【不思議体験記29】家族の不思議体験part

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    これまでに「家族の不思議体験」と題して、うちの家族がそれぞれに体験してきた不思議な出来事を、part 塀章)〜partい箸靴撞事を掲載いたしました。

     

    基本的にうちの家族は、神や仏といった存在に対して信仰を重んじており、仏壇と神棚には毎朝炊いたご飯をお供えし(ご飯を炊かない日はあげませんが)、仏壇に水とお茶と線香をあげて毎日手を合わせ、庭に咲いている花を花瓶にさして仏壇内を掃除し(週1回ぐらい)、神棚にも手を合わせて榊も月に1回ぐらい交換します。

     

    春と秋の彼岸、そしてお盆にもお墓参りをし、神社にはかつては二年参りをしていましたが、この近年は初詣だけに行っています。

     

    とはいえ、このようなことが日常の習慣になってはいても、心霊系や不思議系、あるいは総体的にスピリチュアル系と言った分野の話には、私が子供のころからの記憶をさかのぼってみても、みんなでスピ系の話でよく盛り上がった、などといったことはほとんどなく、それについてはなぜかとんと興味を持っていない家族なのです。

     

    したがって、家族の中では唯一「私だけ」が、子供のころから説明のつかない不思議な現象を幾度も体験しているのであろうとずっと思いこんでおり、こういった体験談を周囲に公言することが不信を招いてしまうとおそれ、家族どころか友人知人にさえも、打ち明けることを避けてきた経緯があります。

     

    ところが、東日本大震災をきっかけに、あの災害の恐怖を家族で共に経験したということが、家族間でのつながりが前よりもより強くなった要因であると言えるのかもしれませんが、実は私と同様に心に秘めていた不思議な出来事がみなそれぞれに持ち合わせていたことが判明し、お互いにそれらをふいに口にするようになったのでした。

     

    そんな中でつづったものが家族の不思議体験の内容なのですが、もうこの話はこれで全部出尽くしたであろうと、心に秘めていた不思議な話はもう無いだろうと、そう思っていました。

     

    ところが…、まだあったのです。これで終わりではなかったのです。

     

    ◎あるテレビ番組の一コマから不思議体験を語り出す

    それは、実家で家族と共に夕食をとっていた時のことでした。

     

    その時に、テレビでは時代劇をやっており、主人公と思わしき侍がかなりの深手を負って瀕死の状態となっていました。そのうちにだんだんと意識が遠のいていき、もはやこれまでか…という様子が映っていました。


    すると場面が変わり、目の前には川が流れ、そこに一隻の舟があります。いわゆる、有名な三途の川の渡し船です。そしてその奥には、それは素晴らしいほどのお花畑が広がっていたのです。

     

    その侍は、お花畑のあまりの美しさにみとれてしまい、そちらに向かうために舟に乗ろうとしたところ、急に何者かにグイっ!と着物を引っ張られて、「お前はその舟に乗ってはだめだ」と言われると、また元の(負傷していた侍の)意識に戻った、というシーンが流れていました。


    こういったシーンは、時代劇に限らずドラマなどでも死後の世界を描いた一場面として、みなさんもたまにテレビなどでご覧になったことがあるだろうと思われます。

     

    一説によると、三途の川って狎遒鯏呂觴蠱覆三つあるそうなのですが、生前の善行・悪行によって、ゞ兇鯏呂譴襪・∪瀬を渡れるか・Nれが急で深いところを渡らなければならないのか、というのが決まるそうです。

     

    もしも本当にそうならば、善行を積んでなるべく橋を渡りたいと願うばかりです。

     

    そもそも、死後の世界って本当にそんなふうになっているのでしょうかね。半信半疑であることは否めませんね。

     

    しかしこの後、この三途の川やお花畑の存在に関して、驚くべき狆攜性が飛び出す出来事が、我が家の茶の間で起こったのです。

     

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    ◎父が突然「三途の川」と「お花畑」の話をする

    話は先ほどの時代劇に戻りまして、三途の川を渡ろうとしていた侍が元の自分の体に戻ってきたシーンを観ていた時に、なんと父が思いもよらぬことを話し出したのです。

     

    父「いや、これな……俺もお花畑を見たことがあるんだよな」

     

     Σ(゜ロ゜;)…ハア⁉

     

    母 (;゚д゚)ェ…オトウサン…

     

    茶の間に、妙な沈黙の時が流れました… てへ

     

    え、見たことがあるって…いまそう言ったの?…ウチノオトウチャン、確かにいまそう言ったよね 笑

     

    私「…それ、ホントなの⁉」

     

    父「うん。まだ俺が若いころだったなぁ。会社の先輩と一緒にプロレスの羽交い絞め

      みたいなことをして遊んでたんだよ。その時に、先輩に腕をとられてな、無理や

      り体を反らされたらものすごく苦しくなって、息ができなくなったんだよ」

     

    その時の様子について、もう少し詳しく話を聞いてみると、それは父が20代の頃に会社の先輩と一緒にプロレス技をかけあって遊んでいたそうなんですが、その先輩が急に背中合わせになって後ろで腕を組みだし、そのまま前にかがみこんで自分の背中に父を乗せる形になったそうです。

     

    そんなプロレス技あったっけ?と、ツッコミたくなりますが、遊んでいるうちにそんな体制になったのでしょう。イメージ的には、ストレッチをする時などにやる「バックストレッチ」と言えばわかりやすいかもしれません。

     

    これは、学校の体育の授業や部活などでもやった方がいるかもしれませんが、まず二人一組になって背中合わせになり、そのままお互いの腕を後ろで組み合い、片方が前かがみになって相手を自分の背中に乗せ、グ〜っと体を伸ばしてあげる(反らせる)、あのストレッチです。

     

    どうやら先輩は、父の体を思いっきり反らせたらしく、そのせいで父は急に呼吸ができなくなったそうです。その直後、呼吸ができなくてとても苦しいはずなのに、なぜかとても気持ちがよくなって、スーッ…と意識がなくなったそうです。落ちた瞬間ですね。

     

    そして気がつくと、まさに三途の川の渡し舟と同じような状況が、目の前に広がっていたそうです。

     

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    ◎お花畑のところにいたのは…

    そして、父は続けてこう話し出しました。

     

    父「そうしたらな…、目の前にお花畑が現れて、よく見ると向こうで手招きしてる女

      の人がいたんだよ」

     

    私「手招き⁉…だれ⁉だれその女の人って⁉」

     

    父「いや、それが誰だがわかんないんだよな。見たことない人だったんだけど、遠目

      で見ても、けっこう綺麗な人のように見えたなぁ」

     

    私「…それで、その後はどうなったの?」

     

    父「なんとなくそっちに行きたいなぁ〜っていう感じになったんだけど、やっぱり

      そっちに行ってはダメだ!って思ってな、行くのをやめたんだよ」

     

    私「へぇ〜、踏みとどまったんだ。それで?」

     

    父「こっちに戻ろうって思ったら、いつの間にか元の俺に戻ってたわ(笑)」

     

    この話の中で、爐海辰舛北瓩蹐Δ隼廚辰伸瓩箸いΔ海箸鯤垢い浸に、あぁ〜、これはあの時の自分と同じだ!と思いました。

     

    ◎私が体験した「体外離脱現象」と一致する部分がある

    というのも、私は小学校低学年のころに、高熱にうかされて頭の中がなぜか数字だらけのパニック状態になり、「もういやだ!」と叫ぶと、魂が体から抜け出て部屋の天井付近に浮かんでいました。

     

    しばらくその状態で浮かんでいましたが、だんだんと「このままでは大変なことになってしまう」と焦った私は、「早く元に戻らなきゃ!」と思った瞬間に、元の体に戻っていました。

    (その記事はこちら【不思議体験記2 体外離脱をする】part part

     

    父も「こっちに(元の自分に)戻ろう」と思ったとたんに、自分の肉体に戻っていたということなので、たとえ体外離脱をした状況下は違えども、自分の意志でもって「戻ろう」と思った瞬間に元の自分に戻った、という部分については私と全く同じなのです。

     

    これにより、

     

     肉体から魂が抜け出た状態ならば、その時の自分の意志でもって行動できる

     

    ということが実証された貴重な証言となりました。

     

    それを証明してくれたのが、まさかこのような身近に、しかもそれが私の父であることなど思いもよりませんでしたが、すでに掲載した父の不思議な体験談(その記事はこちら→家族の不思議体験part)の内容を振り返ってみても、「いたってごく普通の父親だけど、実は内に秘めたる不思議な能力はなんか凄いものを持ってるかもしれない」ということを改めて感じさせられました。

     

    ◎もしも、そのまま川を渡ってたら…

    そこで、こんなことも父に聞いてみました。

     

    私「もしもさ、そのまま川を渡ってお花畑の方に行ってたら、どうなってたと

      思う?」

     

    父「……まあ、たぶん、いまこの世にはいなかったろうな(^∇^)ハハハハ」

     

    …え、ウチノオトウチャン、笑ってる?ちょっと、そこさ、笑いのポイントじゃないからね(;´Д`)

     

    あ、ちなみにですが、母はこの会話中は終始無言でした ちゅん

     

    以上、とある日の我が家の食卓風景でした<(_ _)>

     


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    【不思議体験記28】懐かしい記憶が蘇った古刹 鑁阿寺part

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      〜前回のあらすじ〜

      「鑁阿寺」というお寺の名前を読んだとたんに「このお寺を知っている!」という、全く知らないはずのお寺なのになぜか私の「心」が知っていた驚きの記憶をはじめ、楼門の前にある堀を見たら「この堀を眺めていたことがある!」というデジャヴが発生し、本堂に至っては「内部が透けて見えそうになる」という、奇想天外な異次元ワールドに足を踏み入れてしまった私。さて、無事に帰ることができるのだろうか…。

       

      ◎そもそも鑁阿寺とはどういったお寺なのか
      今さらながらではあるが、改めて鑁阿寺について調べてみると、鎌倉時代(1196年)に源姓足利氏2代目の足利義兼によって創建された、大日如来を本尊とする真言宗大日派の本山である。

       

      4万平方メートルにも及ぶ敷地は、もともとは足利氏の邸宅跡であり、四方には門と土塁を備え、堀がめぐらされており、平安時代後期の典型的な武士の館の造りが残されている。

       

      1922年には、足利氏の邸宅跡として国の史跡に指定され、2013年には本堂が国宝に指定された。

       

      この他に境内には、鐘楼(重要文化財)や一切経堂(重要文化財)、元禄5年(1692年)に徳川5代将軍の母である桂昌院が再建したとされている多宝塔(県指定文化財)、そして11月下旬に見ごろを迎える大銀杏などがある。

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      一切経堂。内部に八角の輪蔵があり、一切経二千巻余が納められているという

       

      実はもう一つ、これまた懐かしい記憶が思い出されたものがあった。

       

      それは、「多宝塔」を見た時に「うわぁ、この中を見たい!ええと何だっけ、この中にはなんとなくあれがあるような気が…」と、初めて見る建物なのになぜかその内部が異様なほど気になり、この中に保管されているものがどうしても見たくなったのである。

       

      多宝塔の中には何があるのか、結局のところ当日は何もわからずにそのままになってしまったが、後に調べてみるとここには足利家の大位牌と、徳川家歴代将軍の位牌、そして大日如来をはじめ勢至菩薩や十六羅漢像が安置されているという。

       

      多宝塔の中に何があるのかを知らないのに、それでも中を見てみたいという、あれだけの衝動にかられた当時を振り返ってみて思うことは、もしかしたら中に「位牌」が安置されているのを「私の心」が察知し、それをどうしても見てみたかったのではないか、となぜかそう思えることもまた不思議なことの一つである。

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      多宝塔。県の指定文化財であり、多宝塔としての建造物とし

      ては国内で一番大きいとされている

       

