【不思議体験記15】占い師による前世鑑定と前世体験

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    自分は過去世において一体何者だったのか、ということは以前から興味を持っていたことである。

     

    ネットでも過去世というキーワードについて検索してみると、人によっては生まれてくる前の記憶が残っているという者もいるそうで、江戸時代では武士だったとか、フランスに生まれた時代では貴族だったなど(その根拠についてはあえてここでは問わないが)、そのような記述を目にすることがよくある。

     

    貴族と言って思い出すのは、以前にとあるショッピングセンターの2階の販売ブースの一角に、狭いながらも占い師のコーナーがあったので、興味本位で鑑定をお願いしてもらったことがある。こういう占いは実は初めての経験だったのだ。

     

    座席に座ると名前と生年月日を紙に書くように促された。どうやらこの占い師は、それだけで私の前世や運勢などがわかるらしい。

     

    その際、今でも少しゾッとする記憶があるのは、私が記入した紙をジッと見つめていた占い師が、顔をあげて私の方を見た時に、その顔がさっきとはまるで別人に近い表情をしており、目の焦点も私ではなく、私と占い師の間にあるわずかな空間を見つめながら鑑定をしていたことである(この空間に何かが見えているという感じだった)。

     

    そして言われたのが「あなたはかつて貴族として生まれていた時代があります」というものだった。この時に貴族と聞いて思い浮かんだのは諸外国の貴族だったが、実際にどこの国の貴族かまでは聞きそびれてしまった。運勢もそんなに悪いことを言われたわけでもなく、その後もいろいろ話を進めているうちに先祖供養についての話になったので、自分ではあまり理解できるものではなく、鑑定も時間制だったことから約30分で退席してきた。

     

    それから2年後ぐらいのこと。もう一度そのショッピングセンターの2階の販売ブースに行ってみると、あの時と同じ占い師がいたので再度鑑定をお願いしたところ、「あなたの過去世は貴族でした」と、全く同じことを言われたことがある。

     

    鑑定結果が2回も同じだったことには少々驚いたが、あの占い師は私のことを忘れずに覚えていたのだろうか。いやそれとも、「貴族」という、それを聞いてどことなくうれしい気分にさせられてしまうような決まり文句を、どんな人にでも伝えているのだろうか(笑)。

     

    ●高次の存在からメッセージを受ける

    その後、もっと過去世というものについて調べてみたいと思った私は、ネットで検索している時に、とあるCDショップが目にとまった。そこで販売している商品を見てみると、主にメンタル(癒し)系のものを扱っていたが、その中に前世催眠誘導というものがあった。

     

    その内容は、「ヒプノセラピー」という方法によって、自分の過去世に戻って当時の記憶を呼び覚まそうというものである。CD1枚自体の値段が少しお高いと感じたが、ここまで自分が過去世のことについて調べることになろうとは思いもしなかったので、何かの意味があるのだろうと思い、このCDを購入してみた。

     

    数日後にCDが届き、説明書に書かれている通りに実践してみたところ、自分でも想像もしていない映像(一部は断片的な画像)が頭の中に浮かんできたので、その内容を下記に記載する。

     

    ハイヤーセルフとの対面。大きな宮殿にいる。高い。
    (ここで、どこかの街並みが見えてくる。区画された四角い場所)
    広い屋敷が見える。大勢の人。若い。時の権力者。
    力を持っていたが、それを全て発揮することができなかった。
    周りの意見に流されてしまった。周りの意見を採択した。
    自分のやりたいことはいっぱいあった。まだまだたくさんあった。
    しかし、それらをやり残したままこの世を去った。病気だろうか。
    多くの者がいた。悲しんでいる。私に仕える者は皆本当によくやってくれた。
    そういう人物が多くいた。忠実に働いてくれた。

                  

    ※ここまでが映像(一部断片的な画像)として見えたものである。

     この時代が一体いつの時代なのかは正確には判明できなかったが、

     その情景や狄喚瓩粘兇犬燭發里ら判断すると、どうやら室町時代

     の頃の人生であるようだ、という見解に至っている。

     

    ハイヤーセルフからの助言は、

    大きな権力を持ったとしても、その力を全て使えるとは限らない。
    むしろ、大きな権力など持たなくてよい。
    ただ、学ぶためには、時として権力というものが必要なこともある。
    多くのことをやり残してこの世を去ったので、
    この現世では自分が考えていることをもっとやりなさい、とのこと。
    ただし、この世のルール(法律)をわきまえながら、
    その許されることを実践していきなさい。
    自らが、こう思ったことをやっていきなさい。
    ハイヤーセルフは、いつでもそばにいる。
    光の次元と心を通わせなくても、いつでもそばにいる。

