散歩中にちょっと発見

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    久しぶりに、それとなく顔が龍に見えるかな〜という龍雲さんを見つけました (⌒▽⌒)ノ

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    【不思議体験記26】行方不明事件で浮かび上がった数字の謎

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      ※今回の記事は、平成28年に北海道で起こった男児の行方不明事件についての

       不思議な体験記です。

       

      ◎不可解な行方不明事件が発生
      平成28年5月、北海道七飯町の林道で小学2年生の男児が行方不明となる事件が発生し、連日のようにテレビで報道されていた。


      男児の父親によると、しつけの一環として車で林道に置き去りにした後、5分ほど経ってから戻ってみると、もうそこには男児の姿は見当たらなかったという。

       

      このわずかな時間で起こった奇妙な行方不明事件は、世間を騒がす大ニュースとなり、警察や消防、そして自衛隊らが100人以上の態勢で捜索にあたっていたが、結果的には現場から約4km離れた陸上自衛隊駒ヶ岳演習場内にある自衛隊宿舎で無事保護された。


      男児を診察した医師によると、わずかな低栄養状態や脱水症状はあるものの、目立った外傷はなく、命にも別状はないという。

       

      生存報道に世間は安堵したわけだが、しかし一方では行方不明から発見されるまでの手がかりについて、男児の親や関係者などがそれぞれ食い違う内容を述べるなどの、少々不可解と思われる部分があらわになる面も見受けられ、行方不明事件とは名ばかりの、我々の知らないところで何か裏工作が企てられていたのではないか、などという報道も一部でなされていたほどだった。


      そんな憶測が飛び交う中、まだ男児が発見されていない時に見ていたニュース番組の最中に、私の身に不思議な現象が起きたのだった。

       

      ◎頭の中に浮かび上がった数字の「7」の意味とは

      その日も朝から行方不明の男児についてニュースをやっており、私は朝食をとりながらそれを観ていたのだが、アナウンサーが現在の状況を伝えている場面が映し出された時に、私の頭の中に突然、数字の「7」が浮かんできたのである。


      突然浮かんだ数字の7……正直なところ、この体験記シリーズにも書ききれないほどの、このような「突然何かが頭に浮かぶ」という事例が日常的に頻繁にあるのだが、重要なところはそこでとどまるのではなく、むしろその後のことである、と私は思っている。


      つまり、頭に何かが浮かぶという、脳の機能として特段に変わったことではない、正常な思考の範囲内のことだけではなく、脳の思考領域からはずれた未知の部分において、一体どのような意味があってそのキーワードが頭に浮かんだのか、あるいはどんなメッセージが含まれているのかなど、「直感的な思考」「未知なる必然的な現象」の双方に何らかの共通する関連性が見出せるまで、出来る限りではあるが推察してみようといつも試みている。


      そういった点を踏まえ、では今回頭に浮かんだ数字の7に関係するものはどのようなものがあるのかを挙げてみると、まず行方不明になった男児が小学2年生の7歳ということや、北海道七飯町の七という地名など、7に関するいくつかの共通点があり、もっと詳しく調べればこの他にもさらに出てくるのかもしれないが、現時点で思い当たるものはこの程度だった。


      そこで、頭に浮かんだあの瞬間を、もう一度頭の中で再現するかのようにイメージをし、意識を集中させてみると、「…これは7歳の7じゃない。7日間、あるいは7日目に何かがある。発見」という意味がピタリとくる感覚が出てきたのである。


      7という数字から、7日間または7日目という関連性を導き出すことができたが、では実際にそれはいつになるのだろうかということで早速確認をしてみた。

       

      まず、男児が行方不明になったのが5月28日、そしてこの数字が頭の中に浮かび上がった日が6月3日であり、この日数をカレンダーで数えてみると…。

       

      私「1、2、3…7日……え!? 、7日目って、今日だ!」

       

      となったのである。

       

      ◎ニュース速報が流れる

      おお、これはもしかしたらこの後に何か急展開が起きるかもしれないな、と思いながらそのまま朝食をとること20分、するといきなりテレビの画面上には、「ピッピ、ピッピ」という音と共にニュース速報の文字が現れたではないか。

       

      まさか……本当に行方不明事件のニュースなのかと思いつつ、内容を注視していると、「北海道 山林で不明 男児保護」の文字が書かれているではないか!

