【不思議体験記22】家族の不思議体験part

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    <妹の体験談◆簗瓦妨修譴慎霏腓頁鮗悗帆鯵櫃韻鬚靴浸匐

    この<妹の体験談◆笋鮟颪い討い觧点(※当時)で、すでに妹には2人目の子供が生まれた時だったが、この話は少しさかのぼって2人目を妊娠したのが判明した頃に、ちょっと不思議な夢を見たことを私にこう話してくれた。

     

    妹「あのね、この子(2人目)を妊娠したのがわかった時にね、夢に白い大き

      な蛇が出てきたんだよ」

     

    私「白い蛇が?へぇ〜、何かのお告げかもしれないね」

     

    妹「その蛇の長さが40〜50mぐらいあってね、胴体の太さがだいたい50
      儖幣紊呂△辰燭痢その時にね、誰かに「(白い蛇の背中に)乗ってみろ」
      って言われたんだけど、気持ち悪くて乗れなかったの」

     

    私「長さが50m!? そんなに長い蛇だったの!? すごいねそれ」

     

    妹「その蛇にね、金太郎の前掛けのようなものをした子供が乗ってたの。それ
      を見た時にね、「これは絶対に男の子が生まれるんだ!」って思ったの」

     

    この話を聞いた直後、私の頭の中には、妹が言っていた「白い蛇」のイメージが浮かび上がった。普通は金太郎といえば、「ま〜さか〜りか〜ついで金太郎〜♪」と、だれもが聞いたことがある有名な童謡でお馴染みの、勇ましい男の子を思い浮かばせるが、その時の私のイメージはどうもそれとは違ったものだった。

     

    私「その金太郎のような前掛けをした子供…それってさ、男の子のように思う

      けど、その子ね……きっと女の子だよ」

     

    妹「えっ、そう?わかるの?」

     

    私「金太郎のような前掛けをしてたら普通は男の子だと思うんだけど、どうも
      ね、その白い蛇からは「おんなであるぞ」っていうものが伝わってくるん
      だよね」

     

    妹「ふ〜〜ん………」

     

    私の言葉にいささか疑問を抱いていた妹だが、その後の検診で本当に女の子であることがわかった。その後のお腹の赤ちゃんは順調で、無事に出産を迎えた。

     

    白い蛇が連れてきた、金太郎のような前掛けをした男の子のような女の子。この子がどんなふうに成長するのか、将来が楽しみである。

     


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    【不思議体験記22】家族の不思議体験part

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      <妹の体験談 簗瓦埜た内容が現実と一致する

      次に妹の体験談である。病院で看護師をやっている妹は、結婚をして娘がおり、仕事と育児におわれて忙しい日々をおくっている。

       

      そんな妹と、久しぶりにカフェでコーヒーを飲む機会があり、まだ小さい娘も連れて私と3人でいろいろと雑談をしている中、このようなことを話し出した。

       

      妹「そういえばね、仕事に行く前に家で仮眠をとるんだけど、その時に夢を見

        る時があるのね。その多くが、先生(執刀医)が手術をしている様子とか

        病院内での夢なんだけど、その夢で見たことが、その後になぜか決まって

        ほとんど同じことが現実に起こるの」

       

      私「夢と同じことが起こったの? それってさ、正夢とか予知夢ってことだよね」

       

      妹「おそらくそう思う。もうね、だいたい20回以上はそういうことがあるの」

       

      私「20回以上も!? その夢のほとんどが、現実に同じことが起こったの?」

       

      妹「そう。ほとんど全部がそうなの」

       

      当時、妹は交代制でオペ室に勤務しており、時間のある時は家で仮眠をとってから病院にむかったそうだ。その仮眠中に、一種の「正夢」ともとれる夢を見る時が多いという。

       

      オペ室では、毎日のように患者やケガ人などの手術に立ち会っていて、そこで手術を担当した先生の姿や動き、そして周囲の様子などが、なぜか夢で見た内容とほとんど同じことが起きるのだという。

       

      しかも、これまでに20回以上もそれを体験しているのだという。

       

      この回数の多さにも驚いたが、父に続き、妹までもが「予知」に関する出来事を体験しているとは…。

       

      ※Partに紊梁慮鈎漫畋格圈曚愨海

       


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      【不思議体験記22】家族の不思議体験part

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        <父の体験談 笋△療貽本大震災を予知していた⁉
        私の父は、普段は寡黙だがいったん酒が入るといつもの口数の何倍もの勢いでしゃべり出すという、ある意味で陽気な生態系をもっている。定年後はタバコをやめ、酒も極力控え、ゆったりとした隠居生活をおくっている。

         

        そんなある日、私と父が2人で茶の間でテレビを観ていた時だった。その時は、おそらく震災関連の話をしていたと思われるが、その会話中、私がこれまでに思っていた父親像とは全く異なる、想像もしていなかった衝撃的なことをこのように話し始めた。

         

        父「しかしそう言えば、あれはほんとにおかしな出来事だったんだけど、急に

          頭の中がグワンってなってな、家中がものすごく揺れ出したんだよなぁ」

         

        私「……はぁ?」
            
        父が突如として言い放ったこの言葉に、私は何のことかさっぱりわからず、これでもかというほど父の顔を凝視していたが、その言葉を言った父でさえも、よく理解ができていないという様子でこう続けた。

         

        父「いやな、あの地震が起こる前の年に、隣のAさん(大工さん)の家がきれ

          いに(新築)出来上がったよな。それでたまたま用事があって、Aさん家

          に行ったんだよ。そしたら、どうぞどうぞって家の中にあげてもらってな、

          広い茶の間とかすごい太い柱とか見せてもらったんだ。さすが大工さんの

          家だなぃって思ったな」

         

        私「え? 隣のAさん家のことなの? …それでそれで?」

         

        父「その太い柱を見せてもらってた時にな、急に頭の中がグワンっていう感じ
          になって、場面が変わったんだよな。そしたら、その柱とか家の中が(頭
          の中で見えている映像が)、ものすごく揺れ出したんだよ。あらら、これ
          は大きな地震なんだなって、すぐわかったな」

         

        私「地震!? なにそれ、地震の予知でもしたの?」

         

        父「……今思えばそうなんだな。そして、その時にAさんにこう言ったんだよ

          「あのね、来年か再来年ぐらいに大きな地震が来て、この家もかなり被害が

          でるかもない」ってな」

         

        私「言ったの!? 新築の家なのにそんなこと言ったの!? すごい度胸だよそれ」

         

        父「そしたらな、苦笑いしてたわ。そんな冗談やめてくださいよってな (笑) 」

         

        私「当たり前だわ(笑)」

         

        父「でもな、ほんとに次の年に大地震が来たからな。まあ、Aさんもビックリ
          したと思うぞ」


        事実、父の予知?通り、Aさんにこの話をした翌年に大震災が起こり、Aさんの家の壁には大きなヒビが入るなどの被害が出た。そして震災後に、Aさんが父と会った時に、「いやぁ、あの時の話がほんとになっちゃいましたね…」と、冗談と思っていたことがまさか本当に起こってしまったことについて、少し複雑な様子を見せていたという。

         

        父が見た(頭の中に映像として現れた)未来の出来事が、現実として実際に起こったことを考えると、これは「予知能力」の1つと思われるが、私としてはまだこの時点では半信半疑といった認識だった。

         

        だが、驚くのはその後だった。もしかしたら私の父は、「一種の能力者なのではないか!?」とさえ思ってしまうほどの、「予知」ともとれる体験をいくつも語り出したのだった。

         

        しかし、ここで残念なことが1つあるのだが、私が父に「こういった予知のような不思議な出来事を他人に話をしてもいいか」と尋ねると、「いや、あんまりそれは話さないでほしいな」と断られてしまった。

         

        その理由を聞くと、まずはやはり、こういった話は他人には信憑性が疑われることであり、現実として実際に起こった出来事ではあったとしても、どうしても不信を招くおそれがあることを父もよく理解していたのだ。そのため、私たち家族にすら、今まで口を堅くして話をしなかったのだという。その気持ちはよくわかる、むしろ私も全くの同感だ、と納得した。

         

        ただし、この<父の体験談 笋瞭睛討砲弔い討蓮△垢任卜戮硫箸梁膵さんであるAさんもこの事実を知っていることと、父から一応の内諾を得た意味でも掲載したが、その他の話については父から承諾を得ていないため、詳細については省略したいと思う。

         

        それと同じく、母からも「金縛り」に関して体験談を聞いたのだが、これも承諾を得られていないため、掲載を省略する。とりあえずは、父と母から聞いた話の簡単な内容を、下記に紹介するまでにとどめておきたい。

         

        <父の体験談◆とある監禁事件で、犯人と被害者の様子が頭の中に浮かび、場所

                も特定した。その後のニュースで全く同じ内容が放送された。

         

        <父の体験談>野球の試合で、打席に立ったバッターがホームランを打つ姿が見

                え、何打席目でホームランを打つかまで予知した。


        <父の体験談ぁ工場で勤務中、動くはずのないクレーンが突然動いたように見え、

                翌日にそのクレーンが落下し、危うく事故を招くところだった。

         

        <父の体験談ァ大震災の1年ほど前に、とある場所で土砂崩れが発生した夢を見

                る。その場所が、大震災で被害にあった場所と一致した。

         

        <父の体験談Α妹が結婚する数年前に、結婚相手の男性の名字が頭に浮かぶ。そ

                して妹が実際に結婚した相手の名字がまさにそれだった。

         

        <父の体験談А次の大地震が来る地域は……。
         

        <母の体験談 夜中に金縛りになると、いつもだれかの気配を感じる。

         

        ※partK紊梁慮鈎未愨海

         


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        【不思議体験記22】家族の不思議体験part

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          実は正直なところ、私自身がこれまでに経験した不思議な出来事を綴る【不思議体験記】に、まさか私の家族の不思議な体験談を書くことになろうとは思ってもみなかったことである。

           

          というのも、特に心霊体験やスピリチュアル系といった、どちらかというと「非日常」的なことについて、これまで家族で興味があったり話題になったりということは、私の知る限りでは(全く無かったとまでは言わないが)極めて少なかった、と言っても過言ではない。

           

          そのため、家族の中では唯一「私だけ」が、こういった不思議な現象を特異的に体験しているのであろうと当たり前のように思いこんでおり、今までの数々の不思議な体験を、家族どころか周囲の友人知人にさえも公言することを避け、心の中にずっとしまい込んできた。

           

          ところが、私としては考えにも及ばなかった、父や母、そして妹までもが、実はそれぞれが少なくとも心霊的およびスピリチュアル系の「謎」や「不思議」といった現象を、これまでに幾度か体験していたことが判明し、言うなればこの全くもって「予想外」とも言える事態に、初めはとても困惑してしまった。

           

          家族の不思議な体験を知るきっかけとなったのは、東日本大震災から3年以上が経過したあたりの、かなり落ちつきを取り戻してきた時期だっただろうか。家族での会話中に、昔の出来事についての思い出話をすることもあり、その話の時々に、これまで家族内ではほとんど語られてこなかったスピリチュアル系の話を、ふいに口に出すようになってきたのである。

           

          当初はかなり戸惑っていた私だが、しかしその話を聞いているうちに「…まてよ、これって意外におもしろいかもしれないな」と考えが徐々に変わり、また同じ「不思議体験」という部類の話でもあり、そして実際に私が聞き取りをした内容でもあるため、ここまでのものならば書き綴っておこうかという思いになり、掲載することにした。

           

          まずは、父の体験談からである。

           

          ※part△愨海

           


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          【不思議体験記21】真冬の空に現れた未確認飛行物体

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          これは今から3年前の12月、だいぶ日が沈み、あたりが暗くなってきた時のことであった。

           

          部屋にいた私は、軽くストレッチでもしながら外の空気を吸ってこようかとふと思い立ち、庭に出た。

           

          肌に刺さるような冷たい空気ではあったが、少し体を動かし始めるとだんだんと体温があがり、日頃の運動不足解消にもちょうどいいと思い、そのまま続けていた。

           

          そして、ストレッチをしながら体をそらして空を見上げた時だった。

           

          なんと上空には、一点に輝く「光の玉」が浮かんでいるではないか!