      ◎足利氏発祥の地とも言える鑁阿寺 − 私と足利氏と言えば…
      今回の研修会には、事前の下調べをせずに予備知識ゼロのままで参加したため、足利学校のことについてもそうだが、その隣に鑁阿寺というお寺があることすら、現地に赴くまで全くわからない状態だった。


      そして、初めて訪れた鑁阿寺をこの目で見た時に、私自身には知る由もない、なぜか過去の懐かしい記憶が突如としていくつか思い出されるという、想像もしない出来事が起こった背景には、やはりこれは今の時代ではない、遠い昔の時代に私は実際にここへ訪れたことがあるのではないか…という、一つの過去の可能性に過ぎない話ではあるが、今では自分なりにそのように解釈している。


      もう一つ自分でもよくわからない点は、これほどまでに驚きと懐古に満ちた印象に残る鑁阿寺の見学だったが、研修会を終えた後はなぜか満足したかのように、鑁阿寺についてはほとんど興味を示さなくなり、「たしかに説明がつかないおもしろい体験だったなぁ」程度の認識で、それ以上あまり気にすることなく、むしろその大部分を再び記憶の奥底にしまいこんだまま今日に至っている。

       

      そのため、そもそも鑁阿寺というお寺とはどういったお寺なのか、どのような歴史があるのか、などについてはほとんど知識が身についておらず(笑)、せっかくお誘いを受けて参加した研修会であるのに、目に見えた成果が得られずに恥ずかしい思いでいっぱいである。


      しかしその反面、私自身の狄瓦良分と言えるものにとってはこの上ないほどの、「魂が揺さぶられるほどの貴重でかつ稀な体験」ができたという点では、合格点をつけられる出来事であったことには間違いない。


      足利氏と言えば、*『不思議体験記3』≪インスピレーション3≫「自分の過去世」でも記載したように、早朝の半覚醒状態の時に突然、自分の過去世というインスピレーションが舞い降り、その中には足利将軍家に関係する人物名が含まれていた。

       

      *すでにまとめあげた『不思議体験記』の第3作目には、インスピレーションを受けた内容

      について詳しく掲載しており、こういった分野の話に理解のある少数の方々へすでにお渡し

      しましたが、私自身としてはまだその内容について研究中でもあり、それによって今後さら

      に多くのものが判明してから当ブログで紹介したいと思っていますので、現時点で掲載は

      見送りとさせていただきます。

       

      その者が、本当に私の過去世の者なのかを証明する術はないが、足利氏発祥の地とも呼べる鑁阿寺での今回の出来事と重ね合わせると、もしかしたら私の過去世は本当に足利家の一族として生きた時代があり、この場所を訪れたことがあったのかもしれない…ということまでに今はとどめておきたいと思う。

       

      今回の「魂の懐古の旅」という、不思議でロマンに満ちた、それでいて懐かしい出来事を1冊の心のアルバムとして、いつまでも大切に残しておきたいと思う。

       


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      【不思議体験記28】懐かしい記憶が蘇った古刹 鑁阿寺part

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        〜前回のあらすじ〜

        お世話になっている先生から、栃木の足利学校へ一緒に研修会へ行かないかい?と誘われ、私も参加させていただくこととなった。日本最古の学校と言われるだけあって、その厳粛なる雰囲気を肌で感じることができた。その後、隣接するお寺を見学した際に、私の身に予想外のことが起こったのである。

         

        ◎このお寺……知っている!
        足利学校から道路の向かい側に出ると、立派な楼門が見えてきた。そこには看板が立てられており、「鑁阿寺(ばんなじ)」と書かれていた。


        初めは、この字を何と読むのわからなかったが、鑁阿寺の「鑁」という難しい字が、何となくどこかで見覚えがあるような…と心の中で少し気になり、その後に「ばんなじ」と読むことがわかったまさにその時、まるで脳の奥から何かが湧き出てくるかのように、ある記憶がよみがえってきた。

         

        私「このお寺……知っている!」

         

        当然のことながら、鑁阿寺というお寺を初めて見るばかりでなく、名前をどう読んでいいかもわからず、いやそれどころか今日初めてこの場所を訪れたにもかかわらず、「このお寺を知っている」などという感覚が急に脳裏をよぎったことには大きな衝撃が走った。


        少し説明が難しいが、例えばこれは雑誌やテレビなどで紹介されていたものを、何気なく「どこかで見たことがある」というような単純なものではなく、実際には今日初めて来たけれども、実はずっと遠い昔の時代にもここを訪れたことがあると言えるような、かつて経験した記憶が潮流となってあふれ出てくるような感覚だったのである。


        楼門の手前には堀がめぐらされているのだが、この堀を見た時に、さらに記憶がよみがえってきた。

         

        私「ここの堀を(楼門に向かって左側の堀を)眺めていたことがある!」
         

        不思議なことに、楼門に向かって左側の堀の一部が視界に入った時に、「以前にこの堀の付近に立っていた」という記憶がよみがえり、この堀を眺めていた自分がいたことを思い出したのである!

         

        ただ、この記憶は断片的なもので静止画を見ているようなものであり、もっと詳しい具体的な状況はどんなものだったのかまでを知るには至らなかった。

         

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        鑁阿寺の楼門。この門の両側には堀があるが、なぜか向かって左側の堀を眺め

        ていた自分が過去にいたことを思い出した

         

        先を行く会員御一同はすでに楼門をくぐり、本堂の方へとまっすぐ進んで行く中で、私はその後方で一人、「この懐かしい感覚は一体何なんだ!?」と、心の中で驚嘆していた(笑)。

         

        ◎本堂の内部が…⁉

        しかし、驚いてばかりでは日が暮れてしまうので、会員御一同の後を急ぎ足で追いかけてようやく本堂までたどり着くと、多くの参拝者で行列ができていたが、その行列を見た時に、またここでも懐かしい記憶がよみがえってきたのである。

         

        私「あの中(本堂の中)に入ったことがある!中に入って拝んだ(祈祷した)

          ことがある!ああ、でも普通の参拝者は中には入れないのか」

        あの中に入ったことがある…!?

         

        もちろんのこと、本堂を見るのが今日初めてであり、そして言うまでもなく、中に入ったことなどあるはずもない。なぜそのような思いが湧き起こったのか、自分でも全く理解することができなかった。

         

        さらに驚いたことに、本堂の外観を斜めの角度からしばらく眺めていた時のことである。なんと、あろうことか本堂の内部の様子が、だんだんと透けて見えそうになってくるではないか!

         

        「あれ!? 中が見えそうにな…」と、ここで一瞬目をつぶってしまったが、その後はもう内部の様子は見えなくなってしまった。

         

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        本堂正面。多くの参拝者でにぎわっていた

         

         

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        本堂をこの角度から見た時に、あろうことか内部が透けて見えそうになった

         

        何なんだコレは…一体何が起こっているんだ?……と、まるで異次元ワールドにでもいざなわれたようだった。

         

        ※partへ続く

         


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        【不思議体験記28】懐かしい記憶が蘇った古刹 鑁阿寺part

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          ※今回の体験記は、今から14年ほど前に古刹を訪れた際に起こった、

          過去(過去世とも言えるかもしれない)の記憶が突如としてよみがえった

          不思議なお話です。

           

          ◎研修会に誘われたのが事の発端だった

          当時、私は自治体の歴史編纂事業に携わっており、数多くの貴重な歴史資料の整理や保存をはじめ、現場調査や執筆原稿の編集作業などで多忙な毎日を送っていた。


          そんな中、私と一緒に編纂事業に携わっておられた元学校の教員で歴史学者でもあり、郷土史にも大変お詳しい先生が、このたびご自身が所属されている郷土史の研究会で研修会を企画し、栃木県足利市にある足利学校へ見学に行くということで、「よかったら一緒に行かないかい?」と、私にお声掛けをしてくださった。


          「足利学校」という名前を聞いたのはこの時が初めてであったが、まず思ったのは足利市に建てられたからそう呼ぶのだろうという何とも単純な発想から、学校と呼ぶだけあって子供たちが学業や武芸の鍛錬などに日々励んでいた歴史ある学校なのだろうという思いと、やはり足利という名がついているだけあって、もしかしたら足利将軍に何らかのゆかりのある学校なのではないか、などと推察していた。


          これはのちに調べてわかったことだが、足利学校とは下野国足利荘(現在の栃木県足利市昌平町)にあった平安初期もしくは鎌倉時代に創建されたとされている(創建についてはいまだ正確な時代が判明していない)日本最古の教育機関であり、入徳門や学校門、杏壇門の三門をはじめ孔子廟や庭園等も含めておよそ5,500坪の敷地がある国指定史跡である。


          室町時代の関東管領だった上杉憲実が学校の再興にあたり、多くの書籍を寄進したほか、儒学を中心として易学、兵学、医学なども重視され、明治5年をもって廃校に至るまでの間、約3,000人もの学生を輩出したと言われている。


          また、国の日本遺産審査委員会から、史跡足利学校跡を含む「近世日本の教育遺産群−学ぶ心・礼節の本源−」として、平成27年4月24日に※「日本遺産」に正式に認定された。

           

          ※地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを

          「日本遺産(Japan Heritage)」として文化庁が認定するもの

           

          今でこそ、調べてみてこれほどまでに歴史がある学校だったのかと驚いたほどだが、研修会に行ったあの当時は事前の下調べを全くしておらず、予備知識ゼロであり、先生からのお誘いとあらば行ってみようかという程度の軽い気持ちだった。


          こうして私は、先生をはじめ郷土史研究会の方々と共に研修会に参加することとなったのである。

           

          ◎日本最古の学問の地へ
          研修会当日は穏やかな天気で、申し分のない見学日和となった。

           

          足利学校に到着すると、まずその「土地」自体が持っている静けさと表現してもいいような、非常に落ち着いた独特の空気感が流れているのを感じることができた。

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          足利学校の案内板。大正10年の国の指定史跡時には、すでに東側の半分ほどが

          小学校となっており、近年において史跡の整備を進めて東側部分を江戸時代中期

          の姿に復元したとある

           

           

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          学校門をくぐる会員御一同

           

           

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          足利学校の周囲はとても落ち着いた雰囲気に包まれている

           

          この学校は、儒学を中心とした教えだったため、儒学の祖である孔子を祀った孔子廟が奥に建てられている。

           

          儒学とは、倫理思想を軸とする道徳的な統治により、礼節を重んじて相手を敬い、身につけるべき徳を「修徳」して平和的な秩序国家を築けるように説かれたもので、思想や信仰を体系化した学問である。


          こうした仁徳を備えるため、過去数百年間に渡って人々の間で培われてきた知恵や知識、そして受け継がれてきた学問の思想というものがこの地に根ざしており、その思想倫理観をもとにして「学び舎」をつくりあげてきたと言っても過言ではないぐらいに、厳粛なる雰囲気を肌で感じることができたことを今でもよく覚えている。


          周辺の環境も綺麗に整備され、駐車場の横には地元の物産品を販売している施設も併設されており、石畳が敷かれた大通り沿いにはランチやカフェなども楽しめる店も立ち並んでいるので、見学者を飽きさせないものとなっている。

           

          ◎次に向かったお寺でまさかの出来事が…

          さて、足利学校の見学を一通り終え、では次に隣接しているお寺にもお参りに行きましょうということで、一同そのお寺に向かうこととなった。

           

          そして、そのお寺の前まで来た時のことである。

           

          まるで、私の心の奥底に今までずっと眠っていた「過去の(過去世の)記憶」とも言える懐かしいものが突如としてよみがえるという、全くもって奇想天外な出来事が私の身に起こったのである。

           

          ※part△愨海

           


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          【不思議体験記27】神社参拝で起こった案内板の謎part

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            〜前回のあらすじ〜 part,呂海舛

            紅葉シーズンの最中、情緒ある静かな神社へと1人で車で参拝にでかけた私。その神社の入口に、「駐車場は右→」との案内看板があり、そのまま進んで駐車。そして参拝も済ませ、再び車に乗って神社を後にしようとしたまさにその時、目を疑うような光景が飛び込んできたのであった。

            ※スマホ版で閲覧すると写真がズレてしまっていたので修正しました。

             

            ◎右方向だけだった矢印が、なぜか左側にも!?

