いた本だった。

                   

                  Iさんは子供のころから霊的体質で、これまでにも多くの霊を見てきた実体験を、自分に見立てた可愛らしい女の子として漫画に登場させて、その時の霊の実際のやりとりを描いたものである。ある意味では「こわい、けどおもしろい」的なコミックでもある。私は立ち読みで1巻全部を読破してしまい、それでは飽き足らずにその続編をネットで注文したほど、その世界観に魅了されてしまった。

                   

                  ネットで注文した本が届いたので、軽くドライブがてらに、これを持ってファミレスでコーヒーを飲みながら読んでいた時のことだった。


                  読み始めてからどのぐらいの時間が経ったのかも忘れてしまうほど集中していたが、気がつくとあまりのリアルな内容に、悪い意味で心が感化されてしまい、私の脳が(魂が?)拒否反応を起こしてしまった。気分が悪く、頭がボーっとする。しばらくすると、かなりの眠気も襲ってきたため、会計を済ませて店を出て、車の中で軽く目を閉じるといつの間にか眠ってしまったのだ。眠ったとはいえ、その時間は5分程度だったのだが、そのわずかな時間に夢を見た。


                  その夢というのが、自分の部屋のテレビの前に黒猫が1匹いるという、静止画像を見ているような一瞬のものであり、あまりいい印象を受けなかった。目覚めた後も頭はボーっとしていたが、なんとか運転はできるだろうと思い、すぐに帰路についた。


                  運転中も少し熱っぽさがあり、さらに後方の車がなぜかスピードをあげて私の車に迫ってくるかのような危機感も感じたため、これはちょっとマズイなと思い、国道よりも交通量が少ない旧道へと逸れてゆっくり運転した。

                   

                  この旧道は、結局は先ほどの国道と合流するのだが、合流する少し手前には神社がある。まだ体は霊波動の感化状態にあり、ひどい体調不良が続いていたが、そのままこの神社の前を通過した時の出来事だった。

                   

                  私「……‼あれ、治った。体が何ともない。なんで?なんで⁉」

                   

                  一体何が起きたのだろうか。あれだけボーッとしていた頭が急にスッキリし、体も明らかに軽くなったではないか!

                   

                  驚きながらも国道に合流し、そのまま難なく家に到着した。車を降りて部屋に向かったが、そこで思い出したのは、さっき見た夢の内容である。夢では、私の部屋にあるテレビの前に黒猫が1匹いたのだが、まさか本当に黒猫がいたら怖いなと正直思いながらも部屋の前まで来た。

                   

                  私の家では猫は飼っておらず、当然ながら黒猫などいようはずもない。とはいえ、これまでにまさかと思えるような出来事を幼少期から幾度も経験していると、そのまさかが本当にあるかもしれない…という一抹の不安がよぎるということは、これは一種の職業病(いや、霊体験病か?)とでも言うのだろうか(笑)。

                   

                  自分の部屋なのに、おそるおそる入ることになろうとは思いもよらなかったが、意を決して部屋に入ってみると……

                   

                  もちろん黒猫はいなかった。そうだよな、いるはずがないよなと当たり前のようではあるが、本当にそんな現実が起きなかったことに対して安心できた。

                   

                  ●つかの間の安心…実際に部屋にいたのはなんと

                  ところが、である。私の現実は、そんな簡単な事では終わらなかったのである。

                   

                  ホッと思いながらも荷物を置いた時のことだった。一体どこから出てきたのだろうか、11月ももうすぐ終わりだというこの季節になんと床には1匹のゴキブリがいるではないか!

                   

                  私「うわ、ゴキブリ⁉なんでこんなところに?」

                   

                  よく見るとそのゴキブリは、機敏な動きが全くなく、寒さのせいなのかヨロヨロと足取りも重く、右に行ったり左に行ったりと方向感覚もままならない様子だった。まあ、その後はティッシュにくるまれてゴミ箱行きとなった。

                   

                  夢に出てきた黒猫が、まさかのゴキブリとなって現れるとは思ってもみないことであった。

                   

                  ●旧道沿いにある神社の神様が霊障を祓ってくれたのだろうか

                  またこれはふと感じたことだが、旧道沿いにある神社の前を通過した時になぜか頭と体が急に軽くなったが、ここを通過したことによって何かの悪い作用があそこで落とされ、結果的には黒猫よりも小さなゴキブリ程度の軽い作用?で済んだのではないか、とも思えた。

                   

                  ここ最近は、ゴキブリどころか虫1匹の気配もなかった部屋なのに、しかもなぜあの日あの時のタイミングで計ったように出てきたのか、全くもって謎である。

                   

                  なお後日、この神社の前を車で再度通過してみた。ここの神社、というよりも、この旧道はもう何十年も前から頻繁に通る道なのだが、これまでに一度もこの神社にお参りに行ったことはなく、ましてや名前すらも知らなかったほどである。神社の名前を見てみると、「熊野神社」とあった。