           

          上空といっても、通常の飛行機が飛んでいる高度よりもかなり低い位置にあり、全く点滅もせず、それに飛行の際のエンジン音もしなかったため、明らかに飛行機とは違うものだった。

           

          この光る球体の大きさは、例えば飛行機の点滅ランプと比べてみると、それよりもおよそ3倍近い大きさはあるであろうというもので、白色灯のように白ではなくやや黄色っぽい色で、自宅上空から東南の方向へスーッと無音のままゆっくりと流れるように移動していた。

           

          私はとっさに「カメラと…ええと、そういえば(家の中に)母がいたな、よし、証人も必要だな」と思い、家の中へ駆け込んだ。


          まずはデジカメを取りに部屋へ行ったが、少し慌てていたせいか簡単に取り出すことができず、このままでは時間がかかってしまうと感じたため取り出すことをやめることにした。

           

          携帯のカメラで撮ろうとしても、当時は古いガラケータイプを使用していたため、特に日が沈みそうな暗い空では鮮明に撮影することができないことを知っているのであきらめるしかなかった。


          ならば、すぐに母に伝えようと思い、私が「ちょっと、早く早く、UFOがいるから早く来て」と母に言うと、またおまえは変なことを言ってるな、みたいな半分困惑した表情をして、仕方がないなぁという感じで外に出た。


          そして上空を見ると、先ほど発見した位置からかなり移動はしていたが、その存在を、私も母も、ハッキリととらえることができた。


          「……何あれ、ずっと光ってるわ。飛行機じゃないね。なんかゆらゆらしてるみた

            いね」


          そうなのである。直線的にまっすぐ進んでいるのではなく、よく見るとわずかに左右にゆらゆらと揺れながら進んでいるのである。

           

          飛行高度も低く、かつ無音状態でこんな飛び方をする飛行物体は今まで見たことが無かった。そのまま東南方向に移動を続けていたこの光る球体は、次第に視界から消え去っていった。


           

          【補足】

          今にして思えば、外は夕方の寒空だというのに、なぜその寒空の下でストレッチでもやろうかとふと思い立ったのだろうか…と、その時点から首をかしげてしまうような出来事でした。

           

          庭に出た私は、最近は運動不足でもあったため、それを解消する意味も込めて(まあ、この程度では運動不足解消にはならないことはわかってはいるのですが)軽くストレッチを始めました。そして上体を後ろへ反らした際に、上空の一点に煌々と光る球体が浮かんでいることに気がつきました。

           

          私「…? 何だあれは?」

           

          初めは飛行機だろうと思いましたが、しかしよく見るとその光は全く点滅もせず、飛行機の点滅灯と大きさを比べてみても、明らかに数倍はあろうかという大きさなのです。

           

          さらに、飛行機やヘリコプター特有のエンジン音も聞こえず、その機体すら無く、光の球体が無音状態のままゆっくりと飛んでいるのです。

           

          私「…あれは飛行機じゃない!UFOか⁉」

           

          とっさにそう思った私は、カメラを持ってくるために早速部屋に戻って引き出しを開けようとしましたが、こういう時に限ってなぜかその手前に荷物が置いてあったり、引き出しから取り出すのに手間取ったりと…。

           

          必要な時に限ってスムーズにいかないっていう「あるある話」の法則を、きっと皆さんも経験がおありだと思いますが 汗

           

          カメラを持ち出すのにこれ以上時間をかけたくなかったので、仕方なくそこで諦め、せめてこのことを自分以外の人にも証人として見てもらおうと思い、母に声をかけて庭に連れ出しました。

           

          私「いた、あそこ、あれ見て!」

           

          庭に連れ出された母の表情は、「…UFO?まさかそんな…」的な、それはもう不信感丸出しで私を見ていたわけですが(笑)、本当に球体が上空を飛んでいることを確認した時には、さすがにちょっとビックリしていました。

           

          しかも、さっきは気がつかなかったのですが、左右にゆらゆらと小さく揺れながら飛んでいるのです。

           

          そのまま、かなり日が沈んで暗くなってきた夜空へとスーッと消えていった謎の光る球体を、私と母はしっかりと目に焼き付けるように見つめていました。

           

          この様子を写真や動画に残せなかったことが惜しかったな〜と心残りがありますが、今後もしも同じような出来事があった場合にはしっかりと記録に残せるようにし、そしてUFOらしきものが撮影できた時には、このブログでも掲載したいと思っております 顔

           


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          【不思議体験記20】今は亡き愛情深い親方さんpart

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            〜前回のあらすじ〜

            実際に私が見た親方風男性霊について、所員の皆さんへ話すべきか、それとも黙っておくべきか…。随分と悩んだ日々を送ることになったが、仕事で現場調査に出かけた際に、所員に思い切ってそのことを話してみた。

             

            するとなんと、その親方風男性霊の風貌からして、かなり以前に事務所で働いていた、今は亡き元男性所員のAさんとそっくりだというではないか!

             

            ついに、親方風男性霊の正体が明らかになったのである。

             

            ●生前のAさんの残存思念を読み取る

            振り返ってみると、私がこの作業を最初に始めた時は、数十年前の古いファイルからとりかかっており、その一部分は当時Aさんが携わっていたと思われる業務内容を綴じこんだファイルでもあった。

             

            そのせいか、当時のAさんの「思いの塊」ともいうべきものがそのままファイルに残されており、私自身が知らないうちにそれに触れたことにより、表に現れて人物像を映し出したのかもしれない。

             

            こういった、かつての思いの不思議な現象について、非常に興味深い記述を見つけることができた。

             

            それは元福島大学教授で、現在ではカウンセリングルームを開いている飯田史彦さんの著書『ツインソウル』の中に、このように書かれていた。

             

            「地上には、数え切れないほどの、「かつて、その場所に存在した人間たちの思念のかたまり」が満ちており、私たちは、潜在意識の中でスピリチュアルな能力を用いながら、それらの思念を感じ取る(それらの思念とつながる)ことができるのです(中略)。残存思念そのものは、地球や宇宙の全体に、非偏在的に(位置を特定しないで)蓄えられており、地球に存在する私たちの方が、ある条件を満たした時(たとえば特定地点に立った時)に、「その地点に関連する残存思念の情報」にアクセスすることが(つながることが)できる、というしくみが考えられます」

            (引用 飯田史彦著『ツインソウル 死にゆく私が体験した奇跡』 PHP出版)

             

            ここまでの話を集約してみると、実際に私が見た特徴ある親方風男性霊は、事務所で長年働くIさんの証言からもわかるように、かつてこの事務所で仕事をされていたAさんという方と、ほぼ同一人物であることが判明した。

             

            もちろん、私はこの事務所にかつてAさんという方が仕事をされていたということも全くわからなかった。

             

            それに、私はこのAさんのことを、「親方風の男性霊」という見方をしていたが、飯田さんの見解から推測すれば、このAさんは「霊」と言われるような存在ではなく、「残存思念」という存在なのではないかと、考えを改めさせられた。

             

            というのも、Aさんがかつて業務に携わっていた当時の資料やファイルなどに、Aさんの「残存思念」が時を経過してもそのまま残されており、私がそれに触れたことにより、飯田さんが書いているように「ある条件」が満たされ、Aさんの姿が目に見える形で具象化した、という解釈が成り立つからである。

             

            さらに私が、コピー機の前に現れた、2回目となるAさんの姿を一瞬とらえた時に、「所員の「心」という見えない部分に、気づきやアドバイスをメッセージとして送っているようにも感じられた」と書いたが、つまりこれも残存思念の作用として考えられるのは、「生前に、Aさんは自分の仕事のみならず、同僚である所員たちの仕事内容や進捗具合、業務の段取りなどについても気配りをされていた」という姿があったことが考えられる。

             

            そのため、その思いが残存思念として事務所に残されており、私自身が「ある条件」を満たしたことにより、Aさんの残存思念にアクセスすること(つながること)ができた、ということにもなるだろう。

             

            ●託された思いが、今もなおそこで生き続ける

            かつての心の思いというものが、残存思念として時を超えてもそのまま残されており、さらには人物像までも映し出すという、そういうことが現実に起こり得たことの不思議さとその仕組みには大変驚かされた出来事だった。

             

            また、一概になんでもかんでも「霊」などと簡単に分類されがちな存在の正体や性質に関しても、これまでの自分のとらえ方や解釈に、また新たな気づきを与えてくれたきっかけにもなったことは間違いないだろう。

             

            ゆえに、今回のAさんのような存在を、単なる「霊」と言われる扱い方ではなく、「残存思念」としての働きによるものである、と私は解釈している。

             

            そして、Aさんの愛情ある、心やさしい残存思念は、これからも時を超え、この事務所の所員たちをあたたかく見守ってくれることに変わりはないだろう。

             


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            【不思議体験記20】今は亡き愛情深い親方さんpart

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              〜ここまでのあらすじ〜

              知人が代表を務める事務所で働くことになった私。事務所に来客かと思ってふと入口を見ても、だれもいない…。また数日後にも、同じように人影のようなものが見えたが、やはりそこにはだれもいないのである。

               

              これは単なる目の錯覚だろうと思いきや、ついにその見えざる姿をとらえることができた。なんとそこにいたのは、とても面倒見がよさそうな、親方風の男性霊だったのである!

               

              この男性霊は、一体何者なのだろうか…。

               

              ●見えない存在をどのように伝えるか

              私自身、普段から霊という存在がいつも見える、ということは無い。

               

              かつての心霊ブームの時は、どうやったら霊が見えるようになるのか、そしてぜひとも霊が見たい!という強い興味を持っていたことはあるが、むしろ今では考え方が全く変わり、そういった存在(一概に「霊」と言っても幅広いとらえ方があるが、その中でも一般に波動が低い低級霊と言われる存在)を、見たいとも思わないし、そもそも波長を合わせないようにしている。

               

              以前にご紹介した【不思議体験記19】の記事でも書いたように、心霊体験のマンガ本を読んでいるだけで不快な波動に感化してしまう場合もあったので、それ以後、自分でも波長のコントロールを普段から気を付けている。

               

              この親方風の男性霊はそれとは違い、一切の恐怖を感じることはなかったばかりか、所員たちを見守るような愛情ある波動の領域に存在しているため、私もだんだんとその波長に合わせることができるようになり、一瞬ではあるがやっとその姿をとらえることができるようになったと思われる。

               

              だが、ここで私は少し困った状況になってしまった。

               

              というのも、私が見たこの現象は、確かにいくつかの特徴ある男性像をとらえることができたが、しかしそれを現実的に、所員たちの目の前で、証明することまではできない。

               

              こういったことを周囲の人たちに話すということは、私はこれまでにあまりいい経験をしてこなかったこともあり、ためらいを隠せなかった。

               

              しかし、私が感じたこの親方風男性霊は、生前は大変仕事熱心だったと思われる方であり、所員の仕事をサポートしている存在でもあるため、何とかして、人間と霊的存在との素晴らしい相互関係をわかってもらいたいという思いも併せ持っていた。

               

              では一体、所員のだれにこのことを話せばいいのだろうか。どのような伝え方をすれば、相手が懐疑的にならずに柔軟に理解してもらえるのだろうか…。いや、やはりこういった分野の話は、やめておいた方が無難ではないだろうか……。

               

              かなり考えさせられる日々を送ることになった。

               

              ●「その話、聞けば聞くほどあの人にそっくりですね ー 生前の姿と酷似

              それから数日後のことだった。1つの機会が巡ってきた。

               

              所員の1人であるYさんが現場調査に行くため、私がその補助として同行することになったのだ。このYさんとは、これまでにも何度か調査に行ったことがあり、それほど年齢も離れておらず、よく話も合うのだ。そうだ、これを機会に、あのことを話してみるかと思い、車で現場へ移動中に話を切り出してみた。

               

              私「実はYさんに、ちょっと不思議な話があるんですが……」
               

              Y「へえ〜、どんな話ですか?」
               

              私「う〜ん…。まあ、とりあえずは、証拠とかはないんですが、見たことを話

                しますね」

               

              Y「ええ。どんなことですか?」
               

              私「…あの事務所には、いるんですよ。見えないものが…」
               

              Y「……は!?」
               

              私「いや、ちょっと唐突すぎましたね(笑)。悪い霊とかでは全然違うもので、

                みなさんをサポートしてくれてるんですよね」

               