            駐車場を出ようと車を走らせた時だった。道の途中にあった駐車場の看板がチラッと目に入ったのだが、そこであることに気がつき、あまりの驚きに車を急停止させてこう叫んでしまった。


            私「ええ!? 左方向にも赤い矢印がある!なんで?駐車場って、2ヵ所あったの?」

             

            そんなばかなと思いつつ、左方向へと矢印が指し示す方向を見てみると、たしかに駐車場…と言えばそうなのだろうが、そこには車1台分が停められる程度の、一見すると見落としてしまいそうなスペースが空いていた。


            たった今停めていた右側の駐車場に入る時も、この1台分の空いたスペース付近を通過してきたのに、全く気がつかずに素通りしてきたのである。

             

            そもそも、看板には右方向の赤い矢印しか書いてなかったはず…だが、最初から左方向にも矢印が書いてあったというのか…!?


            いやいや、それはなかった。しっかりと確認したが、書かれていたのは右方向の矢印だけだったため、左側を一切気にすることなく、迷わずにこうして右側の駐車場へと進んで車を停めたのである。


            読者の声「…あの、クニさん、きっとそれはね、よくある見間違いってやつですよ」

             

            と、今これを読んでいる方々の淡々とした心のつぶやきが聞こえてきそうで簡単に論破されそうなのだが(笑)、下に掲載した看板写真の向かって左側のものを見ていただくとわかるように、これだけハッキリと太くて赤い矢印が左右両方向に書かれているものを、「左方向の矢印だけを見落とす」ことなど果たしてあるだろうか……。

            DSCF1906.JPG

            駐車場の案内看板。左右両方向しっかり

            と赤い矢印が書かれている

             

                     

             

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            私が最初に見たように、左方向矢印を

            消し、右方向だけに加工した看板。

            最初からこの状態だった……はず(笑)

             

            しかもすでにpartで書いたように、井戸端会議をしていたおばちゃん2人が立ち去った後にこの看板を発見したが、その際には車を停車していた状態であり、じっくりと看板を見る余裕もあったので、決して矢印を見落とした、あるいは見間違えたとは到底思えないのである。

             

            矢印を見落とす余地がない状況なのに、それを見落としてしまうとは一体…。「どう考えても右方向だけだったよな。左方向の矢印は最初からなかったよな」と、何度思い返してもそれしか答えが出なかったのである。


            ◎「神域」という神の意が働く空間
            おかしいなおかしいなと、何度も首をかしげながら帰宅の途についたが、しかしよく考えてみれば、1台も車が停まっていない右側の駐車場に車を停められたことにより、絶好のインスタ映えスポットとも言えるほどの綺麗な紅葉をその場所でじっくりと見られた、という点ではとても気持ちがいい出来事であったことは言うまでもない。


            もちろん、左側の駐車スペースに車を停めても何ら問題はなかったが、やはりどうせ停めるなら間近で紅葉が見られる広い場所の方がいいだろうということで、「左側は気にせずに右に行け!」という神意の計らいごとを示して下さったのかもしれないな、という自分なりの解釈に落ち着いた次第である。


            この日は私1人で参拝に訪れていたため、他に同行者がおらず、これ以上の詳しい様子を説明できないのが残念なことだが、みやびな紅葉を堪能しながらの、ちょっと不思議でうれしい神社参拝の出来事であった。
             


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            【不思議体験記27】神社参拝で起こった案内板の謎part

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              ※今回の話は、今から3年ちょっと前の紅葉シーズンに、とある神社を訪れた際に

              起こった不思議で奇妙な体験記です。

               

              各地では多くの方が観光名所に赴いて賑わいをみせる11月の紅葉シーズン。

               

              私は、団体ツアーで観光地に赴くということではなく、地味といえば地味になるが、1人静かに情緒ある神社へとお詣りに出かけていた。

               

              これまでに、福島県白河市にある総鎮守「鹿嶋神社」には何度か足を運んだことがあり、厳かな雰囲気を感じさせる社殿をはじめ、境内に堂々とそびえ立っている樹齢1000年とも言われるご神木には圧倒されたほどであった。

               

              さらに、社殿から斜め裏手へと続く小道を進んで行くと、古代の祭祀場跡だったという「磐座」があり、神聖なる大岩が立ち並んでいる。さすがに総鎮守と名のつくことはあるなと、その威厳と信仰の尊さをうかがわせるものである。

               

              そこで、白河以外にも総鎮守と名のつく神社は他にもあるのかなと思い、近隣の神社をネット検索してみると、白河から車でおよそ1時間のところに鎮座する須賀川総鎮守「神炊館神社」の名前が出てきた。

               

              はじめ、この神炊館という読み方を「かみたき…かん?」だと思っていたが、説明文を見ると「おたきや」と読むのだった。

               

              私「これ、おたきやって読むの?へぇ〜珍しいな。どういう謂れがあるのだろう」

               

              そんな疑問を持ちながら、ならば一度はお詣りに出かけてみるかと思い、場所を確認して行ってみることにした。

               

              ◎参拝を終えていざ帰ろうとしたまさにその時…

              市内の街通りをまっすぐつらぬく新町街道から、西へ一本裏手の通りに位置するこの神社は、ご祭神の建美依米命が新米を炊いて天地の神々に捧げたという事跡に始まり、室町時代には須賀川城主だった二階堂為氏が、信州諏訪神を合祀したことから「須賀川のお諏訪様」としても親しまれているという。あの俳聖、松尾芭蕉もここを訪れたことがあり、歴史ある古社として名が残っている。

               

              これまでにも、市内の大きな道路は車で何度も走行したことがあるため、特に迷うことなく現地に到着した。大きな鳥居の付近まで車を走らせると、おばちゃん2人が立ち話をしていたので車を停め、そのおばちゃんたちの井戸端会議を邪魔しないよう、ほんのしばらくそれを眺めていると、私の車が神社の方へ入ろうとしているのに気がついたようで、申し訳なさそうに軽く頭を下げてその場を離れて行った。

               

              すると、ちょうどその後方に駐車場を示す看板が立っており、赤い矢印で右方向にを示していた(この赤い右方向の矢印が今回の話のポイントとなる)。

               

              私「ふむふむ、駐車場は右側か」

               

              と、そのまま進んで行くと思わず「おぉ〜」と声が出るほどの美彩な紅葉が広がっており、私の車以外は停まっておらず、恐縮ながらもその景色を独り占めさせてもらった。

               

              車を降り、紅葉を眺めながら参道の方へと歩いて行くと、そこもまた色とりどりの綺麗な景色が広がっていて、まるで訪れた参拝者を歓迎してくれているようにも思えるものだった。


              鳥居の前には「七五三祭」の大きな看板が掲げられ、家族連れが数組参拝に訪れていた。参道途中には、松尾芭蕉が須賀川を訪れて数日滞在したことが記してある「奥の細道碑」や、残念ながら倒壊してしまっていたが、境内には当時の会津城主だった上杉景勝公寄進の石鳥居も置いてあった。


              そして拝殿に着き、祝詞(他の参拝者もいたので小声で)をあげ、自己紹介をし、特にお願い事はしなかったが、今日初めて参拝に来させていただいたことや、素晴らしく風情ある神社に感動したことなどを心の中でお伝えした。


              その後は、境内をぐるっと回りながらあちこち見学し、気持ちのよい波動を全身に浴びたおかげか、心身ともにとてもリラックスすることができた。

               

              さて、そろそろ帰ろうかと思い、紅葉のきらびやかなシャワーが降り注いでいると言ってもいいような参道を再び歩きながら車へと戻り、駐車場を後にしようとしたまさにその時、ここに来る前とは変わった現象が目に飛び込んできたのだった。

               

              ※part△愨海

               


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              【不思議体験記26】行方不明事件で浮かび上がった数字の謎

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                ※今回の記事は、平成28年に北海道で起こった男児の行方不明事件についての

                 不思議な体験記です。

                 

                ◎不可解な行方不明事件が発生
                平成28年5月、北海道七飯町の林道で小学2年生の男児が行方不明となる事件が発生し、連日のようにテレビで報道されていた。


                男児の父親によると、しつけの一環として車で林道に置き去りにした後、5分ほど経ってから戻ってみると、もうそこには男児の姿は見当たらなかったという。

                 

                このわずかな時間で起こった奇妙な行方不明事件は、世間を騒がす大ニュースとなり、警察や消防、そして自衛隊らが100人以上の態勢で捜索にあたっていたが、結果的には現場から約4km離れた陸上自衛隊駒ヶ岳演習場内にある自衛隊宿舎で無事保護された。


                男児を診察した医師によると、わずかな低栄養状態や脱水症状はあるものの、目立った外傷はなく、命にも別状はないという。

                 

                生存報道に世間は安堵したわけだが、しかし一方では行方不明から発見されるまでの手がかりについて、男児の親や関係者などがそれぞれ食い違う内容を述べるなどの、少々不可解と思われる部分があらわになる面も見受けられ、行方不明事件とは名ばかりの、我々の知らないところで何か裏工作が企てられていたのではないか、などという報道も一部でなされていたほどだった。


                そんな憶測が飛び交う中、まだ男児が発見されていない時に見ていたニュース番組の最中に、私の身に不思議な現象が起きたのだった。

                 

                ◎頭の中に浮かび上がった数字の「7」の意味とは

                その日も朝から行方不明の男児についてニュースをやっており、私は朝食をとりながらそれを観ていたのだが、アナウンサーが現在の状況を伝えている場面が映し出された時に、私の頭の中に突然、数字の「7」が浮かんできたのである。


                突然浮かんだ数字の7……正直なところ、この体験記シリーズにも書ききれないほどの、このような「突然何かが頭に浮かぶ」という事例が日常的に頻繁にあるのだが、重要なところはそこでとどまるのではなく、むしろその後のことである、と私は思っている。


                つまり、頭に何かが浮かぶという、脳の機能として特段に変わったことではない、正常な思考の範囲内のことだけではなく、脳の思考領域からはずれた未知の部分において、一体どのような意味があってそのキーワードが頭に浮かんだのか、あるいはどんなメッセージが含まれているのかなど、「直感的な思考」「未知なる必然的な現象」の双方に何らかの共通する関連性が見出せるまで、出来る限りではあるが推察してみようといつも試みている。


                そういった点を踏まえ、では今回頭に浮かんだ数字の7に関係するものはどのようなものがあるのかを挙げてみると、まず行方不明になった男児が小学2年生の7歳ということや、北海道七飯町の七という地名など、7に関するいくつかの共通点があり、もっと詳しく調べればこの他にもさらに出てくるのかもしれないが、現時点で思い当たるものはこの程度だった。


                そこで、頭に浮かんだあの瞬間を、もう一度頭の中で再現するかのようにイメージをし、意識を集中させてみると、「…これは7歳の7じゃない。7日間、あるいは7日目に何かがある。発見」という意味がピタリとくる感覚が出てきたのである。


                7という数字から、7日間または7日目という関連性を導き出すことができたが、では実際にそれはいつになるのだろうかということで早速確認をしてみた。

                 

                まず、男児が行方不明になったのが5月28日、そしてこの数字が頭の中に浮かび上がった日が6月3日であり、この日数をカレンダーで数えてみると…。

                 

                私「1、2、3…7日……え!? 、7日目って、今日だ!」

                 

                となったのである。

                 

                ◎ニュース速報が流れる

                おお、これはもしかしたらこの後に何か急展開が起きるかもしれないな、と思いながらそのまま朝食をとること20分、するといきなりテレビの画面上には、「ピッピ、ピッピ」という音と共にニュース速報の文字が現れたではないか。

                 

                まさか……本当に行方不明事件のニュースなのかと思いつつ、内容を注視していると、「北海道 山林で不明 男児保護」の文字が書かれているではないか!