     

     

    【補足】

    あの占い師は今でもあそこにいるのだろうか…と、そんな思いがふと頭をよぎる今日この頃です。まあ、例えまだいたとしても、もう鑑定をお願いすることはありませんが(笑)。

     

    自分の過去世というものには以前から興味を持っておりまして、それについて書かれた本などをよく読んでいました。さらにここ数年前からは、「退行催眠」についても知りたいと思い、魂の臨床研究においては第一人者でもあるマイケル・ニュートン氏をはじめ、国内外を問わずその分野で研究をされている方々の著作物を広く読むようになりました。

     

    そして、実は私自身にも、思いがけない「自分の過去世」にまつわる不思議な出来事があるのです。

     

    それは、ある日の早朝、寝ている時にいきなり半覚醒状態の意識になり、その時に「自分の過去世」というインスピレーションが入ってきました。

     

    その直後に、人物名が4名、それとヨーロッパの国名、そしておそらく当時の職業の役職名であろうと思われるものなどが、次々と頭におりてきたのです(この時の様子をうまく表現するのが難しいですが、半覚醒状態の私のそばに誰かがいて、これらの人物名などを私に「伝達してきた」、という言い方にも置き換えられるような感覚でした)。

     

    人物名4名のうち、実際に歴史上で実在した者が3名いることが判明し、さらにそのうちの1人については、同時にインスピレーションで入ってきた当時の役職名と思われるものと、なんとピタリと一致したのです!

     

    初めて聞く人物名と、その人物の当時の役職名が一致するという、想像を超えた何とも摩訶不思議な共通点を目の当たりにして、とても偶然では考えられない、言いかえれば猊然たる精妙な一致とでも言えるものが働いたとしか思えません。

     

    では、具体的にどんな歴史上の人物名などがインスピレーションとして入ってきたのか、その中身についてこのブログでご紹介しようと思いましたが…、今のところ、それは保留中としています。

     

    (※ただ、はじめにでも記載したように、今まで私が体験してきた不思議な

      出来事を、特にスピ系の分野に理解のあるごく一部の方を対象にして読

      んでいただくために書き上げた『不思議体験記』には掲載してあります)

     

    この自分の過去世については、現在でもその本質的な部分を自分なりに追究しているところです。今後さらにいろいろな発見などがあり、内容がまとまった状況になった時には、ブログ用として公開を検討したいと思っております  うふ

     


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    【不思議体験記14】シンクロニシティ「8」 part

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      《part,呂海舛蕁

       

      ◎Case4 8月8日に出かけた時に目撃した数字の8
      part,任盻颪い燭茲Δ法■厳遑呼は「ライオンズゲート」が開く日と言われている。

       

      ライオンズゲートとは、地球が銀河の中心と一直線になる日とされ、宇宙間での整列が起こることによって物質世界と精神世界とをつなぐポータルが開くとされている。

       

      暦の上では、ゲートは7月26日から開放されるそうで、ゲートが閉じる8月12日までの間、最もパワーが強大に作用する日が8月8日であるという。

       

      ライオンという名前がついていることからもわかるように、獅子座が新月を迎える月は、何か物事を始める上では吉月とされ、新たな扉を開いて今まで以上に自分の可能性に挑戦したり、大きなエネルギーの作用を自分の中に取り入れ、さながら獅子奮迅のごとく、情熱あふれる活動をするのにも適した期間となる。

       

      そんな中で、下記に掲載したものは去年の8月8日に起こった出来事と、それとは別の日にも同じような現象が起こったことを雑記ノートに記入していたので、それを紹介したい。

       

      H29.8.8

      (家への帰り道の国道で)すれ違った黒い車のナンバーが8008。今度は旧道を走っていると、右側に停まっていた車のナンバーが8888。そこから50mも行ったか行かないかの所で今度は左側に停まっていた車のナンバーが同じく8888。そのまま進むと対向車のナンバーが8808。さらに数分後、対向車のナンバーが888だった。この間、わずか30分ほどのことである。何だコレは…

       

      H29.10

      国道を走行中に888の車のナンバー2台、88のナンバー1台、8008のナンバー1台とすれ違った。そして目的地に着き、車を停めようとして駐車場に入ると、後ろから一緒に入ってきた車のナンバーが8008だった。家を出発してからここまでで、約1時間での出来事だった

       