              Y「本当ですか!?見えたんですか!?どんな感じでした?」
               

              私「それがですね、短髪で白髪があり、紺色系の作業着を着ていて、身長はだい

                い160僂鬚舛腓辰板兇┐襪阿蕕い任靴腓Δね。年齢は60前といった感

                じで、面倒見がよさそうな人……じゃなくて霊でしたね(笑)」

               

              Y「!!…まさかそれって…」
               

              私「えっ、Yさん知ってます?」
               

              Y「もしかしてその人って…。いや、ぼくが事務所に入った時にはいなかった方

                よくわからないんですが、話だけ聞いたことがあって。かなり昔に事務所で働

                いていたその人に似ているような」

               

              私「えぇ!?事務所にそういう方がいたんですか!?」
               

              Y「そうなんです。亡くなってしまったんですが…」
               

              私「そうだったんですか…。それは知りませんでした」
               

              Y「じゃあ事務所に帰ったら、もっと詳しいIさんに聞いてみましょう」

               

              ということで、何事もなく現場調査が無事に終わり、事務所へと帰ってきた。

               

              Yさんは、調査で使った機材などを片づけたあと、所員のIさんのもとへ先ほどの話を伝えに行った。このIさんとは、事務所で長年勤務をしているベテラン所員さんであり、「わからないことはIさんに聞け」と、私が勝手に名物語録を創作したほどの、なんでもわかる人である。

               

              それから数分後、そのIさんとYさんが私のもとへやってきて、こう言った。

               

              I「その話、聞けば聞くほどあの人にそっくりですね」
               

              私「そういう方がこの事務所にいたんですね」
               

              I「そうなんです。Aさんという方なんです。毎年お墓参りにも行ってますよ」
               

              私「なるほど。だからみなさんのことをしっかりとサポートされてるんですね」
               

              I「昔の古いファイルの中に、そのAさんがやっていた資料もあったでしょ?」
               

              私「え!?そうなんですか?ちょっと見てみますね」

               

              そんな資料があったのかどうかも全く気が付かなかったが、その言葉をもとに、作業途中のかなり古いファイルを改めて見てみると、なんとそこには、Aさんと思わしき名前が書かれた資料が本当にあったのである!

               

              次回partい紡海

               


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              【不思議体験記20】今は亡き愛情深い親方さんpart

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                情が深く、所員思いの男性

                それから数日が過ぎた頃だった。いつものように作業をしていると、この前と同じく、人影のようなものが現れた。同様に、室内にチャイムは鳴っていない。
                 

                先日に見た人影と同じかどうかまでは判別できなかったが、視界のほとんど端の方に少しだけ見えるため、具体的にどのような人物なのかをハッキリととらえることはできなかった。しかし、人影とおぼしき人物像を成している姿形には変わりなかった。そちらに視線を向けると、やはり同じようにその人影は消えている。そこには誰もいない状態なのだ。
                 

                それからさらに数日がたった時だった。

                 

                同じように作業中、また執務室の入口の前に人影が現れたように見えた。この時も、相変わらずチャイムは休憩中のままであり、静かな執務室内であったことは言うまでもない。
                 

                このようなことがここまで続くと、これはもしかしたら私自身の単なる思い込みからくるもので、その思い込みから生じた目の錯覚ではないだろうか?とも思えてきた。それに、あまりにもこういったことを意識的に「想像」してしまうと、ある意味で、脳内では本当に「創造」してしまう脳内現象が発生するおそれも考えられたため、あまり自己意識が過敏にならないよう、冷静につとめた。

                 

                ところが、その日はいつもと違っていたのだった。

                 

                その人影の気配が、いつもより長くそこにいるように感じられたのだ。その場所から特に動く様子はなく、何をするでもなく、じっとそこにとどまっている、というようにも思えた。
                 

                ならばと思い、今回も視界からなるべくはずさぬよう、視線だけをすばやくそちらへ向けたところ、驚くべき光景が目に飛び込んできた。

                 

                なんとそこには、見知らぬ男性が立っていたのである!

                 

                その男性の具体的な容姿は、紺色系の上下の作業着を着用し、髪は短く白髪があり、身長は160僂舛腓辰箸如見た目はいかにも職人さんとも思える男性が、こちらを見ていたのである。やはりこの時も、ごくわずかな一瞬の出来事であり、この人物像を認識した直後には視界から消え去った。

                 

                私(……今のは⁉)

                 

                と、心の中で驚いたが、しかし一切の恐怖を感じることはなかった。それどころか、とても情が深く、思いやりがあってまるで親方のように面倒見がいい存在にも思えたのだった。

                 

                そして、すぐにわかったことがある。「ああ、今の感じは、ここの所員のみなさんを指導的な役割で見守ってくれている存在なんだな」と。
                 

                その数日後も、この親方風の霊的存在の男性がコピー機の前におり、所員の仕事ぶりを見ている様子が、やはりこれも一瞬ではあるがとらえることができた。コピー機の前にいて、所員の「心」という見えない部分に、気づきやアドバイスをメッセージとして送っているようにも感じられた。
                 

                この時点ですでに2回、実在する人間ではない、ましてやその顔にも全く身に覚えがない、霊的存在とも言える特徴ある男性像を、どちらも一瞬ではあるが目撃したことを考えると、この現象は私の思い込みからくる錯覚ではなく、ここで本当に起こっている現実の出来事で間違いないと、私は心の中で受けとめた。
                 

                この親方風の男性霊が、どのようなご縁があってこの事務所に来られているのかは全く知る由もないが、「愛情ある指導者的役割」というお役目を果たされているその姿に、大変素晴らしさを感じることができた。
                 

                次回partへ続く

                 


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                【不思議体験記20】今は亡き愛情深い親方さんpart

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                  3・11の震災から数年後、私はかねてよりの知人が代表を務める事務所で仕事をすることになったが、今回の話はそこで起こった出来事である。

                   

                  この事務所の倉庫には、過去数年〜数十年は経過しているであろう、これまでの業務で使用した文書ファイルがダンボール箱に所狭しと大量に保管されていた。

                   

                  本来なら、これだけの年数が経過しているものであれば廃棄処分として扱っても構わないと思われるが、例えば外部からの問い合わせが来た場合の対応や、その当時の仕事の内容をいつでも確認するためなど、業務の足跡を残しておくためにも廃棄せずに長年に渡って保管をしてきたのだろう。何とも律儀なやり方である。

                   

                  とはいえ、紙文書として長期保管を年々継続していくということは、当然ながら倉庫のスペースにも限りが出てくることになり、実際に私が目にした時点でも、もはやこれ以上どこに収納できるのか?というぐらいに、倉庫がお腹いっぱいの状態だった(笑)。

                   

                  そのため、これらの紙文書をパソコンにデジタルデータとして記録・保存していくことになったのだが、なにぶんにも手間のかかる作業ゆえに、それを専属的に担う人がなかなか見つからなかったのだという。

                   

                  そこで、幸いにしてパソコンの操作には学生の頃から慣れ親しんでいたためにそれなりの知識があるこの私が、これらのデータ化作業を依頼され、一手に引き受けることとなったのである。

                   

                  こうして、部数にして何百冊というほどの山積みされた文書ファイルを、数十年ぶりのホコリと一緒に取り出し、1冊ずつぞうきんできれいに拭き取りながらの保存業務が開始されたのだった。

                   

                  ●事務所に来客?ところが……
                  不思議な出来事が起こったのは、私が作業を開始してからおよそ2ヶ月ほどが経過した頃だった。

                   

                  私の席は、2階にある玄関から廊下をわたって所員たちがいる執務室の1番入口近くにあり、事務所内がよく見渡せ、来客があってもすぐにわかる位置に座っている。

                   

                  その日も、1階にある倉庫から、まるで牙城のごとく積み上げられたダンボール箱を1箱運び出し、1冊ずつ資料のデータ化作業に追われていた。

                   

                  その時…。

                   

                  だれも来客はいないはずなのに、だれかが執務室の入口の前に立っているように、視界の端に見えた。視線をそちらに向けて直視したところ、その人影と思わしきものはすでに消えていた。この時、来客を知らせるチャイムは鳴っていなかった。

                  (この事務所は2階が執務室になっており、1階の階段を誰かが昇る際にセンサーが反応して部屋内にチャイムが鳴る仕組みになっている)

                   

                  私(……あれ、今だれかがいるように見えたけど、気のせいかな)

                   

                  1階の階段部に取り付けられているセンサーは、たまに反応が悪いのか、誰かが通っても全くチャイムが鳴らないという、センサーとしては致命的な不具合がこれまでにも何度かあったが、そういう時は「まあ、人間同様、センサーもたまには休憩が必要だからな」と、音が鳴らないセンサーを私はいつも心の中でねぎらっている(笑)。

                   

                  この時は、実際には来客はなかったわけであり、反応しないのも当然のことなので特に気にもせず作業を続けたのだが、しかしこの現象はこれだけにとどまらず、これ以後もこのような現象がたびたび続いたのであった。

                   

                  次回part△愨海

                   


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                  【不思議体験記19】夢に現れた黒猫が、まさかの…

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                    これは今から5年前の11月、もうすぐ師走が迫ってくる時期の出来事である。

                     

                    本屋で立ち読みをすることが私の趣味の1つであるが(笑)、この日にふと目に入ったのが、自称霊感漫画家のIさんが描いた本だった。

                     

                    Iさんは子供のころから霊的体質で、これまでにも多くの霊を見てきた実体験を、自分に見立てた可愛らしい女の子として漫画に登場させて、その時の霊の実際のやりとりを描いたものである。ある意味では「こわい、けどおもしろい」的なコミックでもある。私は立ち読みで1巻全部を読破してしまい、それでは飽き足らずにその続編をネットで注文したほど、その世界観に魅了されてしまった。

                     

                    ネットで注文した本が届いたので、軽くドライブがてらに、これを持ってファミレスでコーヒーを飲みながら読んでいた時のことだった。


                    読み始めてからどのぐらいの時間が経ったのかも忘れてしまうほど集中していたが、気がつくとあまりのリアルな内容に、悪い意味で心が感化されてしまい、私の脳が(魂が?)拒否反応を起こしてしまった。気分が悪く、頭がボーっとする。しばらくすると、かなりの眠気も襲ってきたため、会計を済ませて店を出て、車の中で軽く目を閉じるといつの間にか眠ってしまったのだ。眠ったとはいえ、その時間は5分程度だったのだが、そのわずかな時間に夢を見た。


                    その夢というのが、自分の部屋のテレビの前に黒猫が1匹いるという、静止画像を見ているような一瞬のものであり、あまりいい印象を受けなかった。目覚めた後も頭はボーっとしていたが、なんとか運転はできるだろうと思い、すぐに帰路についた。


                    運転中も少し熱っぽさがあり、さらに後方の車がなぜかスピードをあげて私の車に迫ってくるかのような危機感も感じたため、これはちょっとマズイなと思い、国道よりも交通量が少ない旧道へと逸れてゆっくり運転した。

                     

                    この旧道は、結局は先ほどの国道と合流するのだが、合流する少し手前には神社がある。まだ体は霊波動の感化状態にあり、ひどい体調不良が続いていたが、そのままこの神社の前を通過した時の出来事だった。

                     

                    私「……‼あれ、治った。体が何ともない。なんで?なんで⁉」

                     

                    一体何が起きたのだろうか。あれだけボーッとしていた頭が急にスッキリし、体も明らかに軽くなったではないか!

                     

                    驚きながらも国道に合流し、そのまま難なく家に到着した。車を降りて部屋に向かったが、そこで思い出したのは、さっき見た夢の内容である。夢では、私の部屋にあるテレビの前に黒猫が1匹いたのだが、まさか本当に黒猫がいたら怖いなと正直思いながらも部屋の前まで来た。

                     

                    私の家では猫は飼っておらず、当然ながら黒猫などいようはずもない。とはいえ、これまでにまさかと思えるような出来事を幼少期から幾度も経験していると、そのまさかが本当にあるかもしれない…という一抹の不安がよぎるということは、これは一種の職業病(いや、霊体験病か?)とでも言うのだろうか(笑)。

                     

                    自分の部屋なのに、おそるおそる入ることになろうとは思いもよらなかったが、意を決して部屋に入ってみると……

                     

                    もちろん黒猫はいなかった。そうだよな、いるはずがないよなと当たり前のようではあるが、本当にそんな現実が起きなかったことに対して安心できた。

                     

                    ●つかの間の安心…実際に部屋にいたのはなんと

                    ところが、である。私の現実は、そんな簡単な事では終わらなかったのである。

                     

                    ホッと思いながらも荷物を置いた時のことだった。一体どこから出てきたのだろうか、11月ももうすぐ終わりだというこの季節になんと床には1匹のゴキブリがいるではないか!

