「鳳凰と天界の門」とでも名付けましょうか

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    前方の空をふと見たら、長方形のような形をした妙な雲が目に入りました。

     

    さらによく見ると、その雲の真ん中あたりに半円形の穴が開いていたんです。

     

    「何だあれ〜、変わった形の雲だな、まるで門みたいだなぁ」と思いながら撮影したものが下の写真です。

     

    その後、改めて撮影した写真を見てビックリしました。

     

    なんと、その門のような雲の上部には、大きく翼を広げた鳳凰のようなものが写っているではありませんか!

     

    曇り空ということもあり、鳳凰の部分がちょっとハッキリしないので、わかりやすいように輪郭を線図で表したものが右側の写真です。

    002鳳凰.jpg 003鳳凰.jpg

    写真の中央やや右下に、半円形の穴が開いた横長の門のような雲が写っており、その上部には

    翼を広げた鳳凰に似ているような雲がある。写真は一部加工済み

     

    鳳凰と天界の門というふうにも、まあ見えなくもない、といった感じでどこも

     


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    夢に出てきた「死者の書」 part

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      《part,呂海舛蕁

       

      前回は、エジプトとチベットの両方の死者の書について、内容を書いてみました。

       

      さて今回は、私の夢の中に出てきた死者の書とはどのようなものだったのかと、私自身に関するエジプトとチベットの関連性について書いてみたいと思います。

       

      まず、夢の内容についてですが、最初に出てきた場面は周囲が薄暗い部屋の中でした。

       

      この部屋には、はっきりとは識別できませんでしたが、どうやら私のほかに3〜4人いるようで、みな静かに、何も話さずにその場所に立っていました。

       

      ふと前を見ると、全体的に赤黒い表装が施された一冊の分厚い本が、目の前に置かれていたのです。

       

      その表紙には、日本語で「死者の書」と書かれていましたが、実際の本には日本語で書かれていたのではなく、私では理解できない、どこの国のものなのかわからない言葉で書かれていたものを、私の心が瞬時に訳し、死者の書という言葉を表紙に浮き上がらせていたのです。

       

      私「死者の書…?なんだろうこの本は。中を見てもいいのかな…」

       

      この夢を見た当時の私は、この世に死者の書というものがあることすら全く知りませんでしたし、この言葉だけをとって見れば、何とも怖くて不吉なイメージしか沸きませんが、しかしそういった嫌悪感や拒否的なイメージはここではほとんど伝わってきませんでした。

       

      わざわざ物差しで測らずとも見た目だけで10cm以上はあるだろうというほどの分厚い本に触れ、おおよそ本の半ばあたりに指をかけた私は、果してこの中身を見てもいいのだろうかという躊躇する気持ちがある一方で、一体何が書かれているのかを早く知りたいという気持ちも併せ持っていたため、思い切って本をめくってみました。

       

      私「…うわ、字がびっしり書かれている。この文字、全く読めない」

       

      この文字は一体何語なのだろうかということすらも理解できなかった私は、それと同時に、今の自分には知る必要が無いものだということも感じ、しばらく中身を眺めてから、開いたページをそっと閉じました。

       

      ここで私は目が覚めました。

       

      この本をパッと見てもう一つ思ったことは、どうやら教義的・教導的」とも言えるような内容が書かれているもののようだ、という感覚を心が感じ取っていたことです。

       

      文字は読めませんでしたが、心ではしっかりと何かをくみ取っていたようです。

       

      また、エジプトとチベットとの私の関連性ですが、以前に著名な女性チャネラーの方のセッションに参加したことがあり、そこで言われたことは、どうやら私は過去世において、エジプトとチベットに生まれていた時代があるとのことです!