                   

                  私「え⁉、熊野神社⁉、ここでも熊野が関係しているのか…」

                   

                  以前に掲載した記事に、私の名前のアナグラムにも「熊野」に関する語句が成り立っていたことを書いたが(その記事はこちら)、やはり熊野様は私にとって何かゆかりがあるのかもしれない。

                   

                   

                  【補足】

                  いや〜、あの時はほんとに危険な状態だったなと、改めてそう思います。

                   

                  この本は、著者であるIさんの「霊現象の実体験」という、霊体験の経験を持つ私と類似する部分があり、それをマンガとして描いた内容と世界観に共感しながら面白く読み進めていましたが、ふと気がついた瞬間(現実世界に意識を戻した時)に、なぜか自分の心だけが、本の中に取り残されてしまったかのような錯覚を覚えました。

                   

                  なんと言いますか、肉体はファミレスでコーヒーを飲んでいる自分がいるのですが、心だけが「おいてきぼり」を食らったかのようで、自分の中に戻らずに「本」の中身にとらわれてしまっていたのです。

                   

                  そして気分が悪くなり、その後に突然の眠気…。これは私の経験上、注意しなければならない状況、などということをはるかに超えて、危険な状況であると言わざるを得ません。

                   

                  低波動の「霊」といわれる存在に(例え本の内容であろうとも)感化してしまうと、肉体的に嫌悪感が生じますが、さらにそこで「低波動の霊障による眠気」が襲ってくると、これはかなり危険です。正常な顕在意識が保てないほど、霊に感化してしまっている証拠であり、顕在意識が薄れることによって霊が自分に憑依する場合があるからです。

                   

                  突然の眠気によって、わずか5分程度ではありましたが眠りに落ちたところ、自分の部屋に黒猫が1匹出てきた夢を見ました。

                   

                  ただでさえ気分が悪いのに、黒猫が出てくる静止画のような夢などは、さらに気がめいってしまうようなものですが、とにかく早く家に帰ろうと思って車を走らせました。が、はっきり言ってこの行為も危険をともないます。

                   

                  幸いにも、事故を起こすことはありませんでしたが、目覚めた直後で頭がボーっとしており、なおかつまだ低波動の霊に感化している状態で車を運転するなどという行為は、冷静な判断力に欠けていたと言わざるをえません。

                   

                  いつ事故が起きてもおかしくはない状況でしたが、しかしそんな私を救ってくださる存在がいたのです。それが熊野の神様だったのです。

                   

                  あれは本当に一瞬の出来事だったのですが、神社の前を車で通過した瞬間、体の嫌悪感や頭のボーっとした感じが一切無くなりましたからね。「…いま、何が起きたの?」と、正直驚いたぐらいでした。

                   

                  この熊野神社は道路沿いにあり、道路からほんの少し離れたところに狛犬が2体います。この2体の狛犬は、前方を通過する車を一台一台見ている、と言ってもいいような絶妙な位置に配置されています。

                   

                  もしかしたら、神の波動域が道路の走行車線にまで広がっており、そのためそこを走っただけで神社の高波動に無意識に触れたことにより、低波動の霊障が祓い落とされたのではないかと、自分なりに解釈しております。

                   

                  今でも、この熊野神社の前を車で通過するたびに、最初に目に入る狛犬に「こんにちは!」と、心の中でいつも挨拶をしています。たまに声に出しても挨拶をしています(え、挨拶?ほんとに?と思われたかもしれませんが、本当です(笑))。

                   

                  熊野様、あの時は本当にありがとうございました。そしてこれからも、この道路をいつも通らせていただきたいと思います うふ

                   


                  記事をお読みいただきありがとうございます

                  【印象的な夢4】巨大な「にしき鯉」 現る

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                    大森さんのブログ「大森和代のWATARASEまっせ‼」には、全国各地で開催された講演会の内容をはじめ、ファンへのメッセージやブログに投稿されたコメントに対してのアドバイスなどが掲載されている。

                     

                    その他にも、いろいろな場所で撮影した写真が数多くアップされており、部屋に突然現れた虹や不思議な形の月、キッチンに現れた謎の光、何かを意味するかのように海に沈む変わった形の夕日など、その写真には驚きの連続である。

                     

                    その中でも神秘的だと思ったものは、ずばり「イエスキリスト」が写っているという写真である。

                     

                    大森さんによると、滝を眺めながら森林浴をしつつ、露天風呂に1人で入っていると、目の前の滝が紫色に変化したので、もしかしたら神様のような存在が現れるのではないか…と予感をしていたら、それがイエスキリストであり、慌てて脱衣所まで携帯を取りに行って撮影をしたそうだ。その時に「早く撮りなさい」という声も聞こえたという。

