私が持つ「ニオイの共感覚」についてpart

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    爐稲荷様のニオイ瓩呂匹海皸貊⁉ 

    part△之悩椶靴泙靴唇隹擔声劼任蓮何もない・触れてもいない境内の空間から突然ニオイが発生したことを掲載いたしました。

     

    実はこれとは別に、過去に2回ほどお稲荷様関連でニオイが発生したことがありますので、その時の体験を下記に記載します。

    (そのどちらも【神社仏閣・史跡巡り】のカテゴリー内で紹介している神社にまつわるものです)。

     

    まず1回目の発生事例は、開成山大神宮にある「正一位開成山稲荷大明神」です。ここのお稲荷様の鳥居をくぐったすぐのところで、上記の稲荷神社を参拝した時と全く同じニオイが発生したことがあります。

     

    ただし、そのニオイとは何のニオイなのか…というものがとても表現するのが難しく、具体的にこれというものがお伝えできないことにもどかしさを感じます ( iдi )

     

    ただ、おおまかに言い表すならば、怪しい妖獣のようなものではなく神聖なケモノ、という存在に近いものと言えるかもしれません。

     

    ん?ケモノって書くと、逆に想像するのが難しくなってしまったかもしれませんね ちゅん

    20190613_1660689.jpg

    正一位開成山稲荷大明神。すっきりと整った空気感があります。この鳥居を

    くぐったすぐのところで、突然ニオイが発生しました。

     

    そして2回目は、「高屋敷稲荷神社」へ参拝した際にお札を購入し、それを家の神棚に祀っていたところ、そのお札からある日突然、ここでも前記した稲荷神社と全く同じニオイを感じました。

     

    我が家では、朝はだいたい神棚にご飯を供えて手を合わせます。その時には、今までこれと言ってニオイが発生したことはありませんでしたが、ある日の何でもない時に何げなく神棚のお札を見た瞬間に突然、「ああ、あのニオイだ!」と、ニオイが脳の奥を駆け巡ったのです。

    IMG_2114.jpg

    家の神棚に祀っている高屋敷稲荷神社のお札。

    他にも数社のお札を祀っていますが、なぜか

    このお札からのみ、しかも稲荷神社特有とも

    言えるニオイが発生しました。

     

     

    これらの経験から共通するものとは

    このように、それぞれ場所や状況は違えども、お稲荷様関連では計3回ほど共感覚が発動したことがあり、しかもその3回とも全てで同じニオイが発生したという、これまでのニオイの発生パターンにはない、不思議な一致が見られました。

     

    これを踏まえると、現時点から考えられることはもうそのまま「稲荷神の系統に属する神または眷属、神獣と言われる存在たちからは、同種のニオイがする」という、新たな共通性を発見することができました。

    無題1.jpg

     

     

    この感覚とこれからも共に

    共感覚という稀な知覚現象について、3partに分けての掲載ではありましたが、とりあえずの内容としては一旦ここまでとさせていただきます。

     

    part,僚文でも書きましたように、この記事を最初に書き始めたのが今から約2年半前になり、最初はどのような表現を使えば読者の方に理解していただけるか、ということに頭を悩ませることが多く、そのため筆が進まないことがあり、「この記事はこのままではお蔵入りか…」とも思っていました。

     

    しかし、子供のころからずっと気になっていた目に見えない「ニオイ現象」を、なんとか文字として目に見える形で表して、実際にこの不思議な現象を多くの方に知っていただきたいという思いもあり、「ならば書くか!」と一念発起いたしました。

     

    ところが、未知なる現象ゆえにそう簡単には進まず、書いては止めて書いては止めてを幾度も繰り返しながら気がつくと2年半、もはや一念発起どころか五念再起ともいえるぐらいに時間がかかってなんとか書き上げた、という経緯があります(←どんだけ時間かけてんですか?)。

     

    ひとくちに共感覚と言っても、何もニオイばかりではなく、例えば「こんにちは」という文字を見たときに、というように、それぞれの文字に色がついて見えるという方もいます。