                     

                    私「うわ、ゴキブリ⁉なんでこんなところに?」

                     

                    よく見るとそのゴキブリは、機敏な動きが全くなく、寒さのせいなのかヨロヨロと足取りも重く、右に行ったり左に行ったりと方向感覚もままならない様子だった。まあ、その後はティッシュにくるまれてゴミ箱行きとなった。

                     

                    夢に出てきた黒猫が、まさかのゴキブリとなって現れるとは思ってもみないことであった。

                     

                    ●旧道沿いにある神社の神様が霊障を祓ってくれたのだろうか

                    またこれはふと感じたことだが、旧道沿いにある神社の前を通過した時になぜか頭と体が急に軽くなったが、ここを通過したことによって何かの悪い作用があそこで落とされ、結果的には黒猫よりも小さなゴキブリ程度の軽い作用?で済んだのではないか、とも思えた。

                     

                    ここ最近は、ゴキブリどころか虫1匹の気配もなかった部屋なのに、しかもなぜあの日あの時のタイミングで計ったように出てきたのか、全くもって謎である。

                     

                    なお後日、この神社の前を車で再度通過してみた。ここの神社、というよりも、この旧道はもう何十年も前から頻繁に通る道なのだが、これまでに一度もこの神社にお参りに行ったことはなく、ましてや名前すらも知らなかったほどである。神社の名前を見てみると、「熊野神社」とあった。

                     

                    私「え⁉、熊野神社⁉、ここでも熊野が関係しているのか…」

                     

                    以前に掲載した記事に、私の名前のアナグラムにも「熊野」に関する語句が成り立っていたことを書いたが(その記事はこちら)、やはり熊野様は私にとって何かゆかりがあるのかもしれない。

                     

                     

                    【補足】

                    いや〜、あの時はほんとに危険な状態だったなと、改めてそう思います。

                     

                    この本は、著者であるIさんの「霊現象の実体験」という、霊体験の経験を持つ私と類似する部分があり、それをマンガとして描いた内容と世界観に共感しながら面白く読み進めていましたが、ふと気がついた瞬間(現実世界に意識を戻した時)に、なぜか自分の心だけが、本の中に取り残されてしまったかのような錯覚を覚えました。

                     

                    なんと言いますか、肉体はファミレスでコーヒーを飲んでいる自分がいるのですが、心だけが「おいてきぼり」を食らったかのようで、自分の中に戻らずに「本」の中身にとらわれてしまっていたのです。

                     

                    そして気分が悪くなり、その後に突然の眠気…。これは私の経験上、注意しなければならない状況、などということをはるかに超えて、危険な状況であると言わざるを得ません。

                     

                    低波動の「霊」といわれる存在に(例え本の内容であろうとも)感化してしまうと、肉体的に嫌悪感が生じますが、さらにそこで「低波動の霊障による眠気」が襲ってくると、これはかなり危険です。正常な顕在意識が保てないほど、霊に感化してしまっている証拠であり、顕在意識が薄れることによって霊が自分に憑依する場合があるからです。

                     

                    突然の眠気によって、わずか5分程度ではありましたが眠りに落ちたところ、自分の部屋に黒猫が1匹出てきた夢を見ました。

                     

                    ただでさえ気分が悪いのに、黒猫が出てくる静止画のような夢などは、さらに気がめいってしまうようなものですが、とにかく早く家に帰ろうと思って車を走らせました。が、はっきり言ってこの行為も危険をともないます。

                     

                    幸いにも、事故を起こすことはありませんでしたが、目覚めた直後で頭がボーっとしており、なおかつまだ低波動の霊に感化している状態で車を運転するなどという行為は、冷静な判断力に欠けていたと言わざるをえません。

                     

                    いつ事故が起きてもおかしくはない状況でしたが、しかしそんな私を救ってくださる存在がいたのです。それが熊野の神様だったのです。

                     

                    あれは本当に一瞬の出来事だったのですが、神社の前を車で通過した瞬間、体の嫌悪感や頭のボーっとした感じが一切無くなりましたからね。「…いま、何が起きたの?」と、正直驚いたぐらいでした。

                     

                    この熊野神社は道路沿いにあり、道路からほんの少し離れたところに狛犬が2体います。この2体の狛犬は、前方を通過する車を一台一台見ている、と言ってもいいような絶妙な位置に配置されています。

                     

                    もしかしたら、神の波動域が道路の走行車線にまで広がっており、そのためそこを走っただけで神社の高波動に無意識に触れたことにより、低波動の霊障が祓い落とされたのではないかと、自分なりに解釈しております。

                     

                    今でも、この熊野神社の前を車で通過するたびに、最初に目に入る狛犬に「こんにちは!」と、心の中でいつも挨拶をしています。たまに声に出しても挨拶をしています(え、挨拶?ほんとに?と思われたかもしれませんが、本当です(笑))。

                     

                    熊野様、あの時は本当にありがとうございました。そしてこれからも、この道路をいつも通らせていただきたいと思います うふ

                     


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                    【不思議体験記18】3・11の大地震を全く感じなかった

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                      言わずと知れた東日本大震災の当日、私は仕事で上司と共に福島の会津地方にでかける用件があり、朝の7:30分に事務所を出発した。

                       

                      会津の中でも「奥会津」といわれる場所で、高速道路を使って約3時間ほどかかって取引先に到着した。事務的な業務を一通り終えた後に昼食をとり、午後からも一部の業務をこなしてから次の取引先へと向かうことになった。その時の時間が午後2時ごろであった。

                       

                      途中、いくつかのトンネルを抜け、上司とも談笑しながら取引先に到着したのが午後3時30分ごろだった。ここに来てまず思ったのは、普段ではあまり見ることがないぐらいの数多くの車が、駐車場はおろかその横に続く細い路地裏にもズラリと停車しており、ようやく道路の片隅に1台停められるスペースをみつけられたほどだった。

                       

                      私「あれ(いつもはこんなに混んでいないのに)、今日は何かあったのかな?」

                       

                      と思いながら建物に入ると、大勢の来客でごった返しており、受付に顔を出すとそこには焦りをにじませた女性職員が私たちの対応にあたった。

                       

                       私  「こんにちは。(様子をうかがいながら)…何かあったんですか?」
                      職員「えぇ⁉ 今どこから来たんですか?地震があったことを知らないんですか?」
                       私  「(上司の顔を見ながら)…地震ですか?……いや、わからなかったですね」
                      職員「えぇー⁉ あ、あのテレビを観てください!」

                       

                      と言われたので、上司と一緒に振り返ってみると、そこには今まさに漁港に津波が押し寄せている映像が流れているではないか!私と上司は驚きのあまり声も出なかったが、これはただならぬ事態が発生していることを理解し、急きょ打ち合わせをキャンセルして事務所に戻ることにした。

                       

                      帰り道は大渋滞、当然ながら高速道路は通行止め、頻発する余震のたびに車が左右に揺れながらも何とか事務所にたどりついたのが午後9時だった。

                       

                      事務所内は、キャビネットが倒れて書類が散乱、机の上のパソコンは転げ落ち、祀ってあった神棚は落下して無残にも倒壊していた。同僚たちの携帯に60回ぐらい入電を試みたが、全くつながらない。安否が気になる。だが、何とか今は自分ができることをやろうと思い、最低限の身の回りを整理してから事務所を後にしたのだった。

                       

                      この大地震では、幸いにも私たちがいた会津地方は比較的被害が少なくて済んだ。地震が発生した午後2時46分という時刻はおそらく、いくつかあるトンネル地帯を走行中だったかもしれない。もしかしたらこの地域は地盤が強かったのだろうかとも思ったが、とはいえ、あれだけの大きな揺れであったため少しぐらいの振動は感じてもいいと思うのだが、運転していた私はもとより、同乗していた上司でさえも全く揺れ一つ感じることなく、平常に走行していたとは不思議でならないことである。

                       

                      上司との会話が偶然にも地震を予言か
                      そしてもう1つ。実は、この地震がくることをまるで予言していたかのような会話を、偶然にもこの上司と交わしていた事実もあることをここに記述する。

                       

                      それは、震災の3日前の3月8日(火)のことである。この日も私は上司と会津に来ており、一通りの用件が済んだので事務所に帰る途中のトンネルを走行中のことだった。

                       

                      その上司が急に「しかしこの辺はトンネルが多いねぇ。もしここを走っている時に地震でもきたら、潰れて助からないよな?」と言いだした。私も「そうですね、トンネルの崩落事故で亡くなった方もいますからね。さすがに地震が来てトンネルが崩れたら、もう無理でしょうね」と答えていたのだ。まさかその3日後に本当に大地震がくるとはこの時だれが予想するだろうか。なぜ私たちが、あのタイミングであのような会話になったのかはいまだにわからないことである。

                       

                      多くの犠牲者を出し、そして多くの人たちが大地震に恐怖したあの瞬間、場合によっては危険地帯と言ってもいい場所を走行していた私たちは、不思議なことにその揺れを全く感じることなく、そして幸いにもトンネルが崩れ落ちることもなく、無事に帰還できた奇跡に、感謝したい。
                       

                       

                      【補足】

                      あの東日本大震災から7年半が経過いたしましたが、いまだに記憶の中には当時の様子が目に浮かんできます。また、ここ数年の間でも大きな地震が各地で発生しております。被災された皆さま方の心痛をお察しするとともに、1日も早い復旧を願っております。

                       

                      ※「どうして今頃に大震災の話なの?」と思われたかもしれませんが、私がこれまでに

                      体験してきた不思議な出来事(幼少期〜2017年までのもの)を綴った『不思議体験記』

                      から、順番にブログに転載しておりますので、「その順番通りに掲載してきたら今回が

                      大震災の話となった」だけのことです 顔 )

                       

                      生まれも育ちも福島の私は、まさか自分の故郷が、世界から風評的な見地で注目を浴びてしまうような、あのような大惨事に見舞われることになろうとは、想像の片隅にも考えたことが無い事態でした。

                       

                      周囲の方々の中には、主に自主避難をされる方が多くおり、私たち家族も一時は自主避難を検討しましたが、しかし当時の私は現場管理の仕事に携わっていたため、自分が避難するよりもまずは現場で働く社員たちの安否確認を優先で行いました。

                       

                      しかしながら、ほとんど電話がつながらず、車で移動するにもガソリンスタンドが全域で閉鎖しているために長距離が移動できず、コンビニやスーパーにも食料や物資の供給がほとんどされていない状況でした(お酒が大量に売れ残っていたことが印象深いです)。

                       

                      原発事故にともなって避難を余儀なくされた社員たちが数十人おりました。まずは何よりもみんな無事であってほしいという思いで、社員一人一人の安否確認を取るために電話をかけましたが、とにかくつながりません。携帯電話ではほぼ無理でした(ただし携帯電話ではなく、固定電話からなら少しつながりやすかったです)。

                       

                      さらにその社員たちが一体どこの区域に避難をしたのか、所在確認すらも思うようにできなかった現状がありました(最終的には全員の無事が確認できてホッとしました)。

                       

                      福島県内の各地域の震度は、5弱〜6強などがありましたが、当日に私たちがいた会津地方の一部では震度4のところもありました。こうして見比べると、震度4という数字が低く見えてしまい、それほど大きな揺れではないだろうと思ってしまいがちですが、そのようなことは全然ありません。体感的に言えば、それなりに大きいと感じる地震です。

                       

                      例えば、当日に私たちがいた地域が震度4だったとした場合、それであっても大きいと感じる地震なわけでありますから、いかに車で走行中とはいえ、私も上司もそれらの揺れを全く感じなかったなどという、そんなおかしなことは普通は絶対に起こらないはずなのですが…。