                     

                    正直、信じがたい話ではあるが、その撮影した写真を見てみると、滝から水が流れ落ちる部分が確かに紫色(紫色は高貴な存在の象徴とも言われている)になっており、その中にはロングヘアーをした人物像のようなものが見え、その面影からは文献などによく描かれているイエスキリストの姿にも似ている様子をうかがうことができる。

                     

                    さらには、そのキリスト像が写っている周囲の木々や岩場にも目を配ると、その一部が顔の形のようなものが写っている箇所も見受けられる。写真に顔が写っているとなると、よもや心霊写真ではないかというイメージがあるが、しかしこの画像はそういう怖い印象ではなく、よく仏像彫刻や神仏を描いた掛け軸などで見られる、不動明王などの仏法守護神などとして描かれている顔にとてもよく似ていることにもまた驚くものがある。

                     

                    ◎「♪屋根よ〜り〜た〜か〜い〜こいの〜ぼ〜り〜」をはるかに越える

                    このような印象深い画像を見たことが影響したのだろうか、その日の夜、これまた印象に残るような迫力ある夢を見たのだった。

                     

                    それは、今まで想像もしたことが無いほどの、とてつもなく巨大な爐砲靴鯉が現れた夢だった。

                     

                    その大きさはどのぐらいだったかというと、おおよその感覚として東京ドームまでの大きさはなかったと思うが、だいたいその約半分ぐらいはあるだろうというほどのもので、堂々とたくましい姿で悠々と元気に大空を泳いでおり、私の斜め上空まで来ると大きな身をぐるっと丸めて、こちらを静かに見つめていた。

                     

                    夢の中の登場人物は、私とその家族、あとは見知らぬだれかが数人いたが、その巨大なにしき鯉を見てみんな非常に驚いている。私は手にカメラを持っていたが、なぜか「このにしき鯉を写真に撮るのは難しいことだ」ということが頭の中に浮かんでいた。

                     

                    しかし、思い切って撮影してみようと意を決し、カメラを向けてシャッターを切ったところ、そのにしき鯉を写真に収めることに成功してとても喜んでいた、という内容だった。

                     

                    にしき鯉の夢はどういった意味があるのかを夢辞典で調べてみると、幸運の象徴や立身出世、女性が見れば妊娠の可能性ありなど、全体的に吉兆を表すそうである。

                     

                    大森さんが撮影したキリストの画像を見たことが吉兆の夢につながったのだろうか。もしかしたら、偉大なる神の力が私にも恵みを与えて下さったのかもしれない。

                     

                     

                    【補足】

                    それはそれは、巨大すぎるほどのにしき鯉が夢に現れました。

                     

                    大空を悠々と、そしてたくましい姿で泳いでいたにしき鯉は、私たちが見ていることに気がついたのか、泳ぎをやめて尾を体の方に曲げるような形をとり、静かにこちらを見ていました。

                     

                    私は、驚きのあまり声も出ませんでしたが、にしき鯉は精悍なまなざし(結構イケメンでした(笑))でこちらを見ており、心で何かを伝えられたような感じも伝わってきました。

                     

                    夢の中で、「このにしき鯉を写真に収めることが難しい」と、なぜそんなふうに思ったのかはわかりませんが、実は少し不安がよぎりました。それは、撮影した直後に、このにしき鯉が消えて無くなってしまうのではないか、ということが頭に浮かんだからです。こんな大きなにしき鯉が、消えて無くなってしまうことなどは普通は考えられませんが、こういう心に潜む心理的な不安というものが、日常の中においても私がどこかで不安材料を抱えている心理状況を表しているのかもしれません。

                     

                    人生の中で、困難な壁に立ち向かうべき出来事に対して、実はどこかで不安を抱え、消極的になってしまう…。はい、正直これは、心当たりがあります。ときおり、そのようなことがあります。にしき鯉は、そんな私の見え隠れする不安な心を、しっかりと見抜いていたのかもしれません。

                     

                    そういう意味では、この夢が犁斑のサインをも表しているならば、これから先の人生の中で自分にとって大きな得(あるいは徳)となるものを手にする機会がせっかく巡ってきているというのに、「お前は不安な気持ちに負けて、挑戦せずにやめるのか?」と、にしき鯉に言われているかのように解釈できるのかもしれません。

                     

                    それでも私は不安がありましたが、意を決して手にしていたカメラで思い切って撮影をしてみると、見事にカメラに収めることができて大喜びをしていました。「やればできるんだ!」と、そんな思いがこみ上げてきたのです。

                     

                    「もっとチャレンジ精神を強く持ちなさい。必ず実現できるから」

                     

                    そんな、勇気がわき起こる心強いメッセージを、にしき鯉から伝えられたような夢でした どこも

                     


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