【不思議体験記24】アシュタールが語った私の使命と過去世part

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    ※前回のあらすじ

    いよいよ巡ってきた私の順番。アシュタールの言葉を聞きもらさぬようにと必死にメモを取る中、当初の質問とは別に、私の過去世についてもアシュタールの方から話をしてくださった。そこには、全く予想もしていない驚くべき過去世の数々があり、さらに私を守護するアセンデッド・マスターについても語られたのであった。  

     

    ア「あなたには、グレートティーチャーがついています。今、あなたのうしろにい

      ます。それは、※6クトゥミカスミと呼ばれている方と、※7ババジです。

      あなたは、これからも可能性を開いていきます。栄養を分け与えることを自分

      から始めていくのです。それに、今のあなた自身は、しっかりとアセンション

      の道を歩いています」

     

    ※6…クートフーミとも呼ばれるアセンデッド・マスターの1人。サナトクマーラ

       と同様、金星から来たと言われる
     

    ※7…マハアヴァター・ババジ。パラマハンサ・ヨガナンダ著の『あるヨギの自叙

       伝』によると、ヒマラヤの奥地に数世紀にわたって現存する神人で、あらゆ

       る元素の原子を自由に結集してどんなものでも物質化でき、一瞬にして黄金

       の宮殿を建てたという逸話が掲載されている。キリストと霊交を行い、自ら

       の肉体もその意思によってあらゆる場所に出現させることができるとされる


    今までにグレートティーチャーという名は聞いたことがあるが、この私にそういった高次元の存在がご指導くださっているとは想像もしていなかった。

     

    てっきり私としては、「日本」に馴染みのある、どこぞの神社でご縁をいただいた神様、あるいは仏様やお不動様などにお護りいただいているのだろうと勝手に決めつけていたが、クトゥミ、そしてババジといった名前をここで初めて聞いた時、正直なところ全くイメージがわかなかった。

     

    この方たちは果たしてどのような存在なのか、どのようなお役目を持たれている方たちなのだろうかとも考えていた。さらにアシュタールからの言葉が続く。

     

    ア「あなたがこの人生において……ババジのような覚醒の段階へ到達することは…

      そこまでは不可能でしょう…。しかし、光の栄養素を分け与えるのです。周囲

      の人たちにそれを分け与えることにより、霊的能力もますます開花していくこ

      とでしょう。愛と慈悲を体現し、魂を向上させることができれば、あなたは、

      ティーチャーの資格が与えられるでしょう」

     

    のちにババジとカスミという名を調べてみると、私にはもったいないほどの、愛と叡智を人類に授けてくださる神の次元に存在している方たちだとわかった。

     

    そして、光の栄養素を人々に分け与えることによって霊的能力もますます開花していき、愛と慈悲を体現して魂を向上させれば、ティーチャーの資格が与えられるとのことだった。

     

    このティーチャーやマスターなどといった、名前の定義や区分の仕方をネット検索などで調べると、表現する者の認識やとらえ方によって、偏りが多く見られる場合が多いと感じた。

     

    スピリチュアル的に広くその用語が汎用されており、私自身としても明確な定義を持っているわけでもないため断定はしないが、少なくとも霊的次元での指導者的領域に達する存在であろうと解釈している。

     

    そしてアシュタールは、ババジからのメッセージをこのように伝えてくれた。

     

    ア「ババジがこのように言っています。私たちと共にいらっしゃい、と。私たちと

      共に歩いて行こう、と。そしてこれからのあなたに、どうぞ祝福があります

      うに」


    そう言うと、テリー氏は深々と頭を下げられ、感謝の意を表してくださった。

     

    その姿は清廉で、とらわれがなく、必要なことを伝えるべくして伝えたという、1つの役目を果たされた「愛の伝道師」ともとれる姿だった。私も同じように、心から感謝の意を表した。

     

    こうして、ババジからのメッセージを最後に、私のセッションは終了したのであった。

     

    ◎これまでの私の人生観とこれからの使命感

    この日のセッションを終えて自宅に戻ってきてから、これまでの人生観や今日の内容などをゆっくりと振り返ってみた。

     

    実際に私はこれまでに、いわゆるスピリチュアル的な世界については、俗にいう「不思議体験」が子供のころからあり、そして今日に至るまで、この未だに解明できない分野について自分なりの考察や探究を、現在も継続して行っている。


    しかし、現代科学をもってしても解明できない、こういった不思議な現象の分野において、一個人である私自身が果たしてどこまでやれば解明の糸口が見つけられるのだろうか…。その先の答えはわからない。
     

    なぜなら、スピリチュアルの世界において、「答え探しの探究を重ねれば重ねるほど明確な証拠が現れる」などという保証は、一切無いと言えるからである。

     

    それに、多くの者たちはみな「自分の五感を通じて初めてそこに物質として存在していることを認識する」ことに他ならないわけだが、そもそもが物質的要素として証明することが不可能とも言われるスピ系や不思議な現象の「非物質的」な世界に対して、「物質的に何とか証明したい」という唯物思想自体が、観念の相違を露呈していることに他ならないからである。

     

    ゆえに、これは究極の困難な道を歩むことになるということは、容易に想像ができるだろう。

     

    しかしながら、その困難と言われる道を、実はずっと昔から、私は歩み続けてきたのかもしれない。

     

    思い起こせば、私はスピリチュアルの世界について、これまでずっと1人で抱え込んで孤独に生きてきた人間だった。周りの人たちは、こういった分野については個人的に興味があるか・ないかという程度の判断基準で区別してしまいがちで、あまり理解が得られないことが何度もあり、友人にさえ不信がられることもあった。


    だが、今だからこそ思えるのは、不思議な現象を証明することは「無駄な努力ではないのか?」とも思えてしまうこれらのことは、実は何一つ無駄な要素は無く、むしろ自分にとっては必要な「探究の過程」でもあり、例え他人に不信がられようとも心のどこかでは「価値ある大切な世界観であるのだ」と、なぜか信じ続けることができた。


    その価値ある世界観をずっと大切にしてきた信念こそが、実は「自分への愛」の証でもあったのではないだろうか、とさえ思えてきたのである。
     

    これまでの自らの行いを信じることによって、自分への愛の証を見つけることができ、同時に「心の存在価値」として自分自身を大いに認めることができた、という考えに至ることができた。これこそが、唯物思想をはるかに超える「自己愛の実現」という、私に課せられた大きな使命でもあったのだ、ということにも気がつくことができたのである。


    ババジという高次元に存在する方から、「共に歩いて行こう」というメッセージをいただいたことがどれほど素晴らしいことだろうか。そう考えるだけで、心の奥から喜びを感じることができ、「私の魂の使命をしっかりと果たさねば!」という意欲も不思議とこみ上がってきたのである。


    また、アシュタールからのメッセージにもあったように、今後の私が取り組むべき人生のテーマは「愛と慈悲を体現する」ということが明確に判明したので、これまで以上にさらに深く人生の探究を重ねながら、自らの魂を日々向上させていくように努力していきたいと思う。
     

    そして、愛と慈悲を体現していつの日か「ティーチャー」という光輝く存在となれるよう、未来の私に、今ここで、祈りを捧げたいと思う。

     

    (完)

     


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