                       

                      さらには、地震発生の時間帯はいくつものトンネル地帯(山間部)を走行していた時間帯だったと思われますので、場合により崩落の危険性もありましたが、特に異常は見当たらず、運転に支障をきたすこともなく、まさかそんな大地震が起こっていることなどみじんも感じることもなく、上司と談笑しながら取引先へと向かっていたことに、後から知って心底驚きました。

                       

                      観測史上最大規模の地震を、その身に全く感じなかったという、今をもっても謎の1つではありますが、あの状況で当然のごとく考えられる物理的な事象が、爐覆爾私たちには一切感じることが無かったという事実をとらえてみると、もはやこれは物理的なものではない、見えざるご加護が働いたのではないか、としか考えようがないのです。

                       

                      そのことを胸に秘め、いただいた奇跡に感謝をするとともに、亡くなられた多くの方々に、改めてここに黙とうを捧げたいと思います お願い

                       


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                      【不思議体験記17】催眠誘導で見た街並みと一致

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                        今から7年前の9月、台風の影響で三重県紀宝町が甚大な被害を受け、住宅地まで浸水したその様子をテレビでみた時に、自分が前世催眠誘導CDによってビジョン化した過去世の中で記憶にある場所の街並みと、紀宝町の一部の街並みがあまりにも酷似していたことには驚いて言葉を失ってしまった。

                         

                         

                        【補足】

                        以前に、こちらの記事に掲載しましたが、前世催眠誘導のCDを購入して実際にやってみると、想像もしていなかった映像や断片的な画像が頭の中に浮かんできました。

                         

                        催眠誘導の最初の場面で、私は空に浮いている状態から地上を眺めた映像が頭の中に現れたのですが、その時に区画された四角い場所(地域)が見えました。どこかの街並みのようで、初めて見る場所です。

                         

                        そこでその場面は終わり、次にどこかの広い屋敷内に移動しましたが、結局のところ、最初に見た区画された四角い場所は一体何を意味するのかが分かりませんでした。

                         

                        そんな折、何気なくテレビをみていた時に、台風の影響で三重県紀宝町の一部が大きな被害を受けた様子が、上空のヘリコプターからの映像で流れていたのですが、それを見た時に、「これは!あの時の街並みと一緒だ!」と思わず心の中で叫んでしまいました。区画されたあの街並みは、なんと紀宝町だったのです。

                         

                        また、三重県と聞いて連想するのは「伊勢神宮」です。

                         

                        実は、すでにまとめ上げた『不思議体験記』には掲載してあるのですが、私が早朝に半覚醒状態となり、その時に突然「自分の過去世」として数名の人物名がインスピレーションとしておりてきましたが、その中には三重県出身の歴史上の人物がいたのです。このインスピレーションを受ける前、そして受けた後でも、妙に「お伊勢参りに行きたい!」と思い立つようになったこともまた不思議なことでした。

                         

                        まさかこの人物が、紀宝町と何らかのつながりがあるのではないか、それゆえに、過去世の記憶としてよみがえってきたのではないか…。本当にそうだとしたら、私としては何ともワクワクするような、魂の記憶のロマンすら感じることができます Docomo_kao1

                         

                        今回の紀宝町に関することはもとより、これまでにも数多くの謎や不思議な出来事を体験してきましたが、いずれにおいても、いまだに明確にその意味や隠された真意がわからないものばかりです。

                         

                        ですが、科学では解明できないこれらのことを、現在では自分なりに追究を重ねている日々でもあります。

                         

                        そしていつの日か、何か手掛かりになるものを必ずや発見し、それらを1つ1つ解明できる日が来るであろうと、今現在の自分が、未来の自分自身に期待を寄せているところでもあります どこも

                         


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                        【不思議体験記16】名前のアナグラムに隠された使命

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                          スピ系好きの方の中には、小林正観さんという名前を聞いてピンと来る方が多いことだと思われる。

                          (正観さんは2011年10月12日に62歳で亡くなられた)

                           

                          正観さんのファンは非常に多く、私もこれまでに正観さんが書かれた本を何冊も読んできたが、その独特な観点から説かれる宇宙の仕組みや人生の法則には興味深いものがある。

                           

                          その中で、かつて正観さんと親交があり、正観さんが体調を崩した時に担当医として診察をしたこともあるという、医師の西本真司さんという方が書いた本(マキノ出版)に、おもしろいものを発見した。

                           

                          この本には、「名前のアナグラム」というものが掲載されている。

                           

                          アナグラムとは、もともとの単語や語句を一旦バラバラにし、その文字を1つずつ自由に並び替えると、最初の単語とは違った語句に変化するというものである。これが自分の名前の中にも存在し、このアナグラムで出てきた言葉からは、それぞれ持って生まれた意味や今世での使命などが隠されているのだという。

                           

                          ちなみに、例として「西本真司」さんと「小林正観」さんのアナグラムは次のようになる。
                          〇西本真司→にしもとしんじ→じしんともにし→「自信、友にし」

                          〇小林正観→こばやしせいかん→こせいはかんしゃ→「個性は感謝」

                                    または、→こんせいはしゃか→「今生は釈迦」

                           

                          これについては、正観さんご自身の著書にこのように記述されているのを見つけることができた。それは、正観さんが宗教家の高橋信次さんという方とお会いした時に、高橋さんから「あなたは釈迦の弟子の生まれ変わりだ」と言われたそうで、さらに「30歳を過ぎたら好むと好まざるとにかかわらず、必ずそういう方向に引っぱられることになるので覚悟したほうがいい」とも言われたそうだ。そういう方向というのは、つまり人生の真理を説くということなのだろう。まさにその通りの人生になっているといっても過言ではない。

                           

                          それに、「釈迦の弟子の生まれ変わり」ということについても、実際に正観さんの過去世が本当にそうだったのかを実証することは不可能であるためそれは別として、上記に挙げたようにアナグラムの中には「こんせいはしゃか」(今生は釈迦)と、釈迦に関連する語句もしっかりと読み取れることにも驚きである。

                           

                          ●心がひかれた神の名が、なんと自分の名前の中に⁉

                          名前の中に、まさかそういう隠された意味があるのかということを初めて知ったので、自分でもやってみると、驚くことに本当に「まさか⁉」と思うような言葉が現れた。


                          何をまさかと思ったのかというと、私が中学生から高校生のころに夢中になって読んでいた月刊誌『ムー』のとある号に、神様の加護を得るための印の結び方や、真言の唱え方などを取り上げた記事が掲載されていた。そこには不動明王をはじめ、その他いくつかの神様が紹介されており、この時なぜかはわからないが、その中でも妙に心がひかれる神様がおり、その神様の名前は「摩利支天(まりしてん)」という戦の神だった。

                           

                          この神様の名前と同義語とも言える言葉に、さらに数文字を付け加えた語句が、私の名前のアナグラムとして成り立っていたのである。

                          ※その他には、「熊野」に関する語句も成り立つことが判明した

                           

                          この摩利支天は、威光や陽炎を象徴しており、敵から身を守ってくれる神、陽炎であるため敵から実体をつかまれにくく、相手に悟られないように身を隠すことができるため、軍神として人々にあがめられたそうである。実際に、戦国武将の楠木正成や前田利家は、お守りとして自分の兜に摩利支天の小像を入れて出陣したという逸話も残されている。

                           

                          しかし、あの時の自分が、なぜあそこまでこの摩利支天という神様に心がひかれたのかは不明なことだったが、まさか自分の名前のアナグラムの中に、この神様の名前を結びつける語句が隠されていたとは、あの時の私には全く知るよしもないことである。

                          そうすると、アナグラムから読み取れる私の使命とは、戦の神となってこの国を護るということなのか⁉それとも、実態をつかまれることなく(あまり表立って事を成さずに)、陰の支えとなって人々に光を注ぎなさい、とかなのだろうか…。

                           

                          いや、そんな大それた使命を持っているとは到底信じがたいが、しかし待てよと思ったのは、以前に公園を散歩中に上空に現れた雲龍(その記事はこちら)に向かって「この地球を救うような立派な人間になりたい」などと言った自分がいたな、とふと思い起こしたが、あれは決して偶然ではなかったのか…。

                           

                          これに関しては、いずれわかる日がくるだろうと思っている。
                           

                           

                          【補足】

                          皆さんの名前の中にも、隠されたアナグラムがあるのではないでしょうか。

                           

                          アナグラムという言葉は、西本真司さんの本を読むまでは知りませんでしたが、実際にやってみるとこんなにもおもしろい要素が含まれていることに驚きました。もちろんのこと、全ての名前の語句から意味のあるアナグラムが完成するとは限りませんが、お試しとしてやってみる価値はあるでしょう。

                           

                          摩利支天は、陽炎を神格化した仏法守護の女神と言われ、その多くがイノシシの背中に立った状態か坐像として、形象表現がなされています。陽炎のごとくその姿をとらえることが難しく、そのため相手にも気づかれにくいので敵を攻めやすい、という戦勝祈願も含めた信仰心が戦国武将たちの間で広まったと思われます。

                           

                          また、「仏説摩利支天経」によると、

                          「天女あり。摩利支と名づく。大いなる神通自在の力をもつ。常に日月天の前を行く。日天・月天は彼を見ること能わず。彼は能く日を見る。人の見る能う無く、人の知る能う無し。人の捉える能う無く、人の縛る能う無し。人の害する能う無く、人の欺き誑かす能う無し。人の其の財物を債る能う無く…」

                          (引用元:建仁寺塔頭禅居庵

                           

                          などとあり、見ることも捕えることも、また縛ることも害することもできない、ということが書かれています。

                           

                          ※上記にも書きましたが、摩利支天の他にも「熊野」に関するアナグラムも見つかり、

                          さらには「死ぬほど大変な目に遭遇する」ような語句が成り立ったかと思えば、その

                          逆で「死ぬほど大変な事に幕を下ろす」とも読み取れる語句も自分の名前から成り立

                          つことを発見した時には、おもしろさを超えた一種の「運命の示唆」的なものすら感

                          じました。このように、1つの名前から数種類のアグラムが発見できる場合もある

                          ということがわかりました。

                           

                          そのような戦神と同義語の名前が、自分の名前の中にも読み取れる語句が成り立つことにも驚きですが、今後は自分に与えられたその使命の意味をさらに解き明かしていき、人生の中で体現できるようにしていこうと思っています。

                           

                          と、この記事の関連で、以前に上野アメ横にある「徳大寺摩利支天」に参拝に行った時の写真があるので、のちほどアップしておこうと思います。

                           


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                          【不思議体験記15】占い師による前世鑑定と前世体験

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                            自分は過去世において一体何者だったのか、ということは以前から興味を持っていたことである。

                             

                            ネットでも過去世というキーワードについて検索してみると、人によっては生まれてくる前の記憶が残っているという者もいるそうで、江戸時代では武士だったとか、フランスに生まれた時代では貴族だったなど(その根拠についてはあえてここでは問わないが)、そのような記述を目にすることがよくある。

                             

                            貴族と言って思い出すのは、以前にとあるショッピングセンターの2階の販売ブースの一角に、狭いながらも占い師のコーナーがあったので、興味本位で鑑定をお願いしてもらったことがある。こういう占いは実は初めての経験だったのだ。

                             

                            座席に座ると名前と生年月日を紙に書くように促された。どうやらこの占い師は、それだけで私の前世や運勢などがわかるらしい。

                             

                            その際、今でも少しゾッとする記憶があるのは、私が記入した紙をジッと見つめていた占い師が、顔をあげて私の方を見た時に、その顔がさっきとはまるで別人に近い表情をしており、目の焦点も私ではなく、私と占い師の間にあるわずかな空間を見つめながら鑑定をしていたことである(この空間に何かが見えているという感じだった)。

                             

                            そして言われたのが「あなたはかつて貴族として生まれていた時代があります」というものだった。この時に貴族と聞いて思い浮かんだのは諸外国の貴族だったが、実際にどこの国の貴族かまでは聞きそびれてしまった。運勢もそんなに悪いことを言われたわけでもなく、その後もいろいろ話を進めているうちに先祖供養についての話になったので、自分ではあまり理解できるものではなく、鑑定も時間制だったことから約30分で退席してきた。