       

      私は思わずそれを見て、「おお、無事保護されて良かったねー」という言葉と同時に、「直感的な思考」と「未知なる必然的な現象」について、偶然では説明がつかない、やはり何らかの結びつきがあるのではないかということを目の当たりにした瞬間でもあった。

      ◎これと似た現象が私の父にも…
      このブログで紹介している『不思議体験記』シリーズの中で、「家族の不思議体験」と題し、私の父がこれまでに体験してきた「予知能力」ともとれる現象などを計7つほど挙げたが、掲載について父から承諾をもらったのはそのうちの1つだけであり、残りは未承諾のため、おおよそのあらすじ程度にまとめたものを記載するにとどまった(その記事はこちら)。


      その記事を読んでいただくとわかるように、実は父も今回の私のように「未来に起こるかもしれない出来事が頭の中に映像(または断片的な描写)として浮かび上がる」という現象を以前から体験しており、私がその事実を知ったのは数年前のことである。

       

      もしかしたら、こういった不可思議ともとれる一種の現象(あるいは能力のようなもの)は、親子間で遺伝的な要素も関係するのかもしれないので、今後もその相関関係に注目していきたいと思っている。

       


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      山本不動尊

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        福島県棚倉町にある「石堂山徳善院 奥州山本不動尊」です。

         

        大同2年(807年)、弘法大師が東北行脚の途中に八溝山に住む悪鬼を調伏し、霊窟を開創したと言われています。

         

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        長い石畳が続く両側にはステキな紅葉が広がっています。

         

         

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        途中には「ダイスキ」という名前の木があり、ここにたくさんのおみくじのような、短冊のようなものが結び付けられていました。ダイスキって…てへ 名前がナイスですね!

         

         

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        小坊主さんが「こっちですよ〜」と道案内をしてくれています。

         

         

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        ここのお不動様は、霊窟というだけあって巨大な岩盤をくりぬいたかのような場所に祀られています。

         

         

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        御本堂です。花がきれいですね。まずは中に入ってご挨拶をしました。

         

         

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        山本不動尊の由緒です。御護摩祈祷は毎日決まった時間に行われます。

         

         

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        境内には、宝船に乗った七福神がお出迎えをしてくれます。そしてこの七福神から奥側を見ると……

         

         

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        見えるでしょうか。あの奥です。向こう正面です。

         

         

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        あの階段を上った先に巨大な霊窟があり、そこにお不動様が祀られているのです!

         

         

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        七福神の宝船から左側の階段を降り、この橋を渡って霊窟へと向かいます。

         

         

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        そしてこの階段を上っていきます。途中で後ろを振り返ると、正直、ビビります(笑)。

         

         

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        でもご安心ください。階段の両脇には、童子たちが参拝者をしっかりと見守ってくれていますから 手

         

         

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        霊窟堂です。お堂の正面には、不動明王の真言が書かれた板が置いてありますので、ここでお不動様から真言を授かることができます。

         

        真言は、心の中で唱える、という方もいると思いますが、授かった真言はぜひ声に出して(小声でもかまいません)唱えることをおすすめします。

         

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        このような巨大な岩の中にお堂が祀られています。大迫力ですね!ベンチも置いてありますので、そこに座ってゆっくりとしているだけでパワーがもらえます。

         

         

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        霊窟内には樹齢300年と言われる「おゆわやざくら」がありますが、ほぼ幹だけが残っているというような状況です。

         

         