                 

                私は思わずそれを見て、「おお、無事保護されて良かったねー」という言葉と同時に、「直感的な思考」と「未知なる必然的な現象」について、偶然では説明がつかない、やはり何らかの結びつきがあるのではないかということを目の当たりにした瞬間でもあった。

                ◎これと似た現象が私の父にも…
                このブログで紹介している『不思議体験記』シリーズの中で、「家族の不思議体験」と題し、私の父がこれまでに体験してきた「予知能力」ともとれる現象などを計7つほど挙げたが、掲載について父から承諾をもらったのはそのうちの1つだけであり、残りは未承諾のため、おおよそのあらすじ程度にまとめたものを記載するにとどまった(その記事はこちら)。


                その記事を読んでいただくとわかるように、実は父も今回の私のように「未来に起こるかもしれない出来事が頭の中に映像(または断片的な描写)として浮かび上がる」という現象を以前から体験しており、私がその事実を知ったのは数年前のことである。

                 

                もしかしたら、こういった不可思議ともとれる一種の現象(あるいは能力のようなもの)は、親子間で遺伝的な要素も関係するのかもしれないので、今後もその相関関係に注目していきたいと思っている。

                 


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                【不思議体験記25】茶の間に現れた小さなシャボン玉

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                  今から4年前のお盆の時期に起きた不思議な話を1つ。

                   

                  お盆に姪っ子たちが遊びに来て、1泊して帰って行った。

                   

                  帰った後、私は家族と共に茶の間でテレビをみていたのだが、ふと気がつくと、なんと上から(天井あたりから)直径2ミリほどの小さなシャボン玉がゆっくりと落ちてくるではないか!私はそれを右手の手のひらで受け止めた。

                   

                  ちょうど側にいた父や母にも見せたが、やはり驚いた様子だった。

                   

                  何もないところから、突如としてシャボン玉が現れるとは一体どんな現象なのだろうか。今もって謎の出来事であった。

                   

                   

                  【補足】

                  何も無い空間から、いきなり小さなシャボン玉が落ちてくる……

                   

                  なぜ?なんで?という、疑問しかわき起こらない不思議な現象を体験しました。

                   

                  毎年お盆の時期には、姪っ子たちが来て1日中遊んだ後、1泊して帰っていきます。その年も姪っ子たちが来て、まさに怒涛の如く、家中をちらかしながら遊びまくり、1泊して楽しんで帰っていきました。

                   

                  そんな、まるで嵐が過ぎ去ったかのような静かな茶の間で、家族と一緒にテレビをみていた時のことです。

                   

                  ふと私の視界の上方(テレビをみていた目線のやや上あたりぐらい)で、一瞬キラリと何かが小さく光ったように見えました。

                   

                  「何だ今のは?」と思いながらそのまま上を見上げると、透明で小さな球状のものが、ゆっくりと下に落ちてくるではありませんか。私はそれを右手で受け止めて(手のひらに乗せて)よく見てみると、なんとそれは小さなシャボン玉だったのです!

                   

                  私「えぇ⁉ なんでシャボン玉が落ちてきたの?…はぁ?」

                   

                  おそらくは、天井の照明器具の付近から落ちてきたのではないかと思われますが、そこから私たちが座っている下のテーブルまでの空間には、何もありません。

                   

                  もう少しその時の状況を振り返ってみると、例えば通常考えられるシャボン玉が生成されるような物理的なもの(石けんや洗剤、のり、泡状のもの、ストローなど)も、茶の間には置いておらず、だれもそこでは使っておりません。

                   

                  何もない、そしてもちろんのこと誰もいない天井・照明器具の付近から、突如としてシャボン玉が落ちてきたのです。

                   

                  側にいた父と母にも見せたところ、当然ながら「…なんで?」ということになったことは言うまでもありません。それからしばらくすると(だいたい30秒ほどは手のひらに乗っていたでしょうか)、シャボン玉は静かに消えたのでした。

                   

                  まあこれに関しては、お盆という時期でもあるということを考えると、ご先祖様たちもあの世からこちらの世界に来ており、姪っ子たちが帰って行ったのを見て、ご先祖様たちもあちらの世界にそろそろ帰ろうとしていたのかもしれません。

                   

                  その帰り際に、「今年も楽しかったぞ。また来るからな」いう私たちへの挨拶の意味も込めて、キラリと輝くシャボン玉を落としてくれたのかもしれないな〜、なんて思っております お願い

                   


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                  【不思議体験記24】アシュタールが語った私の使命と過去世part

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                    ※前回のあらすじ

                    いよいよ巡ってきた私の順番。アシュタールの言葉を聞きもらさぬようにと必死にメモを取る中、当初の質問とは別に、私の過去世についてもアシュタールの方から話をしてくださった。そこには、全く予想もしていない驚くべき過去世の数々があり、さらに私を守護するアセンデッド・マスターについても語られたのであった。  

                     

                    ア「あなたには、グレートティーチャーがついています。今、あなたのうしろにい

                      ます。それは、※6クトゥミカスミと呼ばれている方と、※7ババジです。

                      あなたは、これからも可能性を開いていきます。栄養を分け与えることを自分

                      から始めていくのです。それに、今のあなた自身は、しっかりとアセンション

                      の道を歩いています」

                     

                    ※6…クートフーミとも呼ばれるアセンデッド・マスターの1人。サナトクマーラ

                       と同様、金星から来たと言われる
                     

                    ※7…マハアヴァター・ババジ。パラマハンサ・ヨガナンダ著の『あるヨギの自叙

                       伝』によると、ヒマラヤの奥地に数世紀にわたって現存する神人で、あらゆ

                       る元素の原子を自由に結集してどんなものでも物質化でき、一瞬にして黄金

                       の宮殿を建てたという逸話が掲載されている。キリストと霊交を行い、自ら

                       の肉体もその意思によってあらゆる場所に出現させることができるとされる


                    今までにグレートティーチャーという名は聞いたことがあるが、この私にそういった高次元の存在がご指導くださっているとは想像もしていなかった。

                     

                    てっきり私としては、「日本」に馴染みのある、どこぞの神社でご縁をいただいた神様、あるいは仏様やお不動様などにお護りいただいているのだろうと勝手に決めつけていたが、クトゥミ、そしてババジといった名前をここで初めて聞いた時、正直なところ全くイメージがわかなかった。

                     

                    この方たちは果たしてどのような存在なのか、どのようなお役目を持たれている方たちなのだろうかとも考えていた。さらにアシュタールからの言葉が続く。

                     

                    ア「あなたがこの人生において……ババジのような覚醒の段階へ到達することは…

                      そこまでは不可能でしょう…。しかし、光の栄養素を分け与えるのです。周囲

                      の人たちにそれを分け与えることにより、霊的能力もますます開花していくこ

                      とでしょう。愛と慈悲を体現し、魂を向上させることができれば、あなたは、

                      ティーチャーの資格が与えられるでしょう」

                     

                    のちにババジとカスミという名を調べてみると、私にはもったいないほどの、愛と叡智を人類に授けてくださる神の次元に存在している方たちだとわかった。

                     

                    そして、光の栄養素を人々に分け与えることによって霊的能力もますます開花していき、愛と慈悲を体現して魂を向上させれば、ティーチャーの資格が与えられるとのことだった。

                     

                    このティーチャーやマスターなどといった、名前の定義や区分の仕方をネット検索などで調べると、表現する者の認識やとらえ方によって、偏りが多く見られる場合が多いと感じた。

                     

                    スピリチュアル的に広くその用語が汎用されており、私自身としても明確な定義を持っているわけでもないため断定はしないが、少なくとも霊的次元での指導者的領域に達する存在であろうと解釈している。

                     

                    そしてアシュタールは、ババジからのメッセージをこのように伝えてくれた。

                     

                    ア「ババジがこのように言っています。私たちと共にいらっしゃい、と。私たちと

                      共に歩いて行こう、と。そしてこれからのあなたに、どうぞ祝福があります

                      うに」


                    そう言うと、テリー氏は深々と頭を下げられ、感謝の意を表してくださった。

                     

                    その姿は清廉で、とらわれがなく、必要なことを伝えるべくして伝えたという、1つの役目を果たされた「愛の伝道師」ともとれる姿だった。私も同じように、心から感謝の意を表した。

                     

                    こうして、ババジからのメッセージを最後に、私のセッションは終了したのであった。

                     

                    ◎これまでの私の人生観とこれからの使命感

                    この日のセッションを終えて自宅に戻ってきてから、これまでの人生観や今日の内容などをゆっくりと振り返ってみた。

                     

                    実際に私はこれまでに、いわゆるスピリチュアル的な世界については、俗にいう「不思議体験」が子供のころからあり、そして今日に至るまで、この未だに解明できない分野について自分なりの考察や探究を、現在も継続して行っている。


                    しかし、現代科学をもってしても解明できない、こういった不思議な現象の分野において、一個人である私自身が果たしてどこまでやれば解明の糸口が見つけられるのだろうか…。その先の答えはわからない。
                     

                    なぜなら、スピリチュアルの世界において、「答え探しの探究を重ねれば重ねるほど明確な証拠が現れる」などという保証は、一切無いと言えるからである。

                     

                    それに、多くの者たちはみな「自分の五感を通じて初めてそこに物質として存在していることを認識する」ことに他ならないわけだが、そもそもが物質的要素として証明することが不可能とも言われるスピ系や不思議な現象の「非物質的」な世界に対して、「物質的に何とか証明したい」という唯物思想自体が、観念の相違を露呈していることに他ならないからである。

                     

                    ゆえに、これは究極の困難な道を歩むことになるということは、容易に想像ができるだろう。

                     

                    しかしながら、その困難と言われる道を、実はずっと昔から、私は歩み続けてきたのかもしれない。

                     

                    思い起こせば、私はスピリチュアルの世界について、これまでずっと1人で抱え込んで孤独に生きてきた人間だった。周りの人たちは、こういった分野については個人的に興味があるか・ないかという程度の判断基準で区別してしまいがちで、あまり理解が得られないことが何度もあり、友人にさえ不信がられることもあった。


                    だが、今だからこそ思えるのは、不思議な現象を証明することは「無駄な努力ではないのか?」とも思えてしまうこれらのことは、実は何一つ無駄な要素は無く、むしろ自分にとっては必要な「探究の過程」でもあり、例え他人に不信がられようとも心のどこかでは「価値ある大切な世界観であるのだ」と、なぜか信じ続けることができた。


                    その価値ある世界観をずっと大切にしてきた信念こそが、実は「自分への愛」の証でもあったのではないだろうか、とさえ思えてきたのである。
                     

                    これまでの自らの行いを信じることによって、自分への愛の証を見つけることができ、同時に「心の存在価値」として自分自身を大いに認めることができた、という考えに至ることができた。これこそが、唯物思想をはるかに超える「自己愛の実現」という、私に課せられた大きな使命でもあったのだ、ということにも気がつくことができたのである。


                    ババジという高次元に存在する方から、「共に歩いて行こう」というメッセージをいただいたことがどれほど素晴らしいことだろうか。そう考えるだけで、心の奥から喜びを感じることができ、「私の魂の使命をしっかりと果たさねば!」という意欲も不思議とこみ上がってきたのである。


                    また、アシュタールからのメッセージにもあったように、今後の私が取り組むべき人生のテーマは「愛と慈悲を体現する」ということが明確に判明したので、これまで以上にさらに深く人生の探究を重ねながら、自らの魂を日々向上させていくように努力していきたいと思う。
                     