                             

                            それから2年後ぐらいのこと。もう一度そのショッピングセンターの2階の販売ブースに行ってみると、あの時と同じ占い師がいたので再度鑑定をお願いしたところ、「あなたの過去世は貴族でした」と、全く同じことを言われたことがある。

                             

                            鑑定結果が2回も同じだったことには少々驚いたが、あの占い師は私のことを忘れずに覚えていたのだろうか。いやそれとも、「貴族」という、それを聞いてどことなくうれしい気分にさせられてしまうような決まり文句を、どんな人にでも伝えているのだろうか(笑)。

                             

                            ●高次の存在からメッセージを受ける

                            その後、もっと過去世というものについて調べてみたいと思った私は、ネットで検索している時に、とあるCDショップが目にとまった。そこで販売している商品を見てみると、主にメンタル(癒し)系のものを扱っていたが、その中に前世催眠誘導というものがあった。

                             

                            その内容は、「ヒプノセラピー」という方法によって、自分の過去世に戻って当時の記憶を呼び覚まそうというものである。CD1枚自体の値段が少しお高いと感じたが、ここまで自分が過去世のことについて調べることになろうとは思いもしなかったので、何かの意味があるのだろうと思い、このCDを購入してみた。

                             

                            数日後にCDが届き、説明書に書かれている通りに実践してみたところ、自分でも想像もしていない映像(一部は断片的な画像)が頭の中に浮かんできたので、その内容を下記に記載する。

                             

                            ハイヤーセルフとの対面。大きな宮殿にいる。高い。
                            (ここで、どこかの街並みが見えてくる。区画された四角い場所)
                            広い屋敷が見える。大勢の人。若い。時の権力者。
                            力を持っていたが、それを全て発揮することができなかった。
                            周りの意見に流されてしまった。周りの意見を採択した。
                            自分のやりたいことはいっぱいあった。まだまだたくさんあった。
                            しかし、それらをやり残したままこの世を去った。病気だろうか。
                            多くの者がいた。悲しんでいる。私に仕える者は皆本当によくやってくれた。
                            そういう人物が多くいた。忠実に働いてくれた。

                                          

                            ※ここまでが映像(一部断片的な画像)として見えたものである。

                             この時代が一体いつの時代なのかは正確には判明できなかったが、

                             その情景や狄喚瓩粘兇犬燭發里ら判断すると、どうやら室町時代

                             の頃の人生であるようだ、という見解に至っている。

                             

                            ハイヤーセルフからの助言は、

                            大きな権力を持ったとしても、その力を全て使えるとは限らない。
                            むしろ、大きな権力など持たなくてよい。
                            ただ、学ぶためには、時として権力というものが必要なこともある。
                            多くのことをやり残してこの世を去ったので、
                            この現世では自分が考えていることをもっとやりなさい、とのこと。
                            ただし、この世のルール(法律)をわきまえながら、
                            その許されることを実践していきなさい。
                            自らが、こう思ったことをやっていきなさい。
                            ハイヤーセルフは、いつでもそばにいる。
                            光の次元と心を通わせなくても、いつでもそばにいる。

                             

                             

                            【補足】

                            あの占い師は今でもあそこにいるのだろうか…と、そんな思いがふと頭をよぎる今日この頃です。まあ、例えまだいたとしても、もう鑑定をお願いすることはありませんが(笑)。

                             

                            自分の過去世というものには以前から興味を持っておりまして、それについて書かれた本などをよく読んでいました。さらにここ数年前からは、「退行催眠」についても知りたいと思い、魂の臨床研究においては第一人者でもあるマイケル・ニュートン氏をはじめ、国内外を問わずその分野で研究をされている方々の著作物を広く読むようになりました。

                             

                            そして、実は私自身にも、思いがけない「自分の過去世」にまつわる不思議な出来事があるのです。

                             

                            それは、ある日の早朝、寝ている時にいきなり半覚醒状態の意識になり、その時に「自分の過去世」というインスピレーションが入ってきました。

                             

                            その直後に、人物名が4名、それとヨーロッパの国名、そしておそらく当時の職業の役職名であろうと思われるものなどが、次々と頭におりてきたのです(この時の様子をうまく表現するのが難しいですが、半覚醒状態の私のそばに誰かがいて、これらの人物名などを私に「伝達してきた」、という言い方にも置き換えられるような感覚でした)。

                             

                            人物名4名のうち、実際に歴史上で実在した者が3名いることが判明し、さらにそのうちの1人については、同時にインスピレーションで入ってきた当時の役職名と思われるものと、なんとピタリと一致したのです!

                             

                            初めて聞く人物名と、その人物の当時の役職名が一致するという、想像を超えた何とも摩訶不思議な共通点を目の当たりにして、とても偶然では考えられない、言いかえれば猊然たる精妙な一致とでも言えるものが働いたとしか思えません。

                             

                            では、具体的にどんな歴史上の人物名などがインスピレーションとして入ってきたのか、その中身についてこのブログでご紹介しようと思いましたが…、今のところ、それは保留中としています。

                             

                            (※ただ、はじめにでも記載したように、今まで私が体験してきた不思議な

                              出来事を、特にスピ系の分野に理解のあるごく一部の方を対象にして読

                              んでいただくために書き上げた『不思議体験記』には掲載してあります)

                             

                            この自分の過去世については、現在でもその本質的な部分を自分なりに追究しているところです。今後さらにいろいろな発見などがあり、内容がまとまった状況になった時には、ブログ用として公開を検討したいと思っております  うふ

                             


                            記事をお読みいただきありがとうございます

                            【不思議体験記14】シンクロニシティ「8」 part

                            0

                              《part,呂海舛蕁

                               

                              ◎Case4 8月8日に出かけた時に目撃した数字の8
                              part,任盻颪い燭茲Δ法■厳遑呼は「ライオンズゲート」が開く日と言われている。

                               

                              ライオンズゲートとは、地球が銀河の中心と一直線になる日とされ、宇宙間での整列が起こることによって物質世界と精神世界とをつなぐポータルが開くとされている。

                               

                              暦の上では、ゲートは7月26日から開放されるそうで、ゲートが閉じる8月12日までの間、最もパワーが強大に作用する日が8月8日であるという。

                               

                              ライオンという名前がついていることからもわかるように、獅子座が新月を迎える月は、何か物事を始める上では吉月とされ、新たな扉を開いて今まで以上に自分の可能性に挑戦したり、大きなエネルギーの作用を自分の中に取り入れ、さながら獅子奮迅のごとく、情熱あふれる活動をするのにも適した期間となる。

                               

                              そんな中で、下記に掲載したものは去年の8月8日に起こった出来事と、それとは別の日にも同じような現象が起こったことを雑記ノートに記入していたので、それを紹介したい。

                               

                              H29.8.8

                              (家への帰り道の国道で)すれ違った黒い車のナンバーが8008。今度は旧道を走っていると、右側に停まっていた車のナンバーが8888。そこから50mも行ったか行かないかの所で今度は左側に停まっていた車のナンバーが同じく8888。そのまま進むと対向車のナンバーが8808。さらに数分後、対向車のナンバーが888だった。この間、わずか30分ほどのことである。何だコレは…

                               

                              H29.10

                              国道を走行中に888の車のナンバー2台、88のナンバー1台、8008のナンバー1台とすれ違った。そして目的地に着き、車を停めようとして駐車場に入ると、後ろから一緒に入ってきた車のナンバーが8008だった。家を出発してからここまでで、約1時間での出来事だった

                               

                              上記の Ν△箸癲△匹舛蕕蘯屬能个けた時に、すれ違った車のナンバーに8が含まれているものとかなりの確率で遭遇した、ということである。以前には、1122や1123という車のナンバーとよくすれ違っていたが、今度は数字の8に関する出来事が、自分の身近で頻繁に発生しているのである。

                               

                              数字のシンクロ現象には果たしてどんな意味が隠されているのだろうか。その答えをぜひ知りたいものである。

                               

                              ◎Case5 8月8日に現れたのは「フェニックスゲート」?
                              下に掲載した写真は、すでにこちらの記事で紹介したものを再掲載したものだが、実はこの写真は今から6年前の平成24年8月8日に撮影したものである。

                              002鳳凰.jpg 003鳳凰.jpg

                              曇り空で少しわかりづらいが、写真中央部に翼を広げたフェニックスのような雲が

                              あり、その右下部分には半円状に穴の開いたゲートのような雲が写っている。写真

                              右はそれを線図で表したものである

                               

                              8月8日のライオンズゲートにちなんで、これに名前をつけるならば「フェニックスゲート」と呼べるものかもしれない。

                               


                              記事をお読みいただきありがとうございます

                              【不思議体験記14】シンクロニシティ「8」 part

                              0

                                ライオンズゲートが開くと言われる8月8日を迎えたのを機に、それにちなんで私がこれまでに体験した数字の「8」(または88や888などの羅列するもの)に関する、不思議でもあり、また思い出にも残っている出来事をご紹介したい。

                                 

                                特にここ数年間で、この8に関連するものが身近で頻繁に目撃するようになったと感じている。

                                 

                                例えば、コンビニで買い物をして会計をする時に支払い額が888円となり、店員さんから「888は末広がりだからいいことがあるかもしれませんね!」と声をかけられたことがある。こういった数字関連の偶然性は他にもあり、たまたまその時にそうなったのだろうと思えるものや、しかし偶然にしてはこんなにも多く遭遇するものなのか?と、疑問に思ってしまうことがたびたびある。

                                 

                                単なる数字の8というものが、日常生活においてどれほどの重要性があるのかなど今まで考えたこともないが、普通に生活をしていれば、何も8に限らずとも他の数字もいたるところに存在しているものであるため、あまり気にしないようにしている。

                                 

                                だが、それでも少し気になった出来事については、日頃から雑記的に記入しているノートにもいくつかを記録していたため、その中から5つほどを下記に掲載したい。

                                 

                                ◎Case1 空海展のお砂踏み八十八カ所巡り
                                今から約3年前の平成27年5月、福島県郡山市にある市民文化センターにて「ふれる空海 高野山1200年至宝展」と題して企画展が開催中だったため足を運んでみた。

                                 

                                展示会の内容は、かの有名な弘法大師が歩んだこれまでの生い立ちをはじめ、阿弥陀如来像や不動明王像、両界曼荼羅図などの総本山金剛峯寺所蔵の数々の収蔵品、そして手で直接触れることができる陶製の弘法大師像まで展示されており、まさにこれが「ふれる空海」の題名そのものとなっている。

                                 

                                また、隣の部屋の展示室では「四国八十八カ所霊場の旅 お砂踏み一日体験!」なる名目で、体験コーナーが同時開催されていた。

                                 

                                これは、実際に四国霊場各札所にある寺院から砂を集めてきたというもので、それぞれの寺院のご本尊が描かれている掛け軸までもが経路に沿って一列にズラッと掛けられていた。掛け軸の下(足元の通路)にはじゅうたんが敷かれており、じゅうたんの下には寺院から集めてきた砂が入った袋状のものが置いてあって、その掛け軸の前に立てば、お砂を踏みながら(お砂の上に立ちながら)ご本尊を拝むことができるという、時間のない現代人にはこれほど嬉しいことはないぐらい、簡単に四国霊場巡りが体験できる非常に画期的なアイディアのもとに生まれた企画である。

                                 

                                私は当初、この体験コーナーは四国霊場八十八カ所の中から、せいぜい数カ所程度の寺院のお砂を持ってきて、誰でも気軽に霊場巡りが体験できる程度のものだろうと思っており、だいたい15分ぐらいで終わるだろうと予想していた。

                                 

                                ところがそうではなく、展示会の企画担当職員およびその関係者の方たちが相当な本気度を発揮したのだろう、本当に四国霊場八十八カ所の寺院全ての各札所から砂を持ってきたもので、当然ながら掛け軸も88幅掛けられてあった(これに気がついたのは霊場巡り体験の途中だった)。

                                 

                                すでに数十人の体験者で行列ができており、私もその列に加わって最初の十数カ所を巡り終わった後、もうそろそろ終わりだろうと思いつつも、掛け軸が次から次へと掛けられているのを見て、一体いつになったら終わるのだろうかと列の先頭付近をチラッと見てみると、なんとまだまだ先へ先へと、圧迫感を覚えるほどの掛け軸が掛けられているではないか。