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        布袋様、恵比寿様、そして大黒様がニッコリとしています。縁起がいいですね。

         

         

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        お大師様もおられます。お大師様のご宝号は、写真左の赤い旗にも書いてあるように「南無大師遍照金剛」です。

         

        私は声に出してご宝号を唱えましたが、周囲に他の参拝者がいると少し気をつかってしまう場合があります。

         

        ただ気がついてみると、上に掲載した階段の写真にも写っているように、私が霊窟へ向かう途中には他の参拝者たちがたくさんいたのですが、霊窟に着いたらなぜかみなさんそれほど時間をかけずに帰ってしまい、下から階段を上ってくる方も誰一人としていませんでした。

         

        「あれ…おかしいな〜、ひとりぼっちだ…」と、ただでさえちょっと暗い霊窟なのに余計に寂しさが増してしまいましたが(笑)、逆にお不動さまにもお大師様にもいろいろとお話をすることができました。

         

        この場所は、高い山の中にあるとまではいかないものの、周りは山合いに囲まれていますのでさすがに秋の寒さが身にしみます。袖なしのベストではやはり寒かったか…。

         

        そんなわけで、最後にお不動様にご挨拶をし、ゆっくりと階段を降り、先ほどの本堂まで戻ってみると、やっぱり参拝客がいっぱいいて霊窟へ向かっていくんですよね〜。さっきまですごく静かだったのに、なんでかな 汗

         

        あ、もしかしたら…(私としては大事なお話をするために参拝に来たということをすでに知っていて)周りを気にせずに話ができるよう、お不動様もお大師様もお取り計らいをしてくださったのかも、と思っています お願い

         


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        すべては神の意のままで すべては仏の掌(て)の上で

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          今この瞬間を生きながら 

          苦楽の人生振り返り

          善なる善を高く積み 

          罪なる罪を浄罪す

           

          人が無になり還るとき
          救いの手を出す仏様
          だからイ(人)とム(無)と書きまする

           

          ほっとけ様と冗談言うが
          ほっとけ無いのが性分だけに
          救える魂有るときは
          光眼慈心でお導く

           

          自分の手のひら見てみれば
          いろんな相が枝分かれ
          だから右へと左へと
          迷いに悩みに明け暮れる

           

          けれど最後にたどりつく

          境地の世界が待っている

           

          すべては神の意のままで
          すべては仏の掌(て)の上で
          人生舞台が躍り出す

           

          ああ 良きかな
          ああ 良きかな
           

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          さてと、一息つきましょうか

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            久しぶりの更新となりました<(_ _)>

             

            やっと忙しいことが終わりましたので、ちょっと一息つこうと思い、公園を散歩してきました。

             

            ふと足元を見ると、何か虫の死骸のようなものが転がっていたので、よく見てみると…?

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            セミのぬけがらではありませんか!

             

             

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            まだあったの⁉って感じです。すごいねー。ちょこっと草の上に置いてみました ちゅん

             

             

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            色づきがちょうどいい紅葉をながめていると、2羽の鳥が上空を……ああ、あれは!

             

             

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            白鳥が飛来してきました テゴシマーク

             

            もうそんな時期なんですよね〜。そろそろ冬支度をはじめますか。

             


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            智慧の葉を宿した者たちへ

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              いにしえの時代に

              はるかなる彼方の地で

              その内なる魂に智慧の葉を宿した者たちよ

               

              すでに今は

              忘却の輪廻に取り込まれて

              それに微塵も気がつかぬ眠れる魂となっていよう

               

              そうであったとしても

              大いなる源流にある魂源は

              いつ幾年の歳月を経ようとも

              宿した智慧の葉とともに大海を揺らぎながら

              忘却の輪廻に取り込まれることなく

              魂の礎を築いていくことだろう

               

              かつて、彼はこう言った。

               

              「宇宙(そら)の愛を享受する私のおさな子たちよ

               

              青き星に身をおきても忘れることなかれ

               