     

    むしろ、ネット検索をするとこの「色がついて見える」ということについての説明が全体的に多く、私のようにニオイを感じるというのは意外にも少数派という印象でした。

     

    また、もしかしたらこれをお読みになっている方の中にも、共感覚をお持ちの方がいらっしゃるかもしれません。

     

    その方たちへ向けての私の思いなのですが、きっとこれまでの日常の中で、共感覚をさぞ何度も猗動させてきたことに違いなく、その中では場合により不便を感じたり、他人から異質だと思われたこともあるかもしれません。

     

    例えそうだとしても、同じ共感覚者同士として、自分に与えられたこの稀な感覚を前向きにとらえ、そして楽しみながらこれからの人生を共に歩んでいこうではありませんか!

     

    今後も私は、今回の内容を踏まえて今まで以上に自分なりの追究を深め、さらに判明したものがありましたらブログやツイッターなどで紹介していこうと思っていますので、その際にはまたどうか優しい目でお読みいただければと思っています。

     

    難解な現象の記事をご拝読いただき、ありがとうございました<(_ _)>

     


    記事をお読みいただきありがとうございます

    私が持つ「ニオイの共感覚」についてpart

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      part,任蓮⊆腓縫縫イの共感覚というものについて、私がそれに気づき始めた頃から現在に至るまでの経緯などを記載いたしました。

       

      さて今回は、今までに発生したニオイについてのほんの一部分ではありますが、その具体例を挙げながら下記にご紹介したいと思います。

       

       

      過去のニオイ発生の事例

      1⃣テレビに出演していた、とある男性タレントを観たときに、炭酸飲料など

       のシュワシュワとした甘いジュース系のニオイがした。

       イメージとしては、コップにサイダーを注ぐ時にシュワシュワ〜と音がし

       て甘い炭酸のニオイが広がりますよね。そのニオイが鼻〜脳の奥あたりで

       発生しているという状態です。

       

      2⃣テレビに出演していた、とある女性タレントを観たときに、ミルクティ

       ようなニオイがした。 

       甘くやさしいミルクティの香りが発生しました。ここで思ったのは、もし

       かしたらこのタレントはミルクティが好きで普段からお飲みになっており、

       その嗜好品の想いのようなものを、私の共感覚が(or第六感が?)感じ取

       ってミルクティのニオイを発生させたのではないか⁉ということを感じま

       した。そう考えると、上記の1⃣もこの類に入るかもしれませんが、もちろ

       ん真相はわかりません(~ヘ~;)ウーン

       

      3⃣某番組で、女装した男性がかぶっていたカツラをとった瞬間を観たときに、

       激臭とえる汗のニオイが脳の奥を貫き、3日ほど憂鬱な気分となった。

       つらかった…。この時は本当につらかった…。もうあんな汗臭いニオイは

       二度とごめんだ!と、大声を張り上げたくなるぐらいの激臭でした 泣

       

      4⃣スマホでネットを閲覧中、急にせっけんのニオイがした。

       普通にスマホでネットを見ている時に、突然せっけんのニオイがしました。

       そのサイトで何か洗ってた? Docomo_kao8

       

      5⃣車で走行中に対向車とすれ違った際、その車から(もしくは運転手?)か

       ら線香のニオイがした。

       車で走行中は、対向車と何十台とすれ違うわけですが、その中の一台とす

       れ違った際に線香のニオイがしました。車と線香って、一体どんな因果関

       係があるの?という疑問しかありません。

       

       

      【過去にもあった線香関連のパターン】

      線香のニオイに関してはこれだけにとどまらず、今までにも何回かニオイを感じたことがあります。

       

      その一つに、スーパーで買い物中に前方を歩いていたおばあさんが視界に入った際に、急に線香のニオイがしたこともあります。

       