      上記の Ν△箸癲△匹舛蕕蘯屬能个けた時に、すれ違った車のナンバーに8が含まれているものとかなりの確率で遭遇した、ということである。以前には、1122や1123という車のナンバーとよくすれ違っていたが、今度は数字の8に関する出来事が、自分の身近で頻繁に発生しているのである。

       

      数字のシンクロ現象には果たしてどんな意味が隠されているのだろうか。その答えをぜひ知りたいものである。

       

      ◎Case5 8月8日に現れたのは「フェニックスゲート」?
      下に掲載した写真は、すでにこちらの記事で紹介したものを再掲載したものだが、実はこの写真は今から6年前の平成24年8月8日に撮影したものである。

      002鳳凰.jpg 003鳳凰.jpg

      曇り空で少しわかりづらいが、写真中央部に翼を広げたフェニックスのような雲が

      あり、その右下部分には半円状に穴の開いたゲートのような雲が写っている。写真

      右はそれを線図で表したものである

       

      8月8日のライオンズゲートにちなんで、これに名前をつけるならば「フェニックスゲート」と呼べるものかもしれない。

       


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      【不思議体験記14】シンクロニシティ「8」 part

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        ライオンズゲートが開くと言われる8月8日を迎えたのを機に、それにちなんで私がこれまでに体験した数字の「8」(または88や888などの羅列するもの)に関する、不思議でもあり、また思い出にも残っている出来事をご紹介したい。

         

        特にここ数年間で、この8に関連するものが身近で頻繁に目撃するようになったと感じている。

         

        例えば、コンビニで買い物をして会計をする時に支払い額が888円となり、店員さんから「888は末広がりだからいいことがあるかもしれませんね!」と声をかけられたことがある。こういった数字関連の偶然性は他にもあり、たまたまその時にそうなったのだろうと思えるものや、しかし偶然にしてはこんなにも多く遭遇するものなのか?と、疑問に思ってしまうことがたびたびある。

         

        単なる数字の8というものが、日常生活においてどれほどの重要性があるのかなど今まで考えたこともないが、普通に生活をしていれば、何も8に限らずとも他の数字もいたるところに存在しているものであるため、あまり気にしないようにしている。

         

        だが、それでも少し気になった出来事については、日頃から雑記的に記入しているノートにもいくつかを記録していたため、その中から5つほどを下記に掲載したい。

         

        ◎Case1 空海展のお砂踏み八十八カ所巡り
        今から約3年前の平成27年5月、福島県郡山市にある市民文化センターにて「ふれる空海 高野山1200年至宝展」と題して企画展が開催中だったため足を運んでみた。

         

        展示会の内容は、かの有名な弘法大師が歩んだこれまでの生い立ちをはじめ、阿弥陀如来像や不動明王像、両界曼荼羅図などの総本山金剛峯寺所蔵の数々の収蔵品、そして手で直接触れることができる陶製の弘法大師像まで展示されており、まさにこれが「ふれる空海」の題名そのものとなっている。

         

        また、隣の部屋の展示室では「四国八十八カ所霊場の旅 お砂踏み一日体験!」なる名目で、体験コーナーが同時開催されていた。

         

        これは、実際に四国霊場各札所にある寺院から砂を集めてきたというもので、それぞれの寺院のご本尊が描かれている掛け軸までもが経路に沿って一列にズラッと掛けられていた。掛け軸の下(足元の通路)にはじゅうたんが敷かれており、じゅうたんの下には寺院から集めてきた砂が入った袋状のものが置いてあって、その掛け軸の前に立てば、お砂を踏みながら(お砂の上に立ちながら)ご本尊を拝むことができるという、時間のない現代人にはこれほど嬉しいことはないぐらい、簡単に四国霊場巡りが体験できる非常に画期的なアイディアのもとに生まれた企画である。

         

        私は当初、この体験コーナーは四国霊場八十八カ所の中から、せいぜい数カ所程度の寺院のお砂を持ってきて、誰でも気軽に霊場巡りが体験できる程度のものだろうと思っており、だいたい15分ぐらいで終わるだろうと予想していた。

         

        ところがそうではなく、展示会の企画担当職員およびその関係者の方たちが相当な本気度を発揮したのだろう、本当に四国霊場八十八カ所の寺院全ての各札所から砂を持ってきたもので、当然ながら掛け軸も88幅掛けられてあった(これに気がついたのは霊場巡り体験の途中だった)。

         

        すでに数十人の体験者で行列ができており、私もその列に加わって最初の十数カ所を巡り終わった後、もうそろそろ終わりだろうと思いつつも、掛け軸が次から次へと掛けられているのを見て、一体いつになったら終わるのだろうかと列の先頭付近をチラッと見てみると、なんとまだまだ先へ先へと、圧迫感を覚えるほどの掛け軸が掛けられているではないか。