                                 

                                私「え、本当に八十八カ所あるの!? これ全部回るの? えぇ…」(心の声)

                                 

                                霊場巡り体験という、ある意味では「プチ修行」をしながらも、心の中では泣き言を言うとはなんたる未熟者かと弘法大師に喝を入れられそうだが、たしかに途中で列から外れて退出する者が何人もいたが、ここまで来て途中で止めてしまっては本当に未熟者であったと後悔しそうだったため、全力を出してなんとか最後まで巡りきったのであった。時間にして約2時間はかかったと思われる。

                                 

                                と、内容が長くなったが、八十八カ所という、88に関する出来事であった。

                                 

                                ちなみに、この日の夜にたまたまみていたクイズ番組で、「星座の種類は全部でいくつあるでしょうか?」との問題があり、その答えは「88個」という、四国霊場巡り八十八カ所とシンクロが発生した。

                                 

                                さらに、このクイズ番組の後にNHKの某歴史番組では、「高野山1200年へのいざない〜平安・空海の物語〜」と題して、なんと空海の生い立ちや今までの功績などを取り上げた内容が放送されていたのである!ここまで空海つながりがあるとは…。

                                 

                                空海展を観に行ったその日に、四国霊場八十八カ所の体験コーナーを巡り終え、そしてその日の夜にたまたまみていたクイズ番組で星座の種類の問題が出され、その答えが88個、さらにはその後の歴史番組で空海の生い立ちなどの内容が放送されるという、なぜそのように関連する同一部類の出来事が、なにゆえにこうまでして連続して起こるのだろうか。

                                 

                                まさにそれこそが、私の心がワクワクして止まない、非科学的作用であるがゆえに解明することができない、現実的かつ不可思議的な現象の領域なのである。

                                 

                                ◎Case2 コンビニで買い物をした金額が888円(2回目)
                                冒頭に記したように、コンビニで買い物をして支払い額が888円(もちろん会計前に商品の合計額がいくらになるのかを計算せず)になったことがあるが、これと同じことが上記の空海展の3か月後の8月に、違うコンビニでも支払い額が888円ということがあった。

                                 

                                しかもこの日は、8月8日か、もしくはその翌週の8月15日のどちらかだったことに間違いはないのだが、証拠のために取っておいたレシートをいつの間にか捨ててしまい、残念ながら日付については確認ができなくなってしまった。

                                 

                                もしも8月8日ならば、なぜこの日に限って888円の買い物(もちろんこの時も事前に計算を一切せずに)をしたのだろうか。その偶然性の根拠たる由縁は一体何なのか、全くもって謎のままである。

                                 

                                ◎Case3 ボディソープの成分に8・8・8
                                私は昔から乾燥肌なので、普段から保湿クリームを塗っている。そしてなるべく肌に刺激が少ないようにと、無添加せっけんのボディソープをよく使っているが、ドラッグストアにあるボディソープの陳列棚を見ると、果たしてどれを選んでいいのかわからないほど多種多様なものが並んでいる。

                                 

                                たまにはいつもと違うものを使ってみるかと、ボディソープを買いにドラッグストアに行き、さて今回はどれにするかといろいろと手にとって見ていたが、成分の説明書きをじっくり読むことも大事なことだが、実際には「使ってみないとわからない」と言った方が正直な感想でもある。選ぶのを迷うほどの種類から、成分を一つずつ確認するのも時間がかかるため、とりあえずは「これはいい感じだな」と思えるものを手にとって購入したのだった。

                                 

                                購入後に数回使用した後、そう言えばこのボディソープにはどんな成分が入っているのかをあまり詳しく見ていなかったので、容器の裏に書いてある成分の説明書きを読んでみると、8つのミルキー成分に8つのハニー成分、さらに8つのフリー(無添加)処方と記載があるではないか。

                                 

                                私「何これ、こんなに8つのものがあるの?ここでも8・8・8が…」

                                 

                                一度起こり始めた共時性の連鎖というものは、どうやらそう簡単には止まりそうにないようである。

                                 

                                《次回part△愨海》

                                 


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                                【不思議体験記13】雲龍 現る

                                1

                                これは今から7年前のお正月、夕暮れ時の公園を散歩中に起こった出来事である。

                                 

                                この公園には広い芝生があり、私はそこの上を「ありがとう」と「よかった」という言葉を、夕暮れ時の空に向かってつぶやきながら歩いていた(お正月の夕暮れ時とあって、周囲には他にだれもいなかったが、しかし芝生の上を歩きながらこんなことを言っている者など普通はだれもいないが(笑))。

                                 

                                かなり暗くなってきたのでそろそろ帰ろうと思い、駐車場へ向かおうと歩き始めたその時だった。

                                 

                                上空にはさっきまで筋状の雲だったものがいつの間にか形を変え、なんと大きな龍の顔になっているではないか!

                                 

                                その龍の両目の部分のところには、偶然にもキラキラと輝く星ものぞきこむことができ、まるで私を見つめているようだった。これにはさすがに私も「…え⁉りゅ、りゅうだー!」と声を出して驚き、後ずさりしてしまったほどだった。

                                 

                                とっさに、ポケットに入れていた携帯電話を取り出し、この雲龍を携帯のカメラで撮影しようと思いついたのだが、その瞬間、頭の中に「それでは撮影できない」という言葉がインスピレーションで入ってきた。

                                 

                                この時なぜか私は「なるほど、そうか」と、先ほどの驚きがどこにいったのかというほど冷静になっており、そのインスピレーションを受け入れることができた。

                                 

                                その時に瞬時に判断できたことは、私が持っている携帯電話のカメラは型が古く、いわゆる「ガラケー」タイプなので高機能ではないこと。そして周囲はかなり暗くなってきていることもあり、フラッシュ機能も無く解像度も低い、などの点から、カメラが被写体を認識することができないことが理由なのだ、と瞬時に理解することができていた。

                                 

                                さらに、その龍から続けてインスピレーションが届いた。

                                 

                                それは「お前はいま、何を望むか?」というものだった。その質問に対し、私は「この世界に名前を残せるような、この地球を救うような立派な人間になりたい」と心の中で返事をした。

                                (しかし今思い返してみても、あの状況下で「よくそんなことが言えたな〜」と、自分の大胆な発言に思わず恥ずかしくなってしまうが、ある意味ではその発言に感心しつつも、そんなことを言って本当に良かったのか悪かったのかわからない思いもこみあげてくる)

                                 

                                しばらくすると、その雲龍は自然に消えていったが、その大胆な発言に、雲龍もどこか驚いた様子だったのかもしれない(笑)。

                                 

                                 

                                【補足】

                                当ブログの「PhotoGallery」のカテゴリーの中で、これまでにいくつかの「龍のように見える雲」として写真を掲載してきましたが、それらをはるかに凌駕するほどの、大迫力で威厳をも感じさせる、まさに伝説上の龍の顔が大きな雲となって上空に現れた、という出来事でした。

                                 

                                この雲龍が現れた公園は、家からも近くてよく散歩に出かける場所で、とても広い芝生があります。遊歩道も整備されて歩きやすく、公園の周囲には田んぼがあり、これがまたのどかな風情を感じさせ、とてもリラックスできるので気に入っています。

                                 

                                そんなお気に入りの公園へ、お正月中ではありましたが、いつものように散歩に出かけました。

                                 

                                夕暮れ時の空を見上げながら広い芝生の上を歩いていると、心の中から自然に「ありがとう」という言葉がわき起こり、それに続いて私が日頃から自分に対して安心感や自信が持てるよう、自己暗示的なものとして唱えている「良かった」という言葉も併せて出てきたため、これらの言葉を空に向かって交互につぶやいていました。

                                 

                                その後、かなり暗くなってきたので帰ろうかと思い、駐車場へ向かおうとして振り向いたその時です。

                                 

                                私「…え⁉りゅ、りゅうだー!」

                                 

                                少し前までは特に変わった様子は何も無かった上空の筋状の雲が、いつの間にか形を変え、まさに猯兇隆薛そのものとなって浮かんでいたのです!

                                 

                                さらに驚いたことは、龍の両目の部分にあたるところにちょうどキラキラと輝く星があり、まさに「目」そのものでした。

                                 

                                とっさにポケットから携帯電話を取り出し、撮影を試みようとしましたが、その瞬間に「それでは撮影できない」というインスピレーションが入ってきました。私の携帯電話のカメラでは性能が低いうえに、周囲が暗くて撮影には適さないことを、雲龍が一瞬にして教えてくれたのです。

                                 

                                この一瞬にして訪れる「ひらめき」について、身近なものに例えて言うならば、まるで「電子メール」のようなものに近いなぁ、と私は思っています。

                                 

                                メールは端末を通じて届きますが、それを開いてみると、簡単な短文の場合もあれば、何百字以上にも及んで詳しく書かれたもの、そして写真や文書などが添付してあったりと、状況に応じて様々ですが、送信者が伝えたいことがまとまっています。

                                 

                                それらは、当然ながら「端末が受信するまで」は、どんな内容のものが送られてきたのかはわかりませんが、開いてみればすぐに内容を確認することができます。インスピレーションにおいても、いつ、いかなる時に、インスピレーションが届くかは全くわかりませんが、「届いた瞬間」に、相手が私に何を伝えたいのかが、一瞬にしてわかります。

                                 

                                私が雲龍からインスピレーションを受けた「それでは撮影できない」というものの中には、同時に、かつ一瞬にして、なぜ撮影できないのかという理由についても含まれていました。

                                 

                                そのため、「撮影できないって言われてもさ、じゃあ何で撮影できないの?」などという、人間の脳の特性である犁震笋鮹里蠅燭ぁεえを見つけたいという考えが頭の中に浮かぶことは一切ありませんでした。とても冷静に、内容が理解できる形でインスピレーションを受け入れることができたのです。

                                 

                                そして、次に雲龍からは、「お前はいま、何を望むか?」と問われました(心の中にこの言葉が入ってきました)。

                                 

                                それに対する私の答えは、「この世界に名前を残せるような…」と、ええと、あの〜、これについては思い返すだけで非常に恥ずかしくなってくるのでこれ以上は書きませんが(笑)、今までこのようなことは一度も言ったことなどないのに、なぜかこの時は自然と口から出てきたのです。

                                 

                                実は私自身、あまり目立つことは好きではない狠脇擦吠事をこなすタイプであり、心臓に毛など生えていないはずなのになぜあのような大胆な発言を…。ある意味で、度胸があると言えるのか何なのか、広い芝生の上で一人で空に向かってこんなことを言い放った自分が心底おそるべし、と思っている今日この頃です 汗

                                 

                                それを聞いた雲龍は、きっとあっけにとられたことでしょう。それ以上は何も語ることはなく、「おいおい、ちょっと、それ本気で言ってるの?」と言ったか言わないかは定かではありませんが、ゆっくりと消え去ったのでした。

                                 

                                この大胆な言葉が、これからの私の人生の中で、果たしてどのように展開されていくのか…ということは当然ながら全くわかりませんが、おそらくは何の影響も無いことでしょう。なぜなら、このことについて現在では何も期待感を持っておらず、ほとんど興味すらわかないからです。

                                 

                                そんなわけで、これからも地道に、なおかつひっそりと、このブログにおいて私の不思議な体験談をご紹介していきたいと思いますので、ご興味のある方はまたぜひお越しくださいませ ちゅん

                                 


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                                【不思議体験記12】霊と力比べをする

                                0

                                  今から約8年前のことだが、福島にある美術館で古代エジプトのミイラ展が開催されていたので観に行ってきた。

                                   

                                  私は普段、これといってあまり展示会などには足を運ぶことは少ないのだが、しかしこのミイラ展に関しては、展示案内のパンフレットを見た時に「行ってみたい!」となぜかそう思ったことがきっかけで、出かけることにした。

                                   

                                  実際にミイラを見たのはこの時が初めてで、本物を間近で見ることができた感動、そしてその迫力にも圧倒され、とても印象に残る展示会に満足して美術館を後にした。

                                   

                                  それから3日後のことである。全く予想もしていないような不思議な出来事が、私の身に起こったのである。それは、真夜中に突然訪れた。

                                   

                                  私はすでに眠っていたが、ふと気がつくと部屋の障子戸が閉まっているにもかかわらず、そこをスッとすり抜けるかのように何者かが部屋に入ってくるのがわかった。

                                   

                                  なぜあの時に、それまでぐっすりと眠っていた自分が、障子戸をすり抜けるかのように「何者」かが侵入してきたことに気がついたのかは理解できないのだが、家族のだれかが部屋に入ってきたという気配ではなく、これは何らかの霊的な存在であるということを察知した。

                                   

                                  部屋は電気が消えていたため、だれが入ってきたのかまでは暗くてよく見えなかったが、どうやらその者(霊)は私の足元にいてこちらの様子をうかがっているようだった。

                                   

                                  暗い部屋で、お互いが沈黙の対峙をする最中、なんとその霊はいきなり私の布団を引っ張り出し、少しずつずらし始めたのだった。

                                   

                                  私も引っ張られては困るので抵抗し、お互いがまるで布団を綱引き代わりにするようにして引き合い、拮抗状態になった。

                                   

                                  するとその霊は引っ張るのをやめ、私の耳元まで来て「うごかね、うごかね、うごかね」と3回言い、音も無くそのまま消え去った。

                                   

                                  当初は、エジプトのミイラ展を観に行った影響があるのかもしれないと思ったが、しかし出てきた霊は日本人で、かつ東北特有のなまりがあり、年老いたおじいちゃんのような声だった。

                                   

                                  この時は金縛りにはならなかった。

                                   

                                  自分は「手」ではなく、あるもので布団を引っ張っていたことが判明!