      この時、私とおばあさんの距離は5mほど離れていましたが、仮にそのおばあさんが線香を購入するために手に持っていたと考えてみても、私の嗅覚がズバ抜けて発達していて、5mほど離れたおばあさんが手に持つ線香のニオイを難なくキャッチできたというような、まるで警察犬並みの嗅覚を持ち合わせていたとは到底考えられません。

       

      スーパーでは大勢の買い物客がいるわけですが、なぜかそのうちの名も知らない初対面の一人のおばあさんだけから、突然にして脳の奥を駆け巡るように線香のニオイが発生したのです。

       

      どうしてそんな現象が起こるのだろうか…と、いつもその謎を解決できないままとなってしまうことに残念さを感じています(◞‸◟)

      無題2.jpg

       

       

      何もない空間から共感覚が発動する

      すでにこちらの記事でご紹介しましたように、稲荷神社を参拝した際に、社殿の左側の何もない、そしてだれもいない狷団蠅龍間からニオイを感じたことがあります。

       

      通常なら、目視で確認した場合や直接的に何かに触った場合などに共感覚が発動するのですが、何も見えない・触れてもいない空間からニオイを感じるという、これまでに経験のないレアケースでとても驚いた出来事でした。

       

      もしかしたら、この時は言わば「稲荷神」もしくはその「眷属」という目には見えない存在が、ちょうど境内の空間にいらっしゃったのかもしれません。

       

      その存在を、私の共感覚が(or第六感が?)反応して、ニオイが自動発生したのかもしれないと考えています。

       

       

      対象物と何ら関連性がないニオイ…しかし全てが本当にそうなのか

      今回は、実際に共感覚で発生したニオイについて、自分では全く意図しない様々なニオイが発生するという内容に触れましたが、もしかしたらその中には、「第六感」的なスピ能力で無意識に何らかの関連性のあるものを察知して、それを脳がニオイに変換して二段階的に感じているのではないか?、という可能性も視野に入れてみました。

       

      もしこれがそうだとしたら、すごく面白くなりそうですね〜!これは今後の課題ともなりそうです。相手のプライバシーも考慮しながら、可能な限り検証してみたいと思います。

       

      さて次回ですが、全く意図しない様々なニオイが発生するという法則の中で、実はあるものに関してだけはなぜか共通するニオイが発生するという、今までの定説を覆すほどの説明のつかないケースを体験しましたので、それについてご紹介したいと思います。

       

      ※partに続く

       


      記事をお読みいただきありがとうございます

      私が持つ「ニオイの共感覚」についてpart

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          ※今回の「ニオイの共感覚」という私自身の知覚現象については、以前から

         少しずつ記事を書いていましたが、なにぶんにも未知な現象のために文章

         にするのがとても難しく、気がつくとなんと2年半前に書き始めたものが

         今になってようやくまとまるという掲載の遅さに、あみんの「待つわ」で

         もさすがにもう待てないわ!涙を流しながら歌うほど、のろまな亀でさ

         えもとっくに着いたわ!と飽きられるどの、はなはだしい遅延っぷりを

         あらにししまいました(笑)。

         いまだに未解明な部分が多くありますが、現時点で判明したものについて

         記事にしましたので、どうか優しい目でお読みいただければと思います。

                        (* ̄∀ ̄)/  

         

         

        ◎なぜかニオイを感じることに気づき始める

        私がそのことに気づき始めたのは、記憶をさかのぼれば中学生の頃からだったように思います。

         

        特に何も変わらない、いたってごく普通の中学生だった私は、ただ1つだけ「そういえば……」と、自分の中でおかしなことがよく起こっているのを思い出しました。

         

        それは、「…何でいつもニオイがするんだろう?」ということです。それも毎日のように、時間や場所を問わず頻繁にニオイがするのです。

         

        そのニオイというものは、例えば学校の教室内に芳香剤が置いてあるというわけでもなく、女子たちが香水をつけていた、というものでもありません。

         

        仮に、芳香剤にしろ、女子が香水をつけていたにしろ、もしもそうならば私以外にも他の多くの生徒や先生までもが当然ながらそれに気がつくことになるでしょう。

         