              おのおのが

               

              苦身にもがき

               

              痛身に苛まれ

               

              禍身に晒されようとも

               

              唯一の魂源たる愛の親は

               

              銀河の星々と共に

               

              全ての尊き子供たちを

               

              その身に強く抱きしめることだろう」と。

               

              与えられし愛とは

              補填でもなければ過剰でもない

               

              その神意は

              内なる魂に宿りし智慧の葉に

              すでに深く刻まれていることだろう
               

              おまえがそこに「在る」という存在自体が

              すでに望まれている証拠であり

              自らが望んだ証拠でもあり

              かつ与えられている行為そのものなのである

               

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              太古の叡智を秘めたクリスタルが仲間入りです

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                いや〜、あれからどこを探しても見つからないんですよ。いつも小さな巾着に入れて持ち歩いていた丸い水晶玉が…。

                 

                どこかで落としてしまったのか。いや、普段は机の上に置いておくので、もし無くした時にはその時点で気がついているはず。

                 

                そういえば、たまにズボンのポケットに入れっぱなしの時があった。そうだ、それは確かに何度もあった(笑)。しかしそれだって、ポケットを触ればすぐにわかるはずだが、そこにも無い。

                 

                落とした形跡もない、外出先で置き忘れたという記憶もない、まさか誤って捨ててしまったのだろうか⁉ いや、そんなことは…。

                 

                どこを探しても無いとなると…やはりこれは、旅立ってしまわれたようです  泣

                 

                その水晶玉は、以前にこちらの記事でオルゴナイトを紹介した際にも掲載したものです。下に画像も貼っておきます。

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                よく言われるのが、水晶に限らずパワーストーンは、持ち手に悪い作用を及ぼすものを事前に感知し、それをパワーストーンがそのまま我が身に引き受けることによって模様や色が変化したり、割れたりすることがあります。

                 

                場合によっては、持ち手が知らないうちにどこかに消えてしまう(無くなってしまう)ということが起こるとも言われています。持ち手を守るために、愛ある行動をするのがパワーストーンなのです。

                 

                そうか、そうなのか。きっとこの水晶玉も、愛ある行動によって私を守ってくれたに違いないと信じ、感謝をささげたいと思います。

                 

                それからしばらく経ってからですが、これを機に新しい水晶を買おうかと思いましてね、さて何がいいかといろいろ思案をしたところ、「これにしよう!」というものが決まりまして購入いたしました。それは…

                 

                レムリアンシードクリスタルです!(全長約9cm・ブラジル産)

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                静かに、そして凛とした光を放つレムリアンシードクリスタル。向かって左側の柱面には「レムリアンリッジ」が見られます。

                 

                レムリアンリッジとは、水晶の柱面に見られるバーコード状のもので、古代レムリア人の情報やメッセージが刻まれていると言われています。

                 

                 

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                さらに柱面をよく見ると、通称「レコードキーパー」と言われる小さな三角形(水晶の成長丘)の模様が、上から下までびっしりと現れています。

                 

                これを初め見た時に、「うわ、こんなにいっぱい⁉これスゴイな〜!」と、思わず声がでました。

                 

                レコードキーパーが数多く見られるものを「プレンティ(多数の)キーパー」とも呼び、これもレムリアンリッジと同様に古代レムリアの記憶が刻まれているとされ、瞑想中にそれらを指でなぞると古代の叡智を読み取ることができるとも言われています。

                 

                 

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                ポイント底部にある結晶の塊の部分は、光の当たり方によっては虹が出現します。

                 

                レムリアンリッジやレコードキーパーなどについて、ネットで調べてみると改めていろいろなことがわかりました。なんともロマンを感じさせるクリスタルですね。

                 