       

      さらにその時に、それぞれの時代で、あなたはこういう人だった、ということまで告げられたことがあるのです。

      ※このチャネリングの様子については、いずれご紹介したいと思います

       

      夢に出てきた死者の書と、エジプト・チベット両方との過去世の関係性…

       

      永遠なる魂が織りなす、不思議な運命の絆を感じることができました。

       


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      相手の心には自分の姿が映っている

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        相手の心は自分を映す鏡であるとすれば

         

        自分の都合のよいように

         

        相手に「こうなってほしい」とか

         

        「こう変わってほしい」 というような

         

        相手を変えたい気持ちが心に在るときは

         

        自分では全く気がつかないうちに

         

        あなた自身も

         

        誰かに

         

        「もうちょっとこう変わってほしい」と

         

        思われているかもしれない

         

        あなたは「心の鏡」に何を映すだろうか
         

        DSCF22511.jpg

         


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        【不思議体験記6】なぜかきまって涙が出そうになる

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          小学生から中学生ぐらいにかけて、夜空に浮かぶ星空を見上げるだけで、いつも体全体がジーンとし、なぜか涙が出そうになっていた。

           

          言葉では言い表せないような懐かしい感覚があり、いつも泣きそうになる寸前まで空を見上げていた記憶がある。

           

          高校生になるころには、この現象はほとんど無くなったが、一体なぜこうなっていたかは今でも理由はわからず、謎めいた現象の一つだった。

           

           

          【補足】

          今思い返してみても、これも説明がつかない現象の一つでした。

           

          もともと星空を眺めることは好きな方でしたが、闇夜という静寂の中に包まれた、輝く無数の星々その一つ一つが、まるで私を見つめているかのような錯覚さえ覚え、いつも胸のあたりにジーンとくるものがありました。

           

          泣きそうになる寸前まで星空を見上げていましたが、もしもそのまま見続けていたら、きっと私は涙が止まらないほど号泣していたかもしれませんき

           

          現在ではここまでジーンとすることは無くなりましたが、今でも相変わらず星空を見上げることはとても好きです。

           

          もしかしたら、

           

          かつて私は遠い昔に、

           

          どこかの地で、

           

          星々に祈りを捧げていた時代があったような・・・

           

          そんなふうに、ふと思いが馳せました。

           


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          夢に出てきた「死者の書」 part

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            私は数年前から、日記帳と呼べるほどのものではありませんが、何か気になったことを雑記ノートに書き連ねています。

             

            当ブログの はじめに でも書きましたように、私がこれまでに体験してきた不思議な出来事を書き綴った『不思議体験記』をまとめ上げた際にも、この雑記ノートを参考にして、その当時の出来事をなるべく詳しく思い起こしながら体験記を書き上げました。

             

            しかしその中で、記事を書く際になかなか構想が浮かんでこない出来事や、それとは逆に「これはおもしろそうな内容になるな」と、頭の中でイメージをしていたにもかかわらず、なぜかその後に完全に忘れ去ってしまい、ふとしたきっかけをもって突然に思い出したものなどがあります。

             

            先日も、今から5年以上前に書いた雑記ノートをパラパラめくっていると、そこには「昨日見た夢は、死者の書と題された本だった」ということが書かれていたんです。

             

            私「死者の書…?え、こんなこと書いたっけ…?」

             

            と、ノートに記入していたことを完全に忘れていたわけです(ええ、こんなことはいつものことです ちゅん)。

             

            死者の書とは、古代エジプトにまつわるものと、もう一つはチベットのものと二つが知られています。

             

            まず、エジプトの死者の書とは、死者を葬る時に、死後の平安や復活を願ってヒエログリフ(聖刻文字)で書かれ、単色または多色の色彩を施した挿絵を添えて死者とともに副葬された巻物(パピルス)のことを言います。

             

            エジプト文明が最も栄えたと言われる紀元前16世紀以降の新王国時代に経文に書かれたもので、エジプト人は死後に、死者を導くアヌビス神によって生前の行いについて数十か条にも及ぶ審問を受けねばならず、その後に初めて復活の神オシリスによって次なる命を約束され、来世の幸福を手に入れるとされています。

             

            一方、チベットの死者の書とは、8世紀の終わりごろにチベットに密教をもたらしたパドマサンバヴァという人物が著したもので、その経典を地中などに隠し、将来的にテルトン(埋蔵経典発掘者)によって適切に発掘されることで再び世に出るとされた埋蔵経法(テルマ=隠された宝)に属する、チベット仏教ニンマ派の経典のことを

            言います。

             

            「バルド(バルドゥ)」という、独特の死後の世界観(精神世界の観点において、中間世と呼ばれる一つの世界観。魂が人間として転生する際に人生計画をする場所とも言われている)が存在し、チベットの死生観においては次に生まれ変わるまでに最長で49日間あるとされています。