        しかしそのような、その場にいる全員がわかるニオイというものではなく、どうやらそれは「私だけが感じているニオイ」らしい、ということに気がついたのが始まりでした。

         

        ※この内容については、すでにこちらの記事でも紹介していますので

         ご参考にどうぞ。

         

        ◎そのニオイは鼻から直接嗅いでいるわけではない

        この世界中に、一体どれだけの「ニオイの共感覚者」といわれる、稀な知覚現象を持つ者がいるのかはさっぱり見当もつきませんし、果たしてその者たちがみな、私とニオイの感じ方が全く同じなのかどうかもわかりませんが、私が感じたままのことを言えば、そのニオイというものは「鼻」から嗅いだものではなく、「鼻〜脳の奥」あたりで感じるニオイであると言えます。

         

        「えぇ…脳?」と、これをお読みになっている方には理解に苦しむことだと思われますが、鼻から脳の奥あたりにかけてニオイが発生しているものを知覚している、ということになります。

         

        脳の奥でニオイを感じる場合、その時の状況として顕著に現れるケースとしては次のような事例が挙げられます。

         

        自分の目の前に何か(もしくは誰か)を、

        〔椹襪杷Ъ韻靴疹豺隋併覲弌

        直接的に接触した場合(触覚)

        頭でふと思い描いた場合(想像)

        などによくニオイが発生します。

         

        さらに、これらのことで言えることは、

        通常は五感で物を感知・認識すればそれで済むものを、

        同時になぜか私の脳が、その認識した対象物とどの

        うな関連性があるのかは不明だが、ある種の独

        「ニオイ」を感じさせる物質を突然かつ動的に

        させ、二段階的にその存在を認識している

        という、そのまま読んだだけでは全く意味がわからないような理論が、実際に起こっている現象とも言えるのです。

         

        読者の声「…つまり、どういうことなの (・ω・)?

         

        はいはい、そう思われている方がきっと多いことだと思います。書いている私ですら、なんとかやっと、自分自身が感じていることに一番近くなるようにと、文字として表す努力をしております。

         

        もっと簡単に言いますと、

         

        嗅覚以外の4覚(視覚、聴覚、味覚、触覚)で物を

        知覚した時に、それと同時にさらに嗅覚でもニオイ

        感じる場合がある

         

        という(ある意味で二度おいしい?)ことなのです。

         

         

        ◎そこに存在しないはずのニオイを感じ取ってしまう

        ヒトがどのようにしてニオイを感じとるのか、という嗅覚のメカニズムについては、人体生理学の観点からその仕組みついて詳しい説明がなされていますので、下記のリンク先をご参照いただければと思います。

        (嗅覚 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

         

        簡単に言えば、ニオイの成分が鼻の中に入ると、鼻の中にある嗅細胞が反応してそれを電気信号に変え、脳に送られて認識するということになります。当然ながら、ニオイの成分が周りに存在しているからこそニオイを感知できる、ということが前提になります。

         

        ところが、これがニオイの共感覚となると、不思議なことに自分の周囲や空間にその物質または人物などが保有する特有のニオイの成分が存在していないにもかかわらず、ニオイを感じとってしまうという、人体のメカニズム上あり得ない、複雑怪奇な現象が起こってしまうこと自体が説明の仕様がない、ということなのです (TдT)ワカリマセン

         

        前記したように、嗅覚以外の4覚で物を知覚した場合に、さらにニオイというものがなぜ「共感覚」という特殊感覚として発生するのかについては、ある程度までの研究が進んで特徴的なものは判明できているものの、より詳しい原因や仕組みなどを明確に解明するまでには至っていない、というのが現状のようです。

         

         

        ◎自動的に発生 − 全ては脳のおもむくまま

        これまでの経験上、様々なニオイが幾度となく脳の奥を駆け巡るように犲動的に発生してきましたが、ただしどんな場合においても発生するというものではなく、ましてや自分では意図的にニオイを発生させることができませんので、完全に脳の自由奔放で気ままな判断にゆだねられています。