                    そして、愛と慈悲を体現していつの日か「ティーチャー」という光輝く存在となれるよう、未来の私に、今ここで、祈りを捧げたいと思う。

                     

                    (完)

                     


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                    【不思議体験記24】アシュタールが語った私の使命と過去世part

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                      ※前回のあらすじ

                      高次元の存在であるアシュタールにチャネリングを開始したテリー氏は、いろいろな悩みや問題を抱える参加者たちの心を読み解き、一人一人に丁寧にその解決策を示してくれた。その様子に涙ぐむ者も出るほどだった。1人約10分程度のセッションが滞りなく進められて行く中、ここでついに私の順番が巡ってきたのだった。

                       

                      ◎いよいよ巡ってきた順番 − 自分でも驚くその内容とは

                       

                      通訳「では次の方です。私のこれからの魂の使命ということについて、質問を

                         された方はどなたでしょうか?手を挙げてお返事をお願いします」

                       

                      というアナウンスが会場内に流れた。まさか私と同じ質問をしている人はいないだろうなと思いつつも、やっとその時が巡って来たのだというワクワク感を若干抑えながら、テリー氏に向かって手を挙げて返事をした。


                      フルトランス中のテリー氏は、目をつぶったまま一切あけずにメッセージを伝えるため、「ハイッ!」という返事を聞いて本人確認をする。

                       

                      私の返事を聞いたテリー氏は、ゆっくりと顔をこちらに向けた。その閉じられたまぶたの奥では、私という人間を、いや、それだけではなく、その奥にはどんな魂が眠っているのかを、じっくりと見通しているようだった。

                       

                      そしてしばらくの沈黙のあと、力強くこう語り出した。

                       

                      ア「あなたは、素晴らしい人生です。そして、素晴らしい質問です」

                       

                      次に、テリー氏は何かを考えるような感じで、幾分の間をおきながら、このように話を始めた。

                       

                      ア「……人生には、大変困難なことがあります。それが生きるということです…。

                        しかし、あなたにはパワーがあります」

                      その言葉を聞いたとたん、今までに経験してきた苦しくてつらい出来事がいくつか頭に浮かんだ。まるで、私の「人生苦」を一瞬で見抜いたかのように、アシュタールが放ったその言葉は、しみじみと、それでいて1つの重みがこめられていた。

                       

                      だがその点については、これまでに自分なりの「勤行」というほどのものではないにしろ、心の反省・浄化ということを実践してきたおかげなのか、すぐに気持ちを切りかえることができた。

                       

                      そういった過去の思いから私を見守るかのように、こう続けた。

                       

                      ア「あなたの内側には、ドラゴンがいます。とてもパワフルです。それは愛のエネ

                        ルギーでもあります。内側のエネルギーを信じなさい。内側の声を聞きなさい」

                       

                      内心、「ズバリとその一言を言われた」と思った。実は、私の順番が回ってくるまでの間に、ふと※5「白龍様」のことを頭に思い浮かべており、まさか龍についてまで言われることはないだろうなと思っていたが、「そこまで見抜いてしまうのか!?」と思うぐらいのまさかの展開に、メモ帳に書き留めていた手を思わず止めてしまった。

                       

                      そしてこの後も、私が全く予想もしていなかったことが、アシュタールの口から次々と語られたのであった。

                       

                      ※5…夢の中に白龍様が現れ、アドバイスをくださったことがあった。詳細は下記

                         の記事に掲載→白龍様 現る part part

                       

                       

                      ◎私の過去世と今生の魂の使命

                      今回の個人的な質問事項の中で、できることなら「自分の過去世」についてもお聞きしたいと思っていたが、前記したように主催者側より「質問はできるだけ一行程度(短文)の内容で」とのことだったため、1人あたりの限られた時間も考慮すると、やはり複数の質問は無理だろうなと、なかば諦めていたところだった。

                       

                      だがなんと、この直後にまるで私の心を見透かしているかのように、アシュタールから思わぬ言葉が返ってきた。

                       

                      ア「……あなたは、今までに数々の転生があります。多くの過去世があります」

                       

                      私としては突然のことで驚くと同時に、なかば諦めていた過去世の内容について、アシュタールの方から直々に話をしていただけるとは思ってもみないことだった。そしてこの後、アシュタールの口から私の驚くべき過去世が次々と語られた。

                       

                      ア「あなたは、レブリアンです」(※通訳の発音上、このように聞こえた)

                       

                      当初、私は「レブリアン」と聞いて、シリウスやプレアデスといった「星」の名前だとばかり思っており、私の魂の故郷はレブリアン星という所なのかと認識していたが、あとからよく考えてみると、このレブリアンとは「レムリア」のことを指すものであり、それからすると私は「古代レムリア人」であるということがわかった。

                       

                      そして、続けざまにアシュタールはこう語り出した。

                       

                      ア「チベットで、僧をしていました」

                      私(チベットで僧…。お坊さんだったのか。たしかに、神や仏は好きだな)

                       

                      ア「バチカンでは、法位でした」
                       私(バチカン…。ローマのことか。ローマで法位と言ったら、ローマ法…王!?)

                       

                      ア「アフリカ大陸では、司祭でした」
                      私(司祭って、たしか大きな帽子をかぶって、杖をついて…)

                       

                      ア「アボリジニで、首長」
                       私(また古い時代が来たな。アボリジニって、先住民のことだったな)

                       

                      ア「エジプトでは、ファラオでした」
                       私(…ファラオと言えば、エジプトの王…って、ファラオ!?…ファ!?)

                       

                      必死にメモ帳に書き留めていた手をやめ、驚きのあまり顔をあげてテリー氏の方を見ると、そこには目をつぶったままのとても冷静で落ち着き放っている姿があり、かつ淡々とした様子で、私の方に顔を向けていた。

                       

                      それと同時に、私の過去世を聞いていた参加者の数名が、まるで頭の上に「!」マークでもついているかのように、驚いた表情で私を見ていた。

                       

                      そんな会場の空気を気にすることもなく、テリー氏は少し笑みを見せながらこう続けた。

                       

                      ア「そしてこの豊かな日本を選んで生まれてきました。あなたは、文化の担い手で

                        す。これからは、自分の家庭に根ざした生き方をしていくのがいいでしょう」

                       

                      豊かな日本を選んで生まれてきたということは、この日本でやるべきことがあるのだろう。自分の家庭に根ざした生き方というと、「結婚して家庭を築きなさい」ということなのだろうか!?うむむ…。

                       

                      ア「人類が成長するために、この地上にあかりを灯すのです。あなたには、これま

                        での転生で培ってきた教養が身についています。そして、あなたには1つの明

                        確なことがあります。それは、光と愛をもたらすことです。愛を現すことです。

                        愛の養分を土にまぜ、愛を育てるのです。それを自分から与え、世界を愛の庭

                        にしていくのです」

                       

                      この言葉を聞いた時に、実は私自身がこれからの生き方の中でテーマとしていた「愛について学ぶ」ということと、ピタリと当てはまったことを告げられたのだ。考え方が一致したことに、まさに的を射られた思いだった。

                       

                      さらにこれだけでは終わらずに、この後も全く予想もしていなかったことをアシュタールはこのように語り出したのだった。

                       

                      ※partイ紡海

                       


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                        ※前回のあらすじ

                        緊張しながらも当日に会場入りした私は、テリー氏から発せられる柔らかいオーラのようなもので緊張感がほぐされ、リラックスすることができた。その後も続々と参加者が集まっていよいよセッションが始まると、テリー氏の頭の部分から、透明な高波動のエネルギーが放たれているのを見ることができた。ついに、アシュタールが降臨する時を迎えたのだった。

                         

                        ◎「フルトランス状態」で全てを見抜く − 高次元からの貴重なメッセージ

                        テリー氏がアシュタールに「入れ替わる」までの、いわば儀式的所作が終わるまで、会場内は沈黙に包まれていた。

                         

                        おそらく今回の参加者の中には、これまでにもすでにテリー氏のセッションを受けたことがある方が何人かいるのだろうと思ったが、私と同じように今回が初見という方は、この後に一体どんなことが起こるのだろうかと、好奇心ありありの眼でその様子をうかがっていたことだろう。

                         

                        そして、その沈黙を一変させるかのように、テリー氏は突然、開口一番このように語り出した。

                         

                        ※以下、フルトランス状態のテリー氏が語る言葉は全てアシュタール自身の言葉であるため、

                         アシュタールの言葉を「ア」と表記する。なお、下記文中内の会話内容などは、セッショ

                         ン中に私がメモ帳に記録した内容をもとにしている

                         

                        ア「ホーホッホッホ、私の小さな子供たちよ。皆さんに祝福を」

                         

                        ……何だ今のは!? 声が明らかに太く、そして低い。先ほどの女性らしい声はどこにいったのか!? 何がどうなったのかと呆気にとられてしまうほど、テリー氏が急におじいちゃんに変身した瞬間だった(笑)。

                         

                        品のある女性が、急におじいちゃんのような声でホーッホッホと高らかに笑うその変貌ぶりに、この様子を初めて見る者はみな度肝を抜かれたようだった。

                         

                        その後、「この部屋の中心にボルテックスをつくる」と言い出すと、いきなりテリー氏は腕を大きく振り上げ、「ホーーー!」だの「ヒューーー!」だのと、会場内に響き渡る奇声ともとれる声を上げながらエネルギーポイントをつくり出した。私は内心、「隣の部屋を使っている人たちに不審がられやしないだろうか?」などと心配してしまった(笑)。


                        このボルテックスとは、訳すると「渦巻き」ということだが、宇宙のエネルギーがアシュタールを通じ、まるで渦を巻くかのようにして、この部屋に降りてくることを意味しているのだろう。

                         

                        ◎個人的な悩みであってもそれは多くの人が同じく悩んでいる

                        さて次に、申し込み時に事前申告をしていた個人の質問コーナーへと移った。

                         

                        通訳の方が順番に個人の質問を読み上げ、該当する者に対してアシュタールがアドバイスやメッセージを伝えてくれる。


                        ここではプライバシーの関係もあるので詳しくは書けないが、参加者の質問の中には、恋愛や結婚をはじめ、仕事、今後の人生についてなど、それぞれが抱える悩みや問題を少しでも解決できれば、という思いが込められたものが多かった。

                         

                        ただこれが、グループセッションという形式上の1つの特徴とも言えるのだが、プライバシーを含む個人的な質問やアシュタールからのメッセージを、通訳の方がマイクを使って話をするため、会場内の参加者全員がそのやりとりの内容を聞くことになる。


                        しかしこれが悪いわけではない。他人が抱える悩みや不安であっても、実はどこかで、自分自身にも当てはまる可能性があるからである。

                         

                        そういう観点からすると、他人の悩みや不安を自分に置き換えて、そこから少しでも問題解決へのヒントが得られるよう、その言葉を理解することにも大きな意味があるのだろうと思える。


                        アドバイスを受けた方の例を挙げると、「あなたには観音菩薩がついています」と率直に言われた女性が、何か思い当たるふしがあったのだろうか、涙ぐみながら耳を傾けて話を聞いていたり、ある人には「あなたを守護する存在は※4サナトクマーラであり、その彼から今あなたに、身にまとうマントが授けられています」と言葉をかけると、テリー氏が席を立ち、実際には目に見えないがその方にマントを肩にかけるしぐさをする場面もあった。


                        また、「そこに席を並べて座っている三人の女性は、今日ここに来たのは偶然ではなく、過去世の○○時代の○○(実際にその場所を告げた)において三姉妹だった方々です。このセッションが終わった後にでも、よくお互いに話をしてごらんなさい。今の時代においても、共通する部分が多いことに気がつくことでしょう」などと、具体的にその人しか知りえない部分や、関わりのある存在、そして時代遍歴なども伝えてくれるのだ。