         

        私「え、本当に八十八カ所あるの!? これ全部回るの? えぇ…」(心の声)

         

        霊場巡り体験という、ある意味では「プチ修行」をしながらも、心の中では泣き言を言うとはなんたる未熟者かと弘法大師に喝を入れられそうだが、たしかに途中で列から外れて退出する者が何人もいたが、ここまで来て途中で止めてしまっては本当に未熟者であったと後悔しそうだったため、全力を出してなんとか最後まで巡りきったのであった。時間にして約2時間はかかったと思われる。

         

        と、内容が長くなったが、八十八カ所という、88に関する出来事であった。

         

        ちなみに、この日の夜にたまたまみていたクイズ番組で、「星座の種類は全部でいくつあるでしょうか?」との問題があり、その答えは「88個」という、四国霊場巡り八十八カ所とシンクロが発生した。

         

        さらに、このクイズ番組の後にNHKの某歴史番組では、「高野山1200年へのいざない〜平安・空海の物語〜」と題して、なんと空海の生い立ちや今までの功績などを取り上げた内容が放送されていたのである!ここまで空海つながりがあるとは…。

         

        空海展を観に行ったその日に、四国霊場八十八カ所の体験コーナーを巡り終え、そしてその日の夜にたまたまみていたクイズ番組で星座の種類の問題が出され、その答えが88個、さらにはその後の歴史番組で空海の生い立ちなどの内容が放送されるという、なぜそのように関連する同一部類の出来事が、なにゆえにこうまでして連続して起こるのだろうか。

         

        まさにそれこそが、私の心がワクワクして止まない、非科学的作用であるがゆえに解明することができない、現実的かつ不可思議的な現象の領域なのである。

         

        ◎Case2 コンビニで買い物をした金額が888円(2回目)
        冒頭に記したように、コンビニで買い物をして支払い額が888円(もちろん会計前に商品の合計額がいくらになるのかを計算せず)になったことがあるが、これと同じことが上記の空海展の3か月後の8月に、違うコンビニでも支払い額が888円ということがあった。

         

        しかもこの日は、8月8日か、もしくはその翌週の8月15日のどちらかだったことに間違いはないのだが、証拠のために取っておいたレシートをいつの間にか捨ててしまい、残念ながら日付については確認ができなくなってしまった。

         

        もしも8月8日ならば、なぜこの日に限って888円の買い物(もちろんこの時も事前に計算を一切せずに)をしたのだろうか。その偶然性の根拠たる由縁は一体何なのか、全くもって謎のままである。

         

        ◎Case3 ボディソープの成分に8・8・8
        私は昔から乾燥肌なので、普段から保湿クリームを塗っている。そしてなるべく肌に刺激が少ないようにと、無添加せっけんのボディソープをよく使っているが、ドラッグストアにあるボディソープの陳列棚を見ると、果たしてどれを選んでいいのかわからないほど多種多様なものが並んでいる。

         

        たまにはいつもと違うものを使ってみるかと、ボディソープを買いにドラッグストアに行き、さて今回はどれにするかといろいろと手にとって見ていたが、成分の説明書きをじっくり読むことも大事なことだが、実際には「使ってみないとわからない」と言った方が正直な感想でもある。選ぶのを迷うほどの種類から、成分を一つずつ確認するのも時間がかかるため、とりあえずは「これはいい感じだな」と思えるものを手にとって購入したのだった。

         

        購入後に数回使用した後、そう言えばこのボディソープにはどんな成分が入っているのかをあまり詳しく見ていなかったので、容器の裏に書いてある成分の説明書きを読んでみると、8つのミルキー成分に8つのハニー成分、さらに8つのフリー(無添加)処方と記載があるではないか。

         

        私「何これ、こんなに8つのものがあるの?ここでも8・8・8が…」

         

        一度起こり始めた共時性の連鎖というものは、どうやらそう簡単には止まりそうにないようである。

         

        《次回part△愨海》

         


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        またまた現れた雲龍さん

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          先日、こちらの記事でご紹介しましたように、お気に入りの公園を散歩中、上空に巨大な雲龍が現れたことを書きました。

           

          このことがきっかけとなったのか、それ以後、いろいろな場所で「龍のように見える雲」を目撃するようになりました。

           

          今回ご紹介する写真も以前に撮影したものですが、その日も何気なく庭に出て自宅の上空を見てみると、大きなまとまった雲がありまして、なめらかな流線型を成していました。

           