             

            そのため、死者の魂が誤って迷いの世界に生まれ変わらぬよう、そして解脱できるように死に臨む人の耳元で、49日間にわたって僧が経典を読むのです。

             

            同じ死者の書とはいえ、それぞれには時代背景にともなった深い意味が存在していることを改めて知ることができました。

             

            これでも説明文は要約していますが、結構長くなってしまいましたので、夢で見た死者の書の中身と、その後に判明したエジプトとチベットについての私自身の関係性について、次回の part△膿┐譴討澆燭い隼廚い泙后

             


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            世界各地で観測された皆既月食

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              1月31日は、もう皆さんもご存じ、長いネーミングで日本中をわかせた「スーパー・ブルー・ブラッドムーン」でしたね!

               

              特に説明はいたしませんが、さすが宇宙のなせる業、と言えますね。

               

              とりあえずは、手持ちのデジカメで撮影してみました。

               

              DSC00430.JPG

              皆既月食が始まる前の月です。夜景の月を三脚も使わず、デジカメのズームを

              目いっぱいにして撮ったところ、意外にもこんなにきれいに写りました。

               

               

              そして、注目の皆既月食がこちら↓

              DSC00432.JPG

              ブレっブレ(笑)。ちょっと何コレ、さっきと全然違う。躍るように揺れ動く月。

              デジカメが、少しでもピントを合わせようと努力する気配が全く感じられません 泣

              でもまあ、なんとかブラッドムーンは見えるかな、といったところです。

               

               

              DSC00436.JPG

              少しずつ、月がもとの姿を見せ始めました。宇宙の神秘よ、どうもありがとう!

               


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              久しぶりのエンジェルチューナー

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                そういえば、あれがあったんだ・・・と思い出したものに、数年前に買った「エンジェルチューナー」があります(最近全然使っていませんでした あ)。

                 

                エンジェルチューナーとは何かをひも解いてみると、まず初めにドイツの物理学者ヴィンフリート・オットー・シューマンによって提唱された、地球の振動数7.83Hz(約8Hz)に基づくシューマン共鳴により、上方倍音列と言われる第9倍音によって4096Hz以上(2の9乗に8をかける)の高周波振動を発生させ、チャクラの活性化をはじめ心身の不要なエネルギーや空間の浄化などに使う、音叉ヒーリングアイテムです。

                 

                音叉同士を互いに打ち鳴らすことにより、発生した基音となるトーンは共鳴しながら第2のトーンをつくりだし、またそこから第3のトーンをつくりだしていき、連鎖的に上昇していきます。

                 

                こうした上昇していくトーンが、旧約聖書に登場するヤコブが夢で見た、天まで届くはしごを天使たちが上り下りをしていたと言われる爛筌灰屬里呂靴喚狹傾颪悗粒段瓩箸い辰燭發里卜磴┐蕕譴討い泙后

                 

                さらには、昔から合唱などで、本来なら耳で聞こえるはずのない高音が、なぜかしばしば聞かれる現象が報告されており、それがまるで「天使の声」などと表現された経緯もあることから、こういったエンジェルたちを象徴するかのような美しい高音を響かせるチューナーというイメージへとつながり、その名がついたのかもしれません。

                 

                それぞれの高周波が互いに共鳴しあい、見事な奏でを調べるエンジェルチューナーを久しぶりに鳴らしてみました。

                無題.jpg

                私が購入した3本セット。左から4096Hz、4160Hz、4225Hzのチューナー。

                これらを互いに軽く打ち合うと、高周波の共鳴音が響き渡ります。

                 

                 

                002.jpg

                この前購入したマカバオルゴナイトも、浄化の響きでさらにパワーアップしてくれればいいなと思います。

                 


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                魂の鼓動のままに

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                  本当はもう 知っているのだろう?

                   

                    自分の本当の心の叫びを

                   

                  本当はもう 十分に納得がいくまで 表現してみたいのだろう?

                   

                    自分の真の姿を

                   

                  そして心ゆくまで 生きてみたいのだろう?