                         

                        ※4…近代神智学において、1850万年に金星からやってきたとされる霊的指導者。

                           ゴビ砂漠上空に存在するとされる亜界に、シャンバラという地球のエネルギ

                           ーセンターを発生させ、そこに住んでいるという。京都の鞍馬寺にも由緒が

                           ある

                         

                        その他の方たちにも、同様にさまざまなアドバイスを伝え、本人しか知らない内情を見抜いて解決法を話し、今生での生き方の道しるべを与え、そして涙ぐむ女性に共感するように涙ぐむ女性も出てきたりと、みんなそれぞれの人生を、それぞれが一生懸命に頑張って生きているんだなと、聞いている私自身も深く感銘を受けた。

                         

                        アシュタールから語られる言葉を聞き逃さぬようにと、みながメモを取る中、時間にして1人約10分程度という短時間のセッションは滞りなく進められていった。


                        そして、ここでようやく私がメッセージを受ける順番が回ってきたのだった。

                         

                        ※partい愨海

                         


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                        【不思議体験記24】アシュタールが語った私の使命と過去世part

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                          ※前回のあらすじ

                          お気に入りのブロガーさんがアップしたDr.テリーサイモンズ氏のグループセッションの記事を見て、私も機会があればぜひとも受けてみたいと思い、早速HPで日程を確認して申し込みを完了させた。待ち遠しい日々をおくりながら、いよいよ当日を迎えたのだった。

                           

                          ◎にこやかな笑みで参加者の緊張をほぐすテリー氏

                          さて当日、緊張しながら会場に入ると、すでに半分以上の参加者が席に座っていた。

                           

                          受付を済ませ、空いている席に座って正面を見ると、なんとテリー氏がすでに座っておられた。テリー氏は、会場入りする参加者一人一人を笑顔で見つめていた。とても品があり、好感がもてる印象だった。

                           

                          緊張していた私は、テリー氏から発せられるそのやわらかい波動のようなもので、固くなっていた心を解きほぐされたような気分になり、落ち着きを取り戻すことができたことを今でも覚えている。

                           

                          その後にも続々と参加者が集まり、ようやく全員がそろった頃に主催者からの挨拶が始まった。続いてテリー氏が席を立ち、私たちに向かってにこやかにほほ笑み、やさしい声で挨拶をされた。

                           

                          テリー氏の隣には通訳の方がおり、私たちにわかりやすいように、即座に言葉を伝えてくれた。というのもテリー氏は、片言の日本語は話せるものの、そのほとんどは英語であり、通訳の方がいなければ私のように英語のヒアリングが苦手な者は、一体何をしゃべっているのか皆目見当もつかないままセッションが進んでしまうのだ。

                           

                          この通訳の方とテリー氏の2人のやりとりが、見事なまでに息がピッタリと合っていた。聞いている私たちに何らストレスを感じさせず、時間のロスもなく、とてもスムーズに進行した。

                           

                          当日の参加者は17名(女性15名、私を含む男性は2名)で、定員よりも2名多かったという影響もあったのか、本来のスケジュールを変更し、個人の質問コーナーから優先的にセッションを始めることとなった。

                           

                          アシュタールへチャネリング!そこで見えた透明な波動

                          そしていよいよ、テリー氏がアシュタールとチャネリングを始めるための精神統一を開始すると、会場内には静けさが訪れた。

                           

                          その時だった。私の席からはテリー氏がほぼ正面に見えたため、その様子を目を離さずにじっと見ていると、テリー氏の頭の部分から、まるで仏様の後光がパアーッとさすような、透明な波動とも言えるエネルギー体が見えたのだ。

                           

                          私(うわ、今の波動はすごいな!これがアシュタールのエネルギーなのか)

                           

                          テリー氏の後ろには窓があり、そこからは隣の建物の白い色の壁が見えていた。背景が白色だと、オーラなどのエネルギー体が見やすくなるため、ほぼ正面からのポジションと背景の白い壁という、好条件も重なったおかげでよく観察できたこともあり、明らかに周囲とは違う高いエネルギーの波動が形成されていたのをとらえることができた。

                           

                          そして、ついにこの後に、我々の目の前にアシュタールが「降臨」したのだった。

                           

                          ※partへ続く

                           


                          記事をお読みいただきありがとうございます

                          【不思議体験記24】アシュタールが語った私の使命と過去世part

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                            ※今回から複数partとして掲載予定の【不思議体験記24】は、今から3年ほど前に受けた

                             グループセッションでの出来事を記録したものです。そこでの私自身に関するチャネリ

                             ングについて、非常に印象深い内容であったため、長編とはなりますが詳しく掲載しよ

                             うと思っています。

                             

                            私は普段から、スピリチュアル関連のブログ等をよくチェックしている。

                             

                            これらのブログの数は膨大なものがあり、例えばチャネリングで守護天使からメッセージを受けたものを紹介していたり、神社・仏閣を巡ってきた写真、愛や勇気、そして人生のよりよい生き方などをテーマにした内容など、その他多岐にわたる内容が満載である。

                             

                            ただ、これらを一つ一つ閲覧していては途方もない時間を要するため、この中から読みやすいものや構成内容が整っているもの、また今の自分に必要な言葉やシンクロした内容などが書かれたものをブックマークしている。

                             

                            その日も、お気に入りのとあるブログを閲覧していると、その方自身がグループセッションに参加してきた内容が掲載されており、写真もいくつかアップされていた。

                             

                            どのような内容かというと、Dr.テリー・サイモンズ氏(以下:テリー氏)という女性チャネラーの方が、※1「フルトランス状態」になり、高次元に存在している※2「アシュタール」という※3「アセンデッド・マスター」と交信し、その人に必要なメッセージを届ける、というものだった。

                             

                            ※1…チャネリングをする存在と自分の意識が完全に交代した状態をいう。テリー氏

                               はこの状態の際、自分の意識は光に包まれた状態になっているという


                            ※2…キリストやブッダらとともに宇宙に平和をもたらす高次元の存在であり、巨大

                               な宇宙船「スター・オブ・アシュタール」の司令官として、11次元に存在し

                               ているという

                             

                            ※3…アセンデッド(上にのぼった)マスター(極めた者、覚者)の意。天界にいる

                               高尚な魂で人々を導く存在。そのほとんどは過去に人間として地上に生まれて

                               きたとされている

                             

                            テリー氏はアメリカのオレゴン州生まれで、子供の頃からスピリット能力が目覚めており、この頃から高次元の波動を感じていたというが、それがアシュタールであることはまだわからなかったという。成人してからは教員資格を取得し、公立学校で15年間教壇に立った経験もあり、形而上学ドクターという側面も持つ。

                             

                            瞑想中に多くのスピリットたちがテリー氏のもとを訪れ、共に語りたがっていることに気づき、実はそれらのゲートキーパーとなっていたのが、偉大な叡智をもたらすアシュタールという存在であったという。それから本格的にアシュタールとの交信が始まり、トランスチャネラーとして世界各地で精力的に活動を始めることになったそうだ。


                            また、この地球上には正式にアシュタールとチャネリングができる人間は26名存在していると言われ、その中でも最も有名な「レディ・アシュタール」と称されているのが、このテリー氏なのである。

                             

                            ◎思い立ったが吉日
                            このブログを見てテリー氏を初めて知った私は、いつの日か機会があればぜひとも一度はセッションを受けてみたいと思い、主催団体のホームページから日程を確認してみると、なんと(この日程を確認した日から)約2週間後に、仙台でグループセッションが行われるではないか。なんという抜群のタイミングだろうか。ぜひともこの機会を無駄にはできないと思った。


                            それに、テリー氏は知名度も高くて人気があるため、ホームページでセッション日を公開すると、それほど日を置かずに締切になる場合もあるとのことなので、これは早いに越したことはないと思い、自分のスケジュールなども調整し、ウェブサイトで必要事項を記入して申し込みを行った。

                             

                            この申し込み時に、当日にアシュタールへ1人1つまで質問が受け付けてもらえるのだが、主催者側から「質問はできるだけ一行程度にまとめてください」とのことだった。一行という何か文字制限があるような短文的な言葉で、一体何を聞けばいいのかと悩みそうな感じではあるが、不思議と自分の心の中では決まっていたかのように、すんなりと思い浮かんだ。


                            それは、「私のこれからの魂の使命」というものだった。よし、これでいこうと決め、手続きも済み、主催者より当日の案内のメールも無事届いた。

                             

                            こうして、仙台市内にあるビルの一室を会場にして、テリー氏のグループセッションが行われたのだった。

                             

                            ※part△愨海

                             


                            記事をお読みいただきありがとうございます

                            【不思議体験記23】タマゴの不思議

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                              前回の【不思議体験記22】家族の不思議体験の中で、妹が経験した不思議な体験談を紹介したが、今回の内容もそれに付随するかのように起こった出来事である。

                               

                              それは、妹が1人目と2人目を出産する際の、ともに約2〜4ヶ月前というなぜか同じ時期に限って頻繁に起こったことなのだが、我が家ではスーパーで普通に売られている1パック150円〜程度で購入できる卵をよく買ってくる。

                               

                              この卵を、朝食で卵焼きや目玉焼きをつくる時に割ってみると、普通の卵は黄身が1つだが、前記した妹の出産前の時期にだけ、パックの中の数個ほどの卵からなぜか黄身が2つあるものが頻繁に出てきた、という現象が続いたのであった。

                               

                              この時の様子を、当時の私が雑記的に記録しているノートにこう書かれていた。

                               

                              「朝、目玉焼きをつくろうと思い、卵を割ったら黄身が2つある双子の卵だった。それを見た母が「あら、昨日は卵を4つ割ったうちの3つが、黄身が2つだったよ」というではないか。ダブルラッシュだ。と、そういえば思い出したのだが、妹が1人目を産む数ヶ月前にも、同じように卵を割ると黄身が2つある卵がでたことがある。いま2人目がおなかにいるが、あの時と(1人目の時と)同じようなことが続いている。何か関係があるのか?」

                               

                              これが書かれていた日付は、妹の出産の4ヶ月前のことだった。いつも通りにスーパーで買ってきた卵から双子の卵が出てきて、母に関しては4つを割ったうちの3つが双子の卵だったことには驚きである。

                               

                              3つが双子の卵って…つまり、フライパンに卵を3つ割った時、黄身がそれぞれ2つずつあるので、全部で6つもの黄身がフライパン上にあることになる。想像しただけで「スゴイねこれ!」となるが、しかしその反面「…大丈夫なんだよねコレ…」と、普段ではあまり見ない珍しい光景に少し心配にもなりかねないことである(笑)。

                               

                              さらに、この日だけ双子の卵が出てきたのではなく、この日から数日間にかけて、新たに買ってきた別のパックからも、卵を割ると同じように双子の卵が出現したのであった。

                               

                              また別の手記にはこう書かれていた。

                               

                              「昨日、母が妹の家(妹が嫁いだ家)の近くのタマゴ屋に行って買ってきたら、それがほとんど黄身が2個入りだった。もちろん、そういう飼育方法ではない」

                               

                              これは出産の2ヶ月前のことである。この時は、卵の販売所に行って卵を買ってきたそうだが、ここでは採れたての新鮮な卵が買えるということで、特別に黄身が2つある卵だということで販売しているわけではない。

                               

                              しかも、上記の2つの私の手記は、妹が2人目を出産する時のものであり、思い起こせば1人目の出産の時もこれとほぼ同じようなことが起こっていたのである。

                               

                              黄身が2つある卵をネット検索してみると、それを「二黄卵」といい、産卵を始めたばかりの若鳥にみられるもので、その中でもわずか1%程度の確率でしか二黄卵を産まないそうだ。そのため、人為的に産ませることは非常に困難であるという。