          そしてその時に、「あの雲、なんかどんどん形が変わっていくなぁ」と気がつきまして、そのまま数分間ながめていたら、何らかの物体の犂薛を思わせるかのような形に仕上がっていくではありませんか。

           

          「おぉ、これは!」と思ってすぐさま部屋に戻ってデジカメを取り、撮影したものが下の写真です↓

          DSCF0318-1.jpg

           

          なかなかの迫力があります びっくり

          (ちょっと見方を変えると犬…にも見えなくもない感じですが、まあ、とりあえずここでは雲龍さんとしておきます(笑))

           

          雲って、私たちが気がつかないわずかな時間で、刻々といろいろなものに姿を変えますが、それってまさに千変万化ですよね。見る人の心を引き付け、そして「想像性」豊かにその姿を「創造」することができます  雲

           

          雲龍さん、またどこかでお会いしましょう Docomo88

           


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          宇宙は本当のあなたを知っている

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            徳川家康  「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」

             

            豊臣秀吉  「鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス」

             

            織田信長  「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」

             

            企    業  「鳴けぬなら 鳴く人探そう ホトトギス」

             

            医      師  「鳴けぬなら お薬出します ホトトギス」

             

            演 出  家    「鳴けぬなら 歌って踊ろう ホトトギス」

             

            技 術  者    「鳴けぬなら CG使うよ ホトトギス」

             

            宇宙の真理 「ホトトギス ああホトトギス ホトトギス」
             

            DSC00759.jpg

             


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            【不思議体験記13】雲龍 現る

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            これは今から7年前のお正月、夕暮れ時の公園を散歩中に起こった出来事である。

             

            この公園には広い芝生があり、私はそこの上を「ありがとう」と「よかった」という言葉を、夕暮れ時の空に向かってつぶやきながら歩いていた(お正月の夕暮れ時とあって、周囲には他にだれもいなかったが、しかし芝生の上を歩きながらこんなことを言っている者など普通はだれもいないが(笑))。

             

            かなり暗くなってきたのでそろそろ帰ろうと思い、駐車場へ向かおうと歩き始めたその時だった。

             

            上空にはさっきまで筋状の雲だったものがいつの間にか形を変え、なんと大きな龍の顔になっているではないか!

             

            その龍の両目の部分のところには、偶然にもキラキラと輝く星ものぞきこむことができ、まるで私を見つめているようだった。これにはさすがに私も「…え⁉りゅ、りゅうだー!」と声を出して驚き、後ずさりしてしまったほどだった。

             

            とっさに、ポケットに入れていた携帯電話を取り出し、この雲龍を携帯のカメラで撮影しようと思いついたのだが、その瞬間、頭の中に「それでは撮影できない」という言葉がインスピレーションで入ってきた。

             

            この時なぜか私は「なるほど、そうか」と、先ほどの驚きがどこにいったのかというほど冷静になっており、そのインスピレーションを受け入れることができた。

             

            その時に瞬時に判断できたことは、私が持っている携帯電話のカメラは型が古く、いわゆる「ガラケー」タイプなので高機能ではないこと。そして周囲はかなり暗くなってきていることもあり、フラッシュ機能も無く解像度も低い、などの点から、カメラが被写体を認識することができないことが理由なのだ、と瞬時に理解することができていた。

             

            さらに、その龍から続けてインスピレーションが届いた。

             

            それは「お前はいま、何を望むか?」というものだった。その質問に対し、私は「この世界に名前を残せるような、この地球を救うような立派な人間になりたい」と心の中で返事をした。

            (しかし今思い返してみても、あの状況下で「よくそんなことが言えたな〜」と、自分の大胆な発言に思わず恥ずかしくなってしまうが、ある意味ではその発言に感心しつつも、そんなことを言って本当に良かったのか悪かったのかわからない思いもこみあげてくる)

             

            しばらくすると、その雲龍は自然に消えていったが、その大胆な発言に、雲龍もどこか驚いた様子だったのかもしれない(笑)。

             

             

            【補足】

            当ブログの「PhotoGallery」のカテゴリーの中で、これまでにいくつかの「龍のように見える雲」として写真を掲載してきましたが、それらをはるかに凌駕するほどの、大迫力で威厳をも感じさせる、まさに伝説上の龍の顔が大きな雲となって上空に現れた、という出来事でした。

             

            この雲龍が現れた公園は、家からも近くてよく散歩に出かける場所で、とても広い芝生があります。遊歩道も整備されて歩きやすく、公園の周囲には田んぼがあり、これがまたのどかな風情を感じさせ、とてもリラックスできるので気に入っています。