         

        また、ニオイが発生した対象が「人物」からであった場合、それらの数多くのほとんどが、その人の「体臭」のニオイではない、別のニオイであるということが、経験上で判明しています。

         

        これは、例えば何日もお風呂に入っていない人や、ハミガキをしていない人の口臭、ワキの汗など、そういった「うわ…くさい( ̄‥ ̄;)」と感じるような体臭のニオイではない、ということです。

         

        読者の声「え…じゃあ、何のニオイなの?」

         

        はい、基本的には日常生活の様々な場面で、だれもがそれを嗅いだことがあるであろうという、一般的に「あ、このニオイは〇〇だ!」と判別できるニオイが発生することが多いです。

         

        例えば、果物系(みかんやりんごなど)をはじめ、アロマ系(ラベンダーなど)、線香、インク、ジュース、ミルク、たばこ、化粧品等々その他もろもろ、身近にあるものなら種類を問わずなんでもニオイがするといっても過言ではありません。

         

        このように、そのニオイが何なのかを判明できる場合が多いのですが、しかしどんなに考えてもよくわからないニオイだったり、「甘いお菓子のようなものなんだけど…なんだろう?」という場合や、「何かが腐ったような…」など、不明確で特定できないものもよくある、とも言えます。

         

        ただし、ここまで頻繁にニオイが発生すると、日常生活において非常に煩わしさを感じたため、自己流ではありますがニオイの発生頻度を下げるような訓練(そこに意識を向けない)を数年に渡って重ねてきたところ、現在ではたまに発生するという程度におさえられています。

         

        とりあえずは、ここまでの内容を以下にまとめてみます。

        ニオイの共感覚は、周囲の人には感じない、自分だけが感じるニオイ

         が鼻〜脳の奥あたりにかけて、突然かつ自動的に発生する。

         

        嗅覚以外の4覚で対象物を知覚した場合に、その対象物とどのような

         関連性があるかは不明だが、併せて二段階的に嗅覚でもニオイを感じ

         る場合がある。

         

        ニオイの成分が周囲に存在していないにもかかわらず、ニオイを感じ

         取ってしまうという、通常の嗅覚のメカニズムでは考えにくい現象が

         起きている。

         

        日常的に身の回りにある様々な物のニオイが発生するが、それらは自

         分が意図してニオイを発生させることはできず、しかもどのタイミン

         グで自発生するかも全くわからないため、完全に脳の判断にゆだね

         られている。

         

        これまで数年に渡り、自分なりに発生頻度を抑える訓練を重ねてきた

         ところ、現在ではたまに発生する程度となった。

         

        今回のpart,任蓮△海譴泙任里いさつや私なりに感じたことについて内容をまとめてみましたが、次回は実際に日常生活でどのような状況下で発生したのか、その時の体験談についてご紹介していこうと思います。

         

        ※part△紡海

         


        記事をお読みいただきありがとうございます

        ニオイの共感覚で感じ取った高次元なるものpart

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          ※前回のあらすじ

          稲荷社の、何もないある特定の空間から「そこにいる」という何らかの存在を感じ取った私。その後の参拝では、投入の難しい賽銭箱へ見事にお賽銭を投じるのに成功し、早く新しい鳥居が完成しますようにと祈願をして神社を後にしたのだった。ニオイの共感覚を通じて、今回の出来事がのちの私に大きな影響を与えることとなったのである。

           

          自分の視野を広め、そして深めるきっかけとなる

          この神社の参拝で、目には見えない存在を肌で(いや、ニオイで)感じとったという体験が一つのきっかけとなり、それからよく「神と眷属の関係性」「人間から神になったご祭神」について考えを持つようになった。


          さらにこの考えを深める要素として、私はこれまでに精神世界系と類別されている、一種の特異的分野に属するとも言える著作物を多く読過してきたことにより、著者が独自に持つ哲学的および思想的訴要点の的確性は別にして、この分野の思想や概念、それに世界観について、自分の見識を広めるのに大いに役立ってきたと思っている。