                              ただ、1パックの中にいくつも二黄卵が入っている場合は、養鶏所では卵の大きさを揃えるために同じ日齢の鶏を一度に入れ替えるため、その際にちょうど産卵を始めたばかりの若鳥が集まっていると、その中の卵からは二黄卵のものが産卵される確率が増えるということである。


                              このことから考えれば、スーパーでたまたま買ってきた卵が、産卵を始めたばかりの若鳥が産んだ卵が集中し、偶然にもそれが妹の出産時期の数ヶ月前と重なった時期に私たちが購入してきた、とも考えられる。

                               

                              だが、例えばこれが1年を通じて何回かの割合で二黄卵がよく出る、というならば話はわかるが、確率的にわずか1%しか産まない二黄卵を、その時期だけに限って、しかも新たに購入した別のパックからも数日間にわたって、こんなにも頻繁に現れるものなのだろうか……。

                               

                              また、すでに掲載した家族の不思議体験partの記事にも書いたように、妹が見た夢の中に「身の丈が約50mもある巨大な白い蛇」が現れたが、弁財天様のお使いが白蛇と言われており、そこにお供えするものが生卵である。巨大な白い蛇、そして卵…妹とその子供たちは、もしかしたら弁財天様と何か関係が(ご縁が)あるのかもしれない。

                               

                              ちなみに、この卵がきっかけで妹は双子の子供を産んだ、などということは無かったことを付け加えておく。

                               


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                              【不思議体験記22】家族の不思議体験part

                              0

                                <妹の体験談◆簗瓦妨修譴慎霏腓頁鮗悗帆鯵櫃韻鬚靴浸匐

                                この<妹の体験談◆笋鮟颪い討い觧点(※当時)で、すでに妹には2人目の子供が生まれた時だったが、この話は少しさかのぼって2人目を妊娠したのが判明した頃に、ちょっと不思議な夢を見たことを私にこう話してくれた。

                                 

                                妹「あのね、この子(2人目)を妊娠したのがわかった時にね、夢に白い大き

                                  な蛇が出てきたんだよ」

                                 

                                私「白い蛇が?へぇ〜、何かのお告げかもしれないね」

                                 

                                妹「その蛇の長さが40〜50mぐらいあってね、胴体の太さがだいたい50
                                  儖幣紊呂△辰燭痢その時にね、誰かに「(白い蛇の背中に)乗ってみろ」
                                  って言われたんだけど、気持ち悪くて乗れなかったの」

                                 

                                私「長さが50m!? そんなに長い蛇だったの!? すごいねそれ」

                                 

                                妹「その蛇にね、金太郎の前掛けのようなものをした子供が乗ってたの。それ
                                  を見た時にね、「これは絶対に男の子が生まれるんだ!」って思ったの」

                                 

                                この話を聞いた直後、私の頭の中には、妹が言っていた「白い蛇」のイメージが浮かび上がった。普通は金太郎といえば、「ま〜さか〜りか〜ついで金太郎〜♪」と、だれもが聞いたことがある有名な童謡でお馴染みの、勇ましい男の子を思い浮かばせるが、その時の私のイメージはどうもそれとは違ったものだった。

                                 

                                私「その金太郎のような前掛けをした子供…それってさ、男の子のように思う

                                  けど、その子ね……きっと女の子だよ」

                                 

                                妹「えっ、そう?わかるの?」

                                 

                                私「金太郎のような前掛けをしてたら普通は男の子だと思うんだけど、どうも
                                  ね、その白い蛇からは「おんなであるぞ」っていうものが伝わってくるん
                                  だよね」

                                 

                                妹「ふ〜〜ん………」

                                 

                                私の言葉にいささか疑問を抱いていた妹だが、その後の検診で本当に女の子であることがわかった。その後のお腹の赤ちゃんは順調で、無事に出産を迎えた。

                                 

                                白い蛇が連れてきた、金太郎のような前掛けをした男の子のような女の子。この子がどんなふうに成長するのか、将来が楽しみである。

                                 


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                                【不思議体験記22】家族の不思議体験part

                                0

                                  <妹の体験談 簗瓦埜た内容が現実と一致する

                                  次に妹の体験談である。病院で看護師をやっている妹は、結婚をして娘がおり、仕事と育児におわれて忙しい日々をおくっている。

                                   

                                  そんな妹と、久しぶりにカフェでコーヒーを飲む機会があり、まだ小さい娘も連れて私と3人でいろいろと雑談をしている中、このようなことを話し出した。

                                   

                                  妹「そういえばね、仕事に行く前に家で仮眠をとるんだけど、その時に夢を見

                                    る時があるのね。その多くが、先生(執刀医)が手術をしている様子とか

                                    病院内での夢なんだけど、その夢で見たことが、その後になぜか決まって

                                    ほとんど同じことが現実に起こるの」

                                   

                                  私「夢と同じことが起こったの? それってさ、正夢とか予知夢ってことだよね」

                                   

                                  妹「おそらくそう思う。もうね、だいたい20回以上はそういうことがあるの」

                                   

                                  私「20回以上も!? その夢のほとんどが、現実に同じことが起こったの?」

                                   

                                  妹「そう。ほとんど全部がそうなの」

                                   

                                  当時、妹は交代制でオペ室に勤務しており、時間のある時は家で仮眠をとってから病院にむかったそうだ。その仮眠中に、一種の「正夢」ともとれる夢を見る時が多いという。

                                   

                                  オペ室では、毎日のように患者やケガ人などの手術に立ち会っていて、そこで手術を担当した先生の姿や動き、そして周囲の様子などが、なぜか夢で見た内容とほとんど同じことが起きるのだという。

                                   

                                  しかも、これまでに20回以上もそれを体験しているのだという。

                                   

                                  この回数の多さにも驚いたが、父に続き、妹までもが「予知」に関する出来事を体験しているとは…。

                                   

                                  ※Partに紊梁慮鈎漫畋格圈曚愨海

                                   


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                                  【不思議体験記22】家族の不思議体験part

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                                    <父の体験談 笋△療貽本大震災を予知していた⁉
                                    私の父は、普段は寡黙だがいったん酒が入るといつもの口数の何倍もの勢いでしゃべり出すという、ある意味で陽気な生態系をもっている。定年後はタバコをやめ、酒も極力控え、ゆったりとした隠居生活をおくっている。

                                     

                                    そんなある日、私と父が2人で茶の間でテレビを観ていた時だった。その時は、おそらく震災関連の話をしていたと思われるが、その会話中、私がこれまでに思っていた父親像とは全く異なる、想像もしていなかった衝撃的なことをこのように話し始めた。

                                     

                                    父「しかしそう言えば、あれはほんとにおかしな出来事だったんだけど、急に

                                      頭の中がグワンってなってな、家中がものすごく揺れ出したんだよなぁ」

                                     

                                    私「……はぁ?」
                                        
                                    父が突如として言い放ったこの言葉に、私は何のことかさっぱりわからず、これでもかというほど父の顔を凝視していたが、その言葉を言った父でさえも、よく理解ができていないという様子でこう続けた。

                                     

                                    父「いやな、あの地震が起こる前の年に、隣のAさん(大工さん)の家がきれ

                                      いに(新築)出来上がったよな。それでたまたま用事があって、Aさん家

                                      に行ったんだよ。そしたら、どうぞどうぞって家の中にあげてもらってな、

                                      広い茶の間とかすごい太い柱とか見せてもらったんだ。さすが大工さんの

                                      家だなぃって思ったな」

                                     

                                    私「え? 隣のAさん家のことなの? …それでそれで?」

                                     

                                    父「その太い柱を見せてもらってた時にな、急に頭の中がグワンっていう感じ
                                      になって、場面が変わったんだよな。そしたら、その柱とか家の中が(頭
                                      の中で見えている映像が)、ものすごく揺れ出したんだよ。あらら、これ
                                      は大きな地震なんだなって、すぐわかったな」

                                     

                                    私「地震!? なにそれ、地震の予知でもしたの?」

                                     

                                    父「……今思えばそうなんだな。そして、その時にAさんにこう言ったんだよ

                                      「あのね、来年か再来年ぐらいに大きな地震が来て、この家もかなり被害が

                                      でるかもない」ってな」

                                     

                                    私「言ったの!? 新築の家なのにそんなこと言ったの!? すごい度胸だよそれ」

                                     

                                    父「そしたらな、苦笑いしてたわ。そんな冗談やめてくださいよってな (笑) 」

                                     

                                    私「当たり前だわ(笑)」

                                     

                                    父「でもな、ほんとに次の年に大地震が来たからな。まあ、Aさんもビックリ
                                      したと思うぞ」


                                    事実、父の予知?通り、Aさんにこの話をした翌年に大震災が起こり、Aさんの家の壁には大きなヒビが入るなどの被害が出た。そして震災後に、Aさんが父と会った時に、「いやぁ、あの時の話がほんとになっちゃいましたね…」と、冗談と思っていたことがまさか本当に起こってしまったことについて、少し複雑な様子を見せていたという。

                                     

                                    父が見た(頭の中に映像として現れた)未来の出来事が、現実として実際に起こったことを考えると、これは「予知能力」の1つと思われるが、私としてはまだこの時点では半信半疑といった認識だった。

                                     

                                    だが、驚くのはその後だった。もしかしたら私の父は、「一種の能力者なのではないか!?」とさえ思ってしまうほどの、「予知」ともとれる体験をいくつも語り出したのだった。

                                     

                                    しかし、ここで残念なことが1つあるのだが、私が父に「こういった予知のような不思議な出来事を他人に話をしてもいいか」と尋ねると、「いや、あんまりそれは話さないでほしいな」と断られてしまった。

                                     

                                    その理由を聞くと、まずはやはり、こういった話は他人には信憑性が疑われることであり、現実として実際に起こった出来事ではあったとしても、どうしても不信を招くおそれがあることを父もよく理解していたのだ。そのため、私たち家族にすら、今まで口を堅くして話をしなかったのだという。その気持ちはよくわかる、むしろ私も全くの同感だ、と納得した。

                                     

                                    ただし、この<父の体験談 笋瞭睛討砲弔い討蓮△垢任卜戮硫箸梁膵さんであるAさんもこの事実を知っていることと、父から一応の内諾を得た意味でも掲載したが、その他の話については父から承諾を得ていないため、詳細については省略したいと思う。

                                     

                                    それと同じく、母からも「金縛り」に関して体験談を聞いたのだが、これも承諾を得られていないため、掲載を省略する。とりあえずは、父と母から聞いた話の簡単な内容を、下記に紹介するまでにとどめておきたい。

                                     

                                    <父の体験談◆とある監禁事件で、犯人と被害者の様子が頭の中に浮かび、場所

                                            も特定した。その後のニュースで全く同じ内容が放送された。

                                     

                                    <父の体験談>野球の試合で、打席に立ったバッターがホームランを打つ姿が見

                                            え、何打席目でホームランを打つかまで予知した。


                                    <父の体験談ぁ工場で勤務中、動くはずのないクレーンが突然動いたように見え、

                                            翌日にそのクレーンが落下し、危うく事故を招くところだった。

                                     

                                    <父の体験談ァ大震災の1年ほど前に、とある場所で土砂崩れが発生した夢を見

                                            る。その場所が、大震災で被害にあった場所と一致した。

                                     

                                    <父の体験談Α妹が結婚する数年前に、結婚相手の男性の名字が頭に浮かぶ。そ

                                            して妹が実際に結婚した相手の名字がまさにそれだった。

                                     

                                    <父の体験談А次の大地震が来る地域は……。
                                     

                                    <母の体験談 夜中に金縛りになると、いつもだれかの気配を感じる。

                                     

                                    ※partK紊梁慮鈎未愨海

                                     


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                                    【不思議体験記22】家族の不思議体験part