             

            そんなお気に入りの公園へ、お正月中ではありましたが、いつものように散歩に出かけました。

             

            夕暮れ時の空を見上げながら広い芝生の上を歩いていると、心の中から自然に「ありがとう」という言葉がわき起こり、それに続いて私が日頃から自分に対して安心感や自信が持てるよう、自己暗示的なものとして唱えている「良かった」という言葉も併せて出てきたため、これらの言葉を空に向かって交互につぶやいていました。

             

            その後、かなり暗くなってきたので帰ろうかと思い、駐車場へ向かおうとして振り向いたその時です。

             

            私「…え⁉りゅ、りゅうだー!」

             

            少し前までは特に変わった様子は何も無かった上空の筋状の雲が、いつの間にか形を変え、まさに猯兇隆薛そのものとなって浮かんでいたのです!

             

            さらに驚いたことは、龍の両目の部分にあたるところにちょうどキラキラと輝く星があり、まさに「目」そのものでした。

             

            とっさにポケットから携帯電話を取り出し、撮影を試みようとしましたが、その瞬間に「それでは撮影できない」というインスピレーションが入ってきました。私の携帯電話のカメラでは性能が低いうえに、周囲が暗くて撮影には適さないことを、雲龍が一瞬にして教えてくれたのです。

             

            この一瞬にして訪れる「ひらめき」について、身近なものに例えて言うならば、まるで「電子メール」のようなものに近いなぁ、と私は思っています。

             

            メールは端末を通じて届きますが、それを開いてみると、簡単な短文の場合もあれば、何百字以上にも及んで詳しく書かれたもの、そして写真や文書などが添付してあったりと、状況に応じて様々ですが、送信者が伝えたいことがまとまっています。

             

            それらは、当然ながら「端末が受信するまで」は、どんな内容のものが送られてきたのかはわかりませんが、開いてみればすぐに内容を確認することができます。インスピレーションにおいても、いつ、いかなる時に、インスピレーションが届くかは全くわかりませんが、「届いた瞬間」に、相手が私に何を伝えたいのかが、一瞬にしてわかります。

             

            私が雲龍からインスピレーションを受けた「それでは撮影できない」というものの中には、同時に、かつ一瞬にして、なぜ撮影できないのかという理由についても含まれていました。

             

            そのため、「撮影できないって言われてもさ、じゃあ何で撮影できないの?」などという、人間の脳の特性である犁震笋鮹里蠅燭ぁεえを見つけたいという考えが頭の中に浮かぶことは一切ありませんでした。とても冷静に、内容が理解できる形でインスピレーションを受け入れることができたのです。

             

            そして、次に雲龍からは、「お前はいま、何を望むか?」と問われました(心の中にこの言葉が入ってきました)。

             

            それに対する私の答えは、「この世界に名前を残せるような…」と、ええと、あの〜、これについては思い返すだけで非常に恥ずかしくなってくるのでこれ以上は書きませんが(笑)、今までこのようなことは一度も言ったことなどないのに、なぜかこの時は自然と口から出てきたのです。

             

            実は私自身、あまり目立つことは好きではない狠脇擦吠事をこなすタイプであり、心臓に毛など生えていないはずなのになぜあのような大胆な発言を…。ある意味で、度胸があると言えるのか何なのか、広い芝生の上で一人で空に向かってこんなことを言い放った自分が心底おそるべし、と思っている今日この頃です 汗

             

            それを聞いた雲龍は、きっとあっけにとられたことでしょう。それ以上は何も語ることはなく、「おいおい、ちょっと、それ本気で言ってるの?」と言ったか言わないかは定かではありませんが、ゆっくりと消え去ったのでした。

             

            この大胆な言葉が、これからの私の人生の中で、果たしてどのように展開されていくのか…ということは当然ながら全くわかりませんが、おそらくは何の影響も無いことでしょう。なぜなら、このことについて現在では何も期待感を持っておらず、ほとんど興味すらわかないからです。

             

            そんなわけで、これからも地道に、なおかつひっそりと、このブログにおいて私の不思議な体験談をご紹介していきたいと思いますので、ご興味のある方はまたぜひお越しくださいませ ちゅん

             


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            豪雨被害、そして癒しの想いへ

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              平成30年7月豪雨と名がつけられたこのたびの西日本での災害。連日のように、その被害状況がテレビで流されています。

               

              私も7年前の東日本大震災を経験した1人として、改めて災害の怖さを実感した次第です。

               