           

          その中でも、とある女性コンタクティの方が執筆した本を数年前から書見しているが、その本の内容が斬新で、これまでの神仏信仰に対する人々の既成概念とはまた違った視点で表現されており、さらには実際に自分の実体験をもとにして考察・検証をされていることもまた、非常に共感が持てた点でもある。


          そんな折、私にとっては素朴な疑問が浮かんできた。

           

          私「神様の修行って、どんなことをするんだろう……」

           

          精神世界の構造概念上では、人間の死後、魂はいくつかの段階を経てから中間世と呼ばれる世界に行き、そこで高位の立場にある指導役と共に、次の人生をどのように送るかを計画するとされている。


          女性コンタクティの方によると、この計画をする際に、これまで通り再び人間として地上に生まれて必要な人生経験を積む道もあれば、魂の学びの段階に応じてではあるが、人間としての転生に幕を下ろし、代わりに神仏のもとに眷属となって修行に入る選択肢もあるという。そして、晴れて神の神格に到達して祀られるケースもあるのだという。

           

          この神仏の眷属修行について、私が普段からよく実践している内観で心に問うてみたところ、次のような言葉が心の中に浮かび上がってきた。

           

          心の声「その選択肢もある」

           

          やっぱりあるの?本当にそういう選択肢が…?


          どうやら神仏の眷属になるためには、死後に魂となった時点で、すでにご縁をいただいていた神仏から「君、ちょっと修行をやってみないか?」と、もちろん全ての魂ではないがスカウトをされる場合もあれば、自分からその神仏に仕えることを志願する場合とがあるという。

           

          心の声「ならば、神を見つける旅に出よ」

           

          旅に出ろと…!?

           

          私の人生行路は、むしろこれからが本番なのだということを噛みしめた出来事であった。

           


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          ニオイの共感覚で感じ取った高次元なるものpart

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            ※前回のあらすじ

            周囲を自然美に囲まれた、これまでにも何度も足を運んだことがある神社へとお詣りに出かけ、境内にある稲荷社の鳥居をくぐったところ、突然にしてあの現象が私の身に発生したのである。その現象とは一体…。

             

            ◎私が持つ「ニオイの共感覚」が自動発動する

            それは、鳥居から一歩先へ入った瞬間のことだった。まるで、私の脳を貫くかのように、突然にして強烈な「ニオイ」が、鼻からではなく脳の奥で発生したのである。

             

            脳の奥で(感覚的に鼻〜脳の奥あたりにかけて)ニオイが発生する(何らかのニオイを感じる)という、何とも理解しがたい表現になってしまうが、通常、鼻から嗅覚として感じるメカニズムとはまた違ったものであり、いわゆる「共感覚」という稀な知覚現象を指すものである。

             

            この現象が鳥居をくぐった際に、自分としては全く意図せずに自動的に発生し、稲荷社に向かって左側の何もない空間の、かつ特定の箇所からのみ、表現する言葉を選ぶのが難しい、ある種独特のニオイを感じるのである。

             

            私は俗にいう「みえる人」ではないため、姿や形はわからなかったが、たとえその物体がどんなに距離が離れている場所にあったとしても、私の脳が「ニオイ」という五感の一つに自動的に変換して対象物を感知する能力が中学生の頃から目覚めていたため、これまでの経験上から今回のニオイに対しても「ああ、これはそこにいらっしゃるな」とすぐに直感した。

             

            ※ただ、この能力が毎日自動的に発動してしまうと大変不便さを感じたため、

            あれから自分なりに能力を衰えさせようと意識したせいか、現在ではたまに

            この能力が発動する程度となった。


            それにこの稲荷社は、本社殿のすぐ脇という境内の神域内に建っているため、低級な波動をはなつものは立ち入ることができず、そのためこの存在についても不安を感じることはなかった。おそらくは、稲荷社を護る眷属の中の1体であろうと思いつつ、拝殿の前へと歩み寄ってみると、お社の中に賽銭箱があるのにふと気がついた。