                                    0

                                      実は正直なところ、私自身がこれまでに経験した不思議な出来事を綴る【不思議体験記】に、まさか私の家族の不思議な体験談を書くことになろうとは思ってもみなかったことである。

                                       

                                      というのも、特に心霊体験やスピリチュアル系といった、どちらかというと「非日常」的なことについて、これまで家族で興味があったり話題になったりということは、私の知る限りでは(全く無かったとまでは言わないが)極めて少なかった、と言っても過言ではない。

                                       

                                      そのため、家族の中では唯一「私だけ」が、こういった不思議な現象を特異的に体験しているのであろうと当たり前のように思いこんでおり、今までの数々の不思議な体験を、家族どころか周囲の友人知人にさえも公言することを避け、心の中にずっとしまい込んできた。

                                       

                                      ところが、私としては考えにも及ばなかった、父や母、そして妹までもが、実はそれぞれが少なくとも心霊的およびスピリチュアル系の「謎」や「不思議」といった現象を、これまでに幾度か体験していたことが判明し、言うなればこの全くもって「予想外」とも言える事態に、初めはとても困惑してしまった。

                                       

                                      家族の不思議な体験を知るきっかけとなったのは、東日本大震災から3年以上が経過したあたりの、かなり落ちつきを取り戻してきた時期だっただろうか。家族での会話中に、昔の出来事についての思い出話をすることもあり、その話の時々に、これまで家族内ではほとんど語られてこなかったスピリチュアル系の話を、ふいに口に出すようになってきたのである。

                                       

                                      当初はかなり戸惑っていた私だが、しかしその話を聞いているうちに「…まてよ、これって意外におもしろいかもしれないな」と考えが徐々に変わり、また同じ「不思議体験」という部類の話でもあり、そして実際に私が聞き取りをした内容でもあるため、ここまでのものならば書き綴っておこうかという思いになり、掲載することにした。

                                       

                                      まずは、父の体験談からである。

                                       

                                      ※part△愨海

                                       


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                                      【不思議体験記21】真冬の空に現れた未確認飛行物体

                                      1

                                      これは今から3年前の12月、だいぶ日が沈み、あたりが暗くなってきた時のことであった。

                                       

                                      部屋にいた私は、軽くストレッチでもしながら外の空気を吸ってこようかとふと思い立ち、庭に出た。

                                       

                                      肌に刺さるような冷たい空気ではあったが、少し体を動かし始めるとだんだんと体温があがり、日頃の運動不足解消にもちょうどいいと思い、そのまま続けていた。

                                       

                                      そして、ストレッチをしながら体をそらして空を見上げた時だった。

                                       

                                      なんと上空には、一点に輝く「光の玉」が浮かんでいるではないか!

                                       

                                      上空といっても、通常の飛行機が飛んでいる高度よりもかなり低い位置にあり、全く点滅もせず、それに飛行の際のエンジン音もしなかったため、明らかに飛行機とは違うものだった。

                                       

                                      この光る球体の大きさは、例えば飛行機の点滅ランプと比べてみると、それよりもおよそ3倍近い大きさはあるであろうというもので、白色灯のように白ではなくやや黄色っぽい色で、自宅上空から東南の方向へスーッと無音のままゆっくりと流れるように移動していた。

                                       

                                      私はとっさに「カメラと…ええと、そういえば(家の中に)母がいたな、よし、証人も必要だな」と思い、家の中へ駆け込んだ。


                                      まずはデジカメを取りに部屋へ行ったが、少し慌てていたせいか簡単に取り出すことができず、このままでは時間がかかってしまうと感じたため取り出すことをやめることにした。

                                       

                                      携帯のカメラで撮ろうとしても、当時は古いガラケータイプを使用していたため、特に日が沈みそうな暗い空では鮮明に撮影することができないことを知っているのであきらめるしかなかった。


                                      ならば、すぐに母に伝えようと思い、私が「ちょっと、早く早く、UFOがいるから早く来て」と母に言うと、またおまえは変なことを言ってるな、みたいな半分困惑した表情をして、仕方がないなぁという感じで外に出た。


                                      そして上空を見ると、先ほど発見した位置からかなり移動はしていたが、その存在を、私も母も、ハッキリととらえることができた。


                                      「……何あれ、ずっと光ってるわ。飛行機じゃないね。なんかゆらゆらしてるみた

                                        いね」


                                      そうなのである。直線的にまっすぐ進んでいるのではなく、よく見るとわずかに左右にゆらゆらと揺れながら進んでいるのである。

                                       

                                      飛行高度も低く、かつ無音状態でこんな飛び方をする飛行物体は今まで見たことが無かった。そのまま東南方向に移動を続けていたこの光る球体は、次第に視界から消え去っていった。


                                       

                                      【補足】

                                      今にして思えば、外は夕方の寒空だというのに、なぜその寒空の下でストレッチでもやろうかとふと思い立ったのだろうか…と、その時点から首をかしげてしまうような出来事でした。

                                       

                                      庭に出た私は、最近は運動不足でもあったため、それを解消する意味も込めて(まあ、この程度では運動不足解消にはならないことはわかってはいるのですが)軽くストレッチを始めました。そして上体を後ろへ反らした際に、上空の一点に煌々と光る球体が浮かんでいることに気がつきました。

                                       

                                      私「…? 何だあれは?」

                                       

                                      初めは飛行機だろうと思いましたが、しかしよく見るとその光は全く点滅もせず、飛行機の点滅灯と大きさを比べてみても、明らかに数倍はあろうかという大きさなのです。

                                       

                                      さらに、飛行機やヘリコプター特有のエンジン音も聞こえず、その機体すら無く、光の球体が無音状態のままゆっくりと飛んでいるのです。

                                       

                                      私「…あれは飛行機じゃない!UFOか⁉」

                                       

                                      とっさにそう思った私は、カメラを持ってくるために早速部屋に戻って引き出しを開けようとしましたが、こういう時に限ってなぜかその手前に荷物が置いてあったり、引き出しから取り出すのに手間取ったりと…。

                                       

                                      必要な時に限ってスムーズにいかないっていう「あるある話」の法則を、きっと皆さんも経験がおありだと思いますが 汗

                                       

                                      カメラを持ち出すのにこれ以上時間をかけたくなかったので、仕方なくそこで諦め、せめてこのことを自分以外の人にも証人として見てもらおうと思い、母に声をかけて庭に連れ出しました。

                                       

                                      私「いた、あそこ、あれ見て!」

                                       

                                      庭に連れ出された母の表情は、「…UFO?まさかそんな…」的な、それはもう不信感丸出しで私を見ていたわけですが(笑)、本当に球体が上空を飛んでいることを確認した時には、さすがにちょっとビックリしていました。

                                       

                                      しかも、さっきは気がつかなかったのですが、左右にゆらゆらと小さく揺れながら飛んでいるのです。

                                       

                                      そのまま、かなり日が沈んで暗くなってきた夜空へとスーッと消えていった謎の光る球体を、私と母はしっかりと目に焼き付けるように見つめていました。

                                       

                                      この様子を写真や動画に残せなかったことが惜しかったな〜と心残りがありますが、今後もしも同じような出来事があった場合にはしっかりと記録に残せるようにし、そしてUFOらしきものが撮影できた時には、このブログでも掲載したいと思っております 顔

                                       


                                      記事をお読みいただきありがとうございます

                                      【不思議体験記20】今は亡き愛情深い親方さんpart

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                                        〜前回のあらすじ〜

                                        実際に私が見た親方風男性霊について、所員の皆さんへ話すべきか、それとも黙っておくべきか…。随分と悩んだ日々を送ることになったが、仕事で現場調査に出かけた際に、所員に思い切ってそのことを話してみた。

                                         

                                        するとなんと、その親方風男性霊の風貌からして、かなり以前に事務所で働いていた、今は亡き元男性所員のAさんとそっくりだというではないか!

                                         

                                        ついに、親方風男性霊の正体が明らかになったのである。

                                         

                                        ●生前のAさんの残存思念を読み取る

                                        振り返ってみると、私がこの作業を最初に始めた時は、数十年前の古いファイルからとりかかっており、その一部分は当時Aさんが携わっていたと思われる業務内容を綴じこんだファイルでもあった。

                                         

                                        そのせいか、当時のAさんの「思いの塊」ともいうべきものがそのままファイルに残されており、私自身が知らないうちにそれに触れたことにより、表に現れて人物像を映し出したのかもしれない。

                                         

                                        こういった、かつての思いの不思議な現象について、非常に興味深い記述を見つけることができた。

                                         

                                        それは元福島大学教授で、現在ではカウンセリングルームを開いている飯田史彦さんの著書『ツインソウル』の中に、このように書かれていた。

                                         

                                        「地上には、数え切れないほどの、「かつて、その場所に存在した人間たちの思念のかたまり」が満ちており、私たちは、潜在意識の中でスピリチュアルな能力を用いながら、それらの思念を感じ取る(それらの思念とつながる)ことができるのです(中略)。残存思念そのものは、地球や宇宙の全体に、非偏在的に(位置を特定しないで)蓄えられており、地球に存在する私たちの方が、ある条件を満たした時(たとえば特定地点に立った時)に、「その地点に関連する残存思念の情報」にアクセスすることが(つながることが)できる、というしくみが考えられます」

                                        (引用 飯田史彦著『ツインソウル 死にゆく私が体験した奇跡』 PHP出版)

                                         

                                        ここまでの話を集約してみると、実際に私が見た特徴ある親方風男性霊は、事務所で長年働くIさんの証言からもわかるように、かつてこの事務所で仕事をされていたAさんという方と、ほぼ同一人物であることが判明した。

                                         

                                        もちろん、私はこの事務所にかつてAさんという方が仕事をされていたということも全くわからなかった。

                                         

                                        それに、私はこのAさんのことを、「親方風の男性霊」という見方をしていたが、飯田さんの見解から推測すれば、このAさんは「霊」と言われるような存在ではなく、「残存思念」という存在なのではないかと、考えを改めさせられた。

                                         

                                        というのも、Aさんがかつて業務に携わっていた当時の資料やファイルなどに、Aさんの「残存思念」が時を経過してもそのまま残されており、私がそれに触れたことにより、飯田さんが書いているように「ある条件」が満たされ、Aさんの姿が目に見える形で具象化した、という解釈が成り立つからである。

                                         

                                        さらに私が、コピー機の前に現れた、2回目となるAさんの姿を一瞬とらえた時に、「所員の「心」という見えない部分に、気づきやアドバイスをメッセージとして送っているようにも感じられた」と書いたが、つまりこれも残存思念の作用として考えられるのは、「生前に、Aさんは自分の仕事のみならず、同僚である所員たちの仕事内容や進捗具合、業務の段取りなどについても気配りをされていた」という姿があったことが考えられる。

                                         

                                        そのため、その思いが残存思念として事務所に残されており、私自身が「ある条件」を満たしたことにより、Aさんの残存思念にアクセスすること(つながること)ができた、ということにもなるだろう。

                                         

                                        ●託された思いが、今もなおそこで生き続ける

                                        かつての心の思いというものが、残存思念として時を超えてもそのまま残されており、さらには人物像までも映し出すという、そういうことが現実に起こり得たことの不思議さとその仕組みには大変驚かされた出来事だった。

                                         

                                        また、一概になんでもかんでも「霊」などと簡単に分類されがちな存在の正体や性質に関しても、これまでの自分のとらえ方や解釈に、また新たな気づきを与えてくれたきっかけにもなったことは間違いないだろう。

                                         

                                        ゆえに、今回のAさんのような存在を、単なる「霊」と言われる扱い方ではなく、「残存思念」としての働きによるものである、と私は解釈している。

                                         

                                        そして、Aさんの愛情ある、心やさしい残存思念は、これからも時を超え、この事務所の所員たちをあたたかく見守ってくれることに変わりはないだろう。

                                         


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