                   

                    魂の鼓動のままに

                   

                  ならば君は もはや自分の気持ちをおしとどめる必要は 

                   

                  もうどこにもないだろう

                   

                  自分の中に潜む その弱き心の闇を捨て

                   

                  今やっと 歩み出すときがやってきたのだ

                   

                  DSCF2191.JPG

                   

                    


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                  またお出まし雲龍さんかな

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                    天気のいい日にまた現れた雲龍さん。

                    DSCF0067.JPG

                    どこかにお出かけかな Docomo_kao17

                     


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                    【不思議体験記5】人の心の状態をニオイとして感じる

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                      主に中学生のころによくあったことだが、相手を見ていたり話をしている時や、突然その人のことが頭に思い浮かんだりした時などに、その人の「ニオイ」を感じることがあった。

                       

                      ただ、ニオイと言っても「体臭」の方ではなく、爐修凌佑凌瓦両態ともいうべきニオイである。

                       

                      例えば、素直で明るい人と接すると、やさしくやわらかい波動のようなもの(この場合は特にニオイが無い場合があった)が伝わってくるのだが、イライラしていたり怒っていたりする人と会った時は、非常にきついニオイ(表現が難しいが、何かが腐ったようなニオイに近いものだが、一体何が腐ったものなのかは特定することができない)が自分の心に伝わってきた。

                       

                      一時期は、そういったマイナス的な感情を抱いている人の近くにいるだけでも嫌気がさすほどだったことがある。

                       

                      ただ、このことが果たして本当に心の状態を判別できたのかは未解明なことではあるが、自分なりにいつも不思議な感覚だなと思いつつ日常生活を送っていた。

                       

                      現在ではここまで敏感ではなくなったが、ときどき感じることがある。

                       

                       

                      【補足】

                      みなさんは「共感覚」という言葉をご存知ですか?

                       

                      共感覚とは、ある一つの物事や刺激に対して、視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚という五感が何らかの理由でつながって感じられ、通常の感覚とは別にさらに異なる種類の感覚をも生じさせる、特殊な知覚現象のことを言います。

                       

                      例えば、アルファベットのAを見た時に、通常ならば黒い字で書かれたAが、共感覚を持つ人には赤い色がついているように見えたり、音という聴覚で認識するものに、なぜか味覚を感じるなど、いくつかの種類があります。

                       

                      私自身、共感覚という言葉があることを知ったのはごく最近のことであり、文字に色がついて見える人を紹介していたテレビ番組を観て、始めてこのことを知りました。

                       

                      私「へぇ〜、世の中にはこういう特殊な能力を持っている人がいるんだな〜」

                       

                      と思いつつテレビを観ていると、色がついて見えるばかりではなく、「ニオイ」を感じることも共感覚の中の一つであるということを知り、

                       

                      私「何だって・・・⁉ニオイもそうなの?あ、じゃあ、自分にもある!」

                       

                      となったわけです(笑)。

                       

                      ※「ニオイ」と表記している理由は、

                      匂い→いいにおい、いい香りなどの時もあれば、

                      臭い→嫌なにおいなどの意味のどちらの場合でも感じることがあり、またある時には何とも表現のしようがない、特定するのが難しい場合もあるため、ここではあえてニオイとカタカナ表記にしています。

                       

                      このニオイの感覚は、思い起こせば中学生のころから日常生活の中で頻繁に起こっていた現象であり、自分の意志とは関係なく、自動的に「発動」します。

                       

                      しかし、この能力が毎日自動的に発動してしまうと大変不便さを感じたため、あれから自分なりに能力を衰えさせようと意識しながら生活を続けてきたせいか、現在ではたまにこの能力が発動する程度に抑えられています。

                       

                      対象物となる存在(人や物、写真に写っている場所など)が、今ここにいる自分とどんなに距離が離れていようとも、全く関係ありません。

                       

                      ただし、全てのものからニオイを感じるということはあり得ませんし、どういった作用が働いてそのように発動するのかも不明なままですが、私がその対象物を、主に犹覲佚または狄┳佚に接したものの中から、まるで私自身の奥に秘められた感知能力が何かを察知したかのように、突然にして、ニオイを発動させるのです。

                       

                      でも、こういった能力が昔からあるとはいえ、これを一体どのように使いこなせばいいんだろうか・・・。いまだによくわかりません Docomo_kao8

                       

                      このニオイの共感覚については、これとは別の体験談がいくつかあるので、いずれご紹介していきたいと思います。

                       


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