                                  これについて後から思い返してみた時に、非常に不可解な点があることに気がついた(もっとも、夜中に霊が現れて、お互いに綱引きならぬ布団を引き合い、耳元で言葉をささやかれた、ということ自体が不可解なことではあるが…)。

                                   

                                  それは、お互いに布団を引っ張り合っていた時のことである。考えてみると私はその直前まで寝ていたわけであり、全くの無防備な状態だった。その寝ている状態で霊が現れ、いきなり布団を引っ張り出したため、私は狄欧討い時と同じ状態のまま抵抗したわけである。

                                   

                                  すなわち、急に布団を引っ張り出した霊に対して、私は全く動くことなく、ましてや布団をつかむこともなく、なんと自らの「意思」だけで、布団を引っ張り返していたのである!

                                   

                                  それなのに、相手が引っ張るその力にも負けないほどの力が出せていた、ということが不思議でならないことである。

                                   

                                  霊と対峙する時には、自らの意思というものが通用することを体験できた時だった。
                                   

                                   

                                  【補足】

                                  夜中、私の部屋に「霊」といわれる存在が侵入してきて、急に布団を引っ張り出したかと思ったら「うごかね」と3回言い放ってそのまま消え去ったという、一体何の意味があってそんなイタズラのようなことをしたのか、今でもさっぱりわからない奇妙な出来事を体験しました。

                                   

                                  私の耳元で霊が言った「うごかね」という言葉は、標準語で言うところの「動かない」という意味です。物を動かそうとしたけれど、それが全然動かない場合などに使います。

                                   

                                  この現象が起こったきっかけは何だろうかと考えた時に、真っ先に思い浮かぶのは、やはりエジプトのミイラ展を観に行ったことが影響したのではないか、ということです。

                                   

                                  美術館で迫力ある生のミイラを間近で見たことにより、目には見えない霊的エネルギーの様なものに自分が感化されてしまい、それによって3日後の夜に奇妙な出来事が起こった(あるいは誘発された)のかもしれないと思われますが…

                                   

                                  しかし、このエジプトのミイラと、明らかに東北なまりのある、しかもその声の質からして「おじいちゃん」と推測できるような年齢層の人物との間には、特に際立った有因性はどこにも見当たらず、ミイラ展から3日後という近々の間で偶発的に起こった出来事なのだろうと、断定はできませんが、どちらかといえば現時点では後者の見方を強めています。

                                   

                                  何よりも謎なことは、突如現れたおじいちゃん霊は、「なぜ私の布団を引っ張ったの?」ということです。

                                   

                                  実際に、おじいちゃん霊に布団を引っ張られましたので、わずかではありますが布団が動きました。そのため、もしもこのまま引っ張られようものなら、場合によっては布団を丸々取られてしまい、霊障のような災いが降りかかるのではないかと、一瞬恐怖心がよぎりました。

                                   

                                  その恐怖心で、体を動かしたり起き上がるということができなかったため、心の中で「おじいちゃん霊が引っ張る方向とは逆方向に働く力」の念いを強くイメージしました。

                                   

                                  具体的に言うと、手で布団をグッとつかんでいるように心の中でイメージをし、そのまま布団を自分の方へと引き寄せるような感じです。これを、たった一瞬で終わらせるのではなく、そのイメージを保ったまま持続させました。

                                   

                                  すると、布団の動きがピタリと止まったのです。言い方を変えると、まさに綱引きでお互いの力が拮抗状態にある時に、綱がピンと一直線になったまま動いていない、あの状態になったのです。

                                   

                                  その間、約30秒ほどだったでしょうか、短いようで意外に長かったと感じました。

                                   

                                  そうしていると、布団を引っ張る感触がフッと抜け、急に私の耳元で「うごかね、うごかね、うごかね」と聞こえたかと思うと、そこから一切の気配が無くなりました。

                                   

                                  おじいちゃん霊が、私の足元から耳元へ移動した時や、3回言葉を発した直後に消え去った時も含めて、歩く音や何かに触れた音、部屋を出ていく音なども全くしませんでした。忽然と、その場から消えたのです。このことからも、家族のだれかが部屋に立ち入ったのではなく、やはり霊と言われる存在の仕業であったと言えます。

                                   

                                  そして、心の中で思い描くイメージというものが、使い方(念じ方)次第によっては、今回のケースのように目には見えない作用が働くことを実体験した出来事でした。

                                   


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                                  【不思議体験記11】星空の中の飛行物体

                                  0

                                    夜空に浮かぶ満天の星空をながめるのが好きな私だが、その日もいつものように星空をながめていると、その中に移動する一点の光るものを見つけた。

                                     

                                    周囲の星とあまり変わらない丸い球体のような感じだったが、目を凝らして見ていると、それは直進したかと思うとピタっと止まり、そこから右に直角に曲がって進み出し、また止まったかと思うと今度は左に曲がって高速で進み出した。

                                     

                                    その直後にあっという間に消え去ってしまった。現代に存在する飛行物体では絶対にあり得ない移動の仕方だった。
                                     

                                     

                                    【補足】

                                    まさにUFOとおぼしきものを目撃した瞬間でした。

                                     

                                    私は普段から夜空を見上げるのが好きで、以前にこちらの記事でも書いたように、星空を見上げているだけで胸のあたりがジーンとしていました。

                                     

                                    その日も満点の夜空を見上げていたときに、しいて言うならば「動かないはずの星」であるはずなのに、なぜかその中の一つだけが動いているのです!

                                     

                                    私「…動いた、いま絶対動いた!」

                                     

                                    その軌跡を目で追うと、前記したようにまず飛行機では考えられない、他の飛行物体でも物理的には絶対にあり得ないという移動の仕方をするではありませんか。

                                     

                                    その間、わずか数秒というごく短時間ではありましたが、しっかりとその様子を目撃しました顔文字

                                     

                                    実際に、UFOであろうと思われる飛行物体を目撃したのはこの日が初めてで、気持ちが少し高ぶりました。

                                     

                                    次もまた現れてくれることを期待していますufo

                                     


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                                    【不思議体験記10】座敷わらし!?金縛り状態で現れた子供の霊

                                    0

                                      ある日の早朝、寝ているといきなり金縛りになった。

                                       

                                      よく見ると、なんと胸の上には5歳ぐらいの男の子が正座をして、私の顔をのぞきこんでいるではないか。

                                       

                                      私は普段からコンタクトや眼鏡をかけており、寝ている時は当然これをはずして寝ているため、顔の輪郭などがはっきりと見えたわけではなかったが、この子供は頭にちょんまげを結っているようであり、着物を着ているようにも見えた。

                                       

                                      しばらくは、じーっと私の顔をのぞきこんでいたが、あまりの重苦しさに耐えられなかったので、体は硬直状態だったが力まかせに腕を無理やり動かし、その霊に触ろうとした時に金縛りが解かれ、それと同時にその霊も消え去った。

                                       

                                       

                                      【補足】

                                      皆さんの中には、自分の胸の上に5歳ぐらいの子供を乗せたことがありますか?

                                       

                                      あるという方はおわかりだと思いますが、いかにまだ5歳ぐらいの子供とはいえ、だっこするのも重くなってくる年齢であり、ましてや胸の上に乗せるとなると、それはそれはもう、ものすごーく重いですよね(笑)。
                                       

                                      5歳児の体重はおよそ20kg弱ぐらいあります。その重さの子供が、かつ「霊」という人間ではない存在が、全くの無防備で寝ている私の胸の上に急に乗っかってくるという、私自身としてはこれまでに金縛りを数回経験したことがありますが、その中でも例のない初めてのケースとなる出来事でした。

                                       

                                      (※ただ、今回私の胸の上に乗ってきた子供の霊が、20kg弱あるという5歳児の体重と同様の重さだったのかどうかを正確に調べる術はありませんが、あの時の状況を思い起こし、体感的にどのぐらいだったのかをイメージしてみると、「5歳児の体重よりも少し軽い程度と思える」というものであったことを付記しておきます)

                                       

                                      私は寝ていながらも「ォホッ!」と咳をして目が覚めました。一体何事かと思いきや、よく見るとちょんまげを結った着物姿の子供が、胸の上にいたのです。

                                       

                                      すでにこの時点で私の体は金縛り状態になっており、胸の上にいる子供は、現実の世界にはいない(私の家にも子供はおりません)、いわゆる「霊」とされる存在であるということを認識しました。

                                       

                                      この時に感じたことは、この子供の霊には全然悪気が無く、猴靴售恭亅的な感じでヒョイっと私の胸に飛び乗った(または、ある空間から私の部屋にスーッと移動してきて、「おや、だれか寝てるぞ、どれどれ、ちょっと乗ってみようかな〜」みたいな感じの軽いノリ(ノリと乗りをかけたわけではありません(笑))と言ってもいいようなものであり、物珍しい様子で私の顔をじーっとのぞきこんでいました。そして、お互い無言のまま見つめ合っていました・・・

                                       

                                      それから次に感じたことは、「うわ、この子供、重い」ということでした。

                                       

                                      相手は子供ではありますが、しかしながら人間ではない、霊という非物質的な存在にもかかわらず、本物の子供のように、重さ(体重)を感じたのです。

                                       

                                      子供の霊は、正座をしたまま前かがみになり、私に顔を近づけてじーっとのぞきこんでいました。その重さに耐えきれなかった私は、呼吸をするのも苦しくなったため、金縛り状態で動かない腕を無理やり力任せに動かし、子供の腕あたりを触ろうとしたところで突然金縛りが解け、同時に子供の霊も消えたのです。

                                       

                                      私「ぉぉおー、(ハアハア)、なんだ今の、子供⁉(ハアハア)・・・えぇ⁉」


                                      みたいな感じで、途中で息を切らせながら、今起こった出来事に呆然としながら部屋の天井を見つめていました。それからしばらくの間は、布団の中で今の出来事を振り返っていました。

                                       

                                      頭にちょんまげを結った着物姿の子供の霊・・・。まるで江戸時代に出てくる子供のようだともいえる姿であり、はたまた子供の霊として有名である「座敷わらし」さえも思い起こさせる姿でした。

                                       

                                      そういえば、うちのご先祖様には子供の時に亡くなった子(男の子です)がいると聞いておりまして、毎年春の彼岸、お盆、そして秋の彼岸にはお墓参りをしています。

                                       

                                      今回現れた子供の霊も男の子であったため、もしかしたらその亡くなった子だったのではないかとも思いましたが、とはいえこの子についてあまり詳しく話を聞いたことが無く、私とこの子供の霊との間には果たしてどのようなつながりがあるのかは不明のままではありますが、いまだに思い出に残る不思議な体験の一つでした。

                                       


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