              その被害に遭われた多くの方を助けようと、全国各地から集まったボランティアの方々が、この厳しい暑さの中で毎日復旧作業のお手伝いをされている姿を見て、頭が下がる思いです。

               

              そんな折、Tポイントカードから手軽に災害募金ができることを知り、少しでもお役に立てればと、わずかではありますが寄付させていただきました。

               

              ささやかな1人の人間の想いではありますが、同じ想いを抱く者たちと大きな輪をつくり、それが広がって被災者の方々へ届くことを願っております。

               

               

              さて、今日はきれいな夕焼け雲が出ていました。

              DSC00831-1.jpg

               

               

              月も出ていました。

              DSC00836.jpg

               

              困難と試練に立ち向かわれている方々へ、月の明かりのように、心をやさしく癒してくれる光が注がれますように。

               


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              青空の中、まさかのあれがウォーキングしてたんですよ

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                公園を散歩中、雲の上からまぶしいほどの日差しが見えたのでパシャリ。

                 

                その時は何も気にすることなく撮影しましたが、家に帰ってからそれをパソコンで見た時に、「えぇ⁉」と驚くものが写っていました。

                 

                それが下の写真です↓

                DSCF1962_NEW.jpg

                 

                一体何が写っていたのか、おわかりいただけるでしょうか。

                 

                ヒントは、左上の部分です。そこをよ〜くご覧ください。

                 

                 

                 

                 

                勘の鋭い皆さんなら、もうおわかりになられたことでしょう。

                 

                その部分を拡大したものがこれです↓

                DSCF1962_NEW1.jpg

                「…これってまさか、タツノオトシゴ⁉ 似てる、めっちゃ似てる(笑)」

                 

                しかもこれ、まるで空中をウォーキングしているようにも見えます。

                 

                もしかして、運動不足なんですか?

                 

                まあ、おもしろくてカワイイ写真が撮れたので良かったです テゴシマーク

                 


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                【不思議体験記12】霊と力比べをする

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                  今から約8年前のことだが、福島にある美術館で古代エジプトのミイラ展が開催されていたので観に行ってきた。

                   

                  私は普段、これといってあまり展示会などには足を運ぶことは少ないのだが、しかしこのミイラ展に関しては、展示案内のパンフレットを見た時に「行ってみたい!」となぜかそう思ったことがきっかけで、出かけることにした。

                   

                  実際にミイラを見たのはこの時が初めてで、本物を間近で見ることができた感動、そしてその迫力にも圧倒され、とても印象に残る展示会に満足して美術館を後にした。

                   

                  それから3日後のことである。全く予想もしていないような不思議な出来事が、私の身に起こったのである。それは、真夜中に突然訪れた。

                   

                  私はすでに眠っていたが、ふと気がつくと部屋の障子戸が閉まっているにもかかわらず、そこをスッとすり抜けるかのように何者かが部屋に入ってくるのがわかった。

                   

                  なぜあの時に、それまでぐっすりと眠っていた自分が、障子戸をすり抜けるかのように「何者」かが侵入してきたことに気がついたのかは理解できないのだが、家族のだれかが部屋に入ってきたという気配ではなく、これは何らかの霊的な存在であるということを察知した。

                   

                  部屋は電気が消えていたため、だれが入ってきたのかまでは暗くてよく見えなかったが、どうやらその者(霊)は私の足元にいてこちらの様子をうかがっているようだった。

                   

                  暗い部屋で、お互いが沈黙の対峙をする最中、なんとその霊はいきなり私の布団を引っ張り出し、少しずつずらし始めたのだった。

                   

                  私も引っ張られては困るので抵抗し、お互いがまるで布団を綱引き代わりにするようにして引き合い、拮抗状態になった。

                   

                  するとその霊は引っ張るのをやめ、私の耳元まで来て「うごかね、うごかね、うごかね」と3回言い、音も無くそのまま消え去った。

                   

                  当初は、エジプトのミイラ展を観に行った影響があるのかもしれないと思ったが、しかし出てきた霊は日本人で、かつ東北特有のなまりがあり、年老いたおじいちゃんのような声だった。

                   

                  この時は金縛りにはならなかった。

                   

                  自分は「手」ではなく、あるもので布団を引っ張っていたことが判明!

                  これについて後から思い返してみた時に、非常に不可解な点があることに気がついた(もっとも、夜中に霊が現れて、お互いに綱引きならぬ布団を引き合い、耳元で言葉をささやかれた、ということ自体が不可解なことではあるが…)。

                   

                  それは、お互いに布団を引っ張り合っていた時のことである。考えてみると私はその直前まで寝ていたわけであり、全くの無防備な状態だった。その寝ている状態で霊が現れ、いきなり布団を引っ張り出したため、私は狄欧討い時と同じ状態のまま抵抗したわけである。

                   

                  すなわち、急に布団を引っ張り出した霊に対して、私は全く動くことなく、ましてや布団をつかむこともなく、なんと自らの「意思」だけで、布団を引っ張り返していたのである!

                   

                  それなのに、相手が引っ張るその力にも負けないほどの力が出せていた、ということが不思議でならないことである。

                   

                  霊と対峙する時には、自らの意思というものが通用することを体験できた時だった。
                   

                   

                  【補足】

                  夜中、私の部屋に「霊」といわれる存在が侵入してきて、急に布団を引っ張り出したかと思ったら「うごかね」と3回言い放ってそのまま消え去ったという、一体何の意味があってそんなイタズラのようなことをしたのか、今でもさっぱりわからない奇妙な出来事を体験しました。

                   

                  私の耳元で霊が言った「うごかね」という言葉は、標準語で言うところの「動かない」という意味です。物を動かそうとしたけれど、それが全然動かない場合などに使います。

                   

                  この現象が起こったきっかけは何だろうかと考えた時に、真っ先に思い浮かぶのは、やはりエジプトのミイラ展を観に行ったことが影響したのではないか、ということです。

                   

                  美術館で迫力ある生のミイラを間近で見たことにより、目には見えない霊的エネルギーの様なものに自分が感化されてしまい、それによって3日後の夜に奇妙な出来事が起こった(あるいは誘発された)のかもしれないと思われますが…

                   

                  しかし、このエジプトのミイラと、明らかに東北なまりのある、しかもその声の質からして「おじいちゃん」と推測できるような年齢層の人物との間には、特に際立った有因性はどこにも見当たらず、ミイラ展から3日後という近々の間で偶発的に起こった出来事なのだろうと、断定はできませんが、どちらかといえば現時点では後者の見方を強めています。

                   

                  何よりも謎なことは、突如現れたおじいちゃん霊は、「なぜ私の布団を引っ張ったの?」ということです。

                   

                  実際に、おじいちゃん霊に布団を引っ張られましたので、わずかではありますが布団が動きました。そのため、もしもこのまま引っ張られようものなら、場合によっては布団を丸々取られてしまい、霊障のような災いが降りかかるのではないかと、一瞬恐怖心がよぎりました。

                   

                  その恐怖心で、体を動かしたり起き上がるということができなかったため、心の中で「おじいちゃん霊が引っ張る方向とは逆方向に働く力」の念いを強くイメージしました。

                   

                  具体的に言うと、手で布団をグッとつかんでいるように心の中でイメージをし、そのまま布団を自分の方へと引き寄せるような感じです。これを、たった一瞬で終わらせるのではなく、そのイメージを保ったまま持続させました。

                   

                  すると、布団の動きがピタリと止まったのです。言い方を変えると、まさに綱引きでお互いの力が拮抗状態にある時に、綱がピンと一直線になったまま動いていない、あの状態になったのです。

                   

                  その間、約30秒ほどだったでしょうか、短いようで意外に長かったと感じました。

                   

                  そうしていると、布団を引っ張る感触がフッと抜け、急に私の耳元で「うごかね、うごかね、うごかね」と聞こえたかと思うと、そこから一切の気配が無くなりました。

                   

                  おじいちゃん霊が、私の足元から耳元へ移動した時や、3回言葉を発した直後に消え去った時も含めて、歩く音や何かに触れた音、部屋を出ていく音なども全くしませんでした。忽然と、その場から消えたのです。このことからも、家族のだれかが部屋に立ち入ったのではなく、やはり霊と言われる存在の仕業であったと言えます。

                   

                  そして、心の中で思い描くイメージというものが、使い方(念じ方)次第によっては、今回のケースのように目には見えない作用が働くことを実体験した出来事でした。

                   


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                  そのイノチのある限り

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                    いま こうしている間にも 授かるイノチがある

                     

                    いま こうしている間にも 落とすイノチがある

                     

                    この地球上で あらゆる生ある存在が 自分の魂生を描いている

                     

                    イノチを託し 託されて ぼくたちは毎日全力で生きている

                     

                    苦しくても つらくても 涙がこぼれても それでいいじゃない

                     

                    託されたイノチの主人公は 他ならぬ ぼくたちなのだ

                     

                    自分を許し 認め そして責めないこと

                     

                    流した涙のかがやきは 必ず イノチの糧になるのだから

                     

                    DSCF0825-111.jpg

                     


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