             

            ◎お賽銭を入れるのが難しい賽銭箱

            賽銭箱は、閉められた格子状の扉の中にあり、さらにその扉から数十センチほど離れた奥に設置されていた。格子状の扉は手で開けられたのかもしれないが、しかし一般の参拝者がお社の扉を手で開けるなどという、規律には大変厳しいであろう、お稲荷様の眷属がいる前で、そのような失礼なことができるはずがない。


            しかも、「扉から数十センチ離れた場所」に賽銭箱があるというのがミソで、お賽銭は投げずにすべらせて入れるという、賽銭投入時のマナーを容易に実行することができず、格子状の間隙をうまく通過させ、かつ数十センチの距離感を把握しながら絶妙なアンダースローで見事にお賽銭を投げ入れなければならないという、非常に難易度のある、高度なテクニックが要求されるのである。


            このような、ある意味で「お稲荷様の試練」ともとれる状況を目の前にして、ちょっと面倒くさいからもうこのまま帰るか、などという失態をさらすわけにもいかない。


            ならば、いざ100円玉を手に持ち、軽く反動をつけながら投入してみたところ、案の定、格子状の扉にお金がぶつかって賽銭箱のすぐ手前で下に落ちてしまった。

             

            しかし、例え賽銭箱に入らずとも、結局は「お社の中の床に落ちる」仕組みになっており、お稲荷様側としては取りこぼしがなく、何という優れた構造形態になっているのかと、その回収システムに思わず感心してしまった(笑)。

             

            私「さすがお稲荷様、簡単には入れさせてくれませんね。よし、もう1回

              挑戦します!」

             

            お賽銭を何回で賽銭箱に投げ入れられるかを競うゲームではないのだが、次こそは入れようというチャレンジ精神が功を奏したのか、2回目で見事に賽銭箱に投入できた。

             

            心の中で「おぉ、入った」と軽く高揚しながら、ここでも特に自分のお願い事はせずに、日頃の感謝とあわせて早く新しい鳥居が完成しますようにと祈願をして神社を後にしたのだった。

             

            ※partへ続く

             


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            ニオイの共感覚で感じ取った高次元なるものpart

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              あの日私が、間違いなく爐修貝にいるであろう、その存在を強く感じ取ったのは、特にこれと言っていつもと何ら変わりなく参拝に出かけた、とある神社での出来事だった。

               

              縁結びにご利益があるこの神社には、年に1回から2回程度、その年によっては一度も行かない場合もあるが、普段の私の生活行動圏内にある場所ということもあり、お詣りに行ってみるかと思い立った時によく出かける神社の一つである。


              周囲を景色のよい自然に囲まれ、静かな環境にある立地で、訪れる者に安心感を与えてくれる場所でもある。

               

              そして祀られているご祭神は、「神が神として祀られた神」ではなく、もともとは人間であった者が、生前の素晴らしい功績が人々によって認められ、そして死後に崇められた「人間から神」になったご祭神である。


              鳥居からは長い参道が続き、途中にある授与所を通り過ぎた奥に拝殿がある。


              まずは拝殿でご挨拶をし、特にお願い事はしなかったが、今日もここに来させていただいた感謝を心の中で告げた。境内から臨む周囲の木立からは鳥のさえずりが聞こえ、心身の解放感と共に自然美あふれる魅力をも感じることができた。


              本社殿の脇には稲荷社があるが、参拝した当時、ここの鳥居は東日本大震災で無残にも崩れてしまっていたため、鳥居の形が模された簡易的な造作物でこしらえた、応急措置の仮鳥居が建てられていた(現在では真新しくて立派な鳥居が完成している)。


              こんなところまで被害が及んでいるとはつゆ知らず、早く新しい鳥居が完成しますようにと祈りながら仮鳥居をくぐったのだが、その瞬間、私の身に思いもよらないことが起こったのである。

               

              ※part△愨海

               


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