                今回、なぜ私がこれを選んだかと言いますと、数年前に女性チャネラーのDr.テリーサイモンズ氏のグループセッションを受けたことがあるのですが、テリー氏から「あなたはレブリアン(レムリア人)です」と言われたことがあるため、それならばやはりレムリアンシードクリスタルを1つは持っておくべきかと思ったわけです。

                 

                ※その時の記事はpart 銑イ5部構成ですでに掲載していますが、その中で

                 テリー氏からチャネリングで直接伝えられた様子を掲載しているのはpart

                 です。よろしければご覧ください。

                 

                そんな私の魂の奥底に眠るレムリアの記憶が、もしかしたらこのクリスタルによって甦るかもしれない…ということを期待しながら、古代レムリアの民たちへ意識を向けてみたいと思います。

                 

                何よりも、私の元へ来てくれた新しい仲間を歓迎したいと思います テゴシマーク

                 

                 

                ※追記

                「レムリアの民たちへ」という題で詩も書いております。叡智を秘めた古代の民たちへ捧げたものです。

                併せてお読みいただければ幸いです<(_ _)>

                 


                記事をお読みいただきありがとうございます

                【インスピレーション3】内なる声とともに

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                  ※今回の内容は下記の記事と関連しています。併せてお読みいただければと思います。

                   ・アシュタールが語った私の使命と過去世

                   ・アシュタールが語った私の使命と過去世

                   

                  ある真夏の日のことだった。

                   

                  椅子に腰かけた私は、その暑さを少しでも凌ごうと片手にはアイスクリームを、そしてもう片方の手で、重くて分厚い『あるヨギの自叙伝』の本を支えながら膝の上に置き、ゆったりと読もうとしていた時だった。


                  アイスクリームをたいらげた私は、手に残されたアイスの棒を捨てるために立ち上がろうと思ったが、わざわざ捨てに行くのを少し面倒くさいと感じ、テーブルの上にでも置いておけばいいだろうと思った。

                   

                  だが、アイスの棒をそのままテーブルに置けば、その部分が当然ベタベタとしてしまい、今度はそのテーブルを拭くはめになってしまう。「それじゃ、別に持ったままでいいか」と考え、片手に棒をずっと持ったまま本を読み続けていたのだが、ここであることに気がついた。

                   

                  私「この自叙伝の本……重すぎて片手では支えられない…」。

                   

                  おいしいアイスクリームを食べている最中はそれに全く気がつかなかったが、食べ終わったあと、500ページをこえる分厚くて重い本を片手で支えながらページをめくるという行為が、これほどまでにつらい「作業」という感覚に一変するとは思ってもみなかった。

                   

                  そんな私の横着な態度と、急に読書の意欲が薄れてきたことを、まるで「全部見ているぞ」と言わんばかりに、「喝」ともとれるインスピレーションが入ってきた。

                   

                  内なる声「得るものがあるということは、捨てるものがあるということを現す」

                  うわわ…内なる声が届いた。きっと白龍様だろうか。それとも、この自叙伝にイラストとして描かれている神人のババジ殿(私はなぜか「殿」と敬称を付ける呼び名を好む)なのか、と思った。


                  今ここで必要とする行動を、「面倒くさい」という思いでかき消してしまい、安易に「楽」を選び取る行為を良しとしない、という言葉であった。物質的な取捨の均衡を保つことも、この世に生きる人間の大事な務めの1つであるようだ。

                   

                  内なる声「得たものを失うことなく継続させたいという人間の物質的・権威的欲求

                       には、そこに計り知れないほどの「貪欲の闇」が渦巻いている」

                   

                    私 「わかりましたー!」


                  心の中で思いっきり叫んだ私は椅子から立ち上がり、わずか8歩ほど歩いたところにあるゴミ箱へアイスの棒をねじこんだ。この8歩の歩みを惜しむ横着さ…。なんともはや、怠け心がついたものだ。

                   

                  そして改めて、自叙伝の本を両手でしっかりと持って読んでみると、「おお、普通に読める、重いけど苦にならない、すごい!」と、白龍様やババジ殿から「そんな当たり前なことをおまえは今ごろ気がついたのか!」と思いっきりツッコミをされてもおかしくないほどの一人芝居を演じきり、そのままの勢いでしばらく読みふけってしまった。


                  私の横着ぶりを見て、内なる存在が即座にインスピレーションとして鋭く、そして厳しくもあり、時には愛情もある示唆を与えてくださることに、この方たちは私の身近な「お師匠様」ともいえる頼もしい存在であることに変わりはない。

                   

                  Dr.テリー氏の記事にも記載したように、アシュタールから「あなたの内側にはドラゴンがいる」ということを告げられたこともあり、その存在をより一層、確信めいた証として心に刻むことができたことをとてもうれしく思う。

                   


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                  【不思議体験記25】茶の間に現れた小さなシャボン玉

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                    今から4年前のお盆の時期に起きた不思議な話を1つ。

                     

                    お盆に姪っ子たちが遊びに来て、1泊して帰って行った。

                     

                    帰った後、私は家族と共に茶の間でテレビをみていたのだが、ふと気がつくと、なんと上から(天井あたりから)直径2ミリほどの小さなシャボン玉がゆっくりと落ちてくるではないか!私はそれを右手の手のひらで受け止めた。

                     

                    ちょうど側にいた父や母にも見せたが、やはり驚いた様子だった。

                     

                    何もないところから、突如としてシャボン玉が現れるとは一体どんな現象なのだろうか。今もって謎の出来事であった。

                     

                     

                    【補足】

                    何も無い空間から、いきなり小さなシャボン玉が落ちてくる……

                     

                    なぜ?なんで?という、疑問しかわき起こらない不思議な現象を体験しました。

                     

                    毎年お盆の時期には、姪っ子たちが来て1日中遊んだ後、1泊して帰っていきます。その年も姪っ子たちが来て、まさに怒涛の如く、家中をちらかしながら遊びまくり、1泊して楽しんで帰っていきました。

                     

                    そんな、まるで嵐が過ぎ去ったかのような静かな茶の間で、家族と一緒にテレビをみていた時のことです。

                     

                    ふと私の視界の上方(テレビをみていた目線のやや上あたりぐらい)で、一瞬キラリと何かが小さく光ったように見えました。

                     

                    「何だ今のは?」と思いながらそのまま上を見上げると、透明で小さな球状のものが、ゆっくりと下に落ちてくるではありませんか。私はそれを右手で受け止めて(手のひらに乗せて)よく見てみると、なんとそれは小さなシャボン玉だったのです!

                     

                    私「えぇ⁉ なんでシャボン玉が落ちてきたの?…はぁ?」

                     

                    おそらくは、天井の照明器具の付近から落ちてきたのではないかと思われますが、そこから私たちが座っている下のテーブルまでの空間には、何もありません。

                     

                    もう少しその時の状況を振り返ってみると、例えば通常考えられるシャボン玉が生成されるような物理的なもの(石けんや洗剤、のり、泡状のもの、ストローなど)も、茶の間には置いておらず、だれもそこでは使っておりません。

                     

                    何もない、そしてもちろんのこと誰もいない天井・照明器具の付近から、突如としてシャボン玉が落ちてきたのです。

                     

                    側にいた父と母にも見せたところ、当然ながら「…なんで?」ということになったことは言うまでもありません。それからしばらくすると(だいたい30秒ほどは手のひらに乗っていたでしょうか)、シャボン玉は静かに消えたのでした。

                     

                    まあこれに関しては、お盆という時期でもあるということを考えると、ご先祖様たちもあの世からこちらの世界に来ており、姪っ子たちが帰って行ったのを見て、ご先祖様たちもあちらの世界にそろそろ帰ろうとしていたのかもしれません。

                     

                    その帰り際に、「今年も楽しかったぞ。また来るからな」いう私たちへの挨拶の意味も込めて、キラリと輝くシャボン玉を落としてくれたのかもしれないな〜、なんて思っております お願い

                     


                    記事をお読みいただきありがとうございます

                    ブログのPC版とスマホ版について

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                      当ブログへのご訪問、そしていつもポチっとランキングバナーを押してくださる方、誠にありがとうございます<(_ _)>

                       

                      週に1〜2記事程度のSlowレベルの更新頻度ですが、毎日一定数のアクセスをいただいております。おそらくこれは、掲載記事を読まれる方と併せて、数ヶ月前に始めたツイッターをご覧になる方も増えたからだろうと感じております。

                       

                      ツイッターでは、ブログの内容とはまた違ったものを発信していますので、どうぞご覧くださいませ。フォローもお待ちしております。こちらにもリンクを貼っておきます→kuniツイッター

                       

                      ということで、当ブログをご覧いただいている方にはもうおわかりのことと思われますが、最近ではブログの画面上での掲載項目が何かと多くなってきたため、初めて訪れた方でもわかりやすいようにと思い、今さら感が否めないほどの今さら⁉的ではありますが、ここでちょっとブログの画面表示についてご説明をしたいと思います。

                       

                      当ブログは「jugem blog(ジュゲムブログ)」を利用していますが、そもそもこのブログの仕様上、1つの記事をアップすると自動的に「PC版」「スマホ版」の両方で、掲載記事の項目や背景のデザインなどがそれぞれ特有の形式で表示されるようになっています。

                       

                      特にスマホ版で表示される内容は、PC版よりも簡易的なものとなり、トップ画像をはじめサイドバーに配置されている過去数ヶ月前の記事、それに私が独自で設定した写真付き掲載記事やツイッターなども省略されたものとなっています。

                       

                      スマホの画面サイズの関係もあるためだと思われますが、もうそのまんま「本文の記事だけ」を読む方に向けた仕様となっていると言ってもいいでしょう。

                       

                      下記にそれぞれの表示形式を載せておきます。

                       

                      【PC版】                   【スマホ版】

                      無題.jpg  IMG_0126[1].jpg

                      トップ画像や背景、右サイドバーにある項目    とてもシンプルなスマホ版。

                      などを見ることができます。サイドバーには    特に本文記事が主体表示とな

                      私の遊び心による自由なカテゴリーが出現し    っています。

                      たりもします。

                                          

                       

                      .好泪枷任らPC版を見るやり方

                      スマホ版で閲覧をしている方でも、PC版に切り替えることができます。

                       

                      まずは、スマホでブログのトップページを開き、その画面の右上を見ていただくと、下記の写真のように【PC版】に切り替えるボタンがあります。ここをタップするとPC版へと移行します。

                      無題1.jpg

                       

                       

                      スマホ版→PC版→またスマホ版に戻る方法

                      ジュゲムブログを使っている他のユーザーの方々の中で、「せっかくスマホからPC版を見てくれた方が、またスマホ版に戻ろうと思ったけど、その戻り方がわからないようだ」というものがあり、解決法を教えてほしいというものを目にしました。

                       

                      たしかに、【PC版】に切り替えるボタンはありますが、【スマホ版】に戻るボタンはどこにもないのです…うぅ。これも、ブログの仕様上でそうなっているため仕方がないのですが、それでは簡単に戻ることができずに右往左往してしまうため、右サイドバーの下部に【スマホ版に切り替えるリンク】を貼り付けておきました。

                        ↓

                      無題6.jpg

                      右サイドバーの下部のところまで画面を下にスライドさせると、

                      上記の矢印で示した部分に切り替えるリンクがありますので、

                      それをタップしていただくとスマホ版に戻ることができます。         

                       

                               ※(これらは2019年9月時点での設定内容を基にしています)

                       

                      以上、PC版とスマホ版の画面についての取扱い説明でした うふ

                       


                      記事をお読みいただきありがとうございます